第206話 夢魔との戦い・上

「すまないがここからは道が分からない。病院の見取り図はあるが……」


 梅乃輪さんが言う。

 確かにさっきからこんなところに壁があるのかって感じで、遠回りさせられてる感じはするな。


「まあ問題はない」


 セスが前に進み出た。


「カタリーナ、無駄弾は打つな。今回は7階で退路を保持しなくてはいけない。

パトリスもだ。魔力は温存し、持久戦に備えろ」

「ハイ」

「分かりました」


 命令口調だけど、二人がセスの言葉に頷いた。


「梅乃輪さん、あなたは後ろを頼む。カタオカ、お前等は勿論手を出すなよ」

「分かった、頼む」


 セスが言って十字を切るような仕草をして何かを呟く。

 手を伸ばすとその手から飛び出すように、大剣を握った青い巨大な鎧の右手が現れた。


「では行くぞ!」


 そう言ってセスが走り始める。

 赤い靄が漂う長細い通路に靄の塊が次々浮かぶけど、セスが左右に手を振るような動きをすると、青い鎧の腕が握っている大剣が同調するように振り回された。


 靄の塊が切り払われて行って視界が開けた。

 セスの後を追うようにカタリーナとパトリスが走る。

 

「構造的にはこの先が階段のはずだ」

「よし。このまま行くぞ!」


 後ろから梅乃輪さんの声がしたところで、通路に靄が蟠るように浮かんだ。

 今までのように突っ込んでくるかと思ったけど、赤い靄の光が強くなって壁のように通路を塞いだ。


「その程度で止められるか!」


 セスが手を突き出すと、大剣が壁に突き刺さる。

 セスが左手を伸ばすと、鎧の左手が現れた。巨大な指が壁の切れ目にねじ込まれる。


 軋み音をたてて赤い壁がこじ開けられた。

 通路を塞がせない、と言わんばかりに右手の剣と左手の籠手が壁を打つ。フロア全体が震えるような轟音が響いて左右の壁にひびが入った。


「よし、急ぐぞ!」


 セスがこともなげに言う。

 あの代々木の時は少し見ただけだったけど……これは確かに強い。 

 パトリスやカタリーナが黙って従うのも分かる気がした。これが聖堂騎士テンプルナイトか。



 その先も通路を塞ごうとする妨害をことごとく一人で切り払って行った。

 僕らだけじゃなくて、カタリーナもパトリスも一度も銃も矢も打つことはなく7階の階段ホールまでたどり着いた。


「よし、カタリーナとパトリスは周囲を警戒しろ」

「了解デス」


「月並みなセリフだが、俺に任せて君たちは行け。退路は必ず確保しておく」


 梅乃輪さんが鎖鎌を片手に言う


「武運を、カタオカ」

「ありがとう」


「礼には及ばん……言うまでも無いがここからが本番だぞ」


 セスが真剣な顔で言う。


「死ぬなよ」

「勿論分かってる」



 階段を上がって最上階に来た。

 今までとは打って変わって、パーティションのような壁が立っているだけの広いフロアになっている。


 靄は下のフロア以上に濃くて視界が悪い。広いのは分かるけど、フロアの端っこが見えない。

 視界の悪さもあいまって重苦しい雰囲気だ。

 あの仙台や代々木の時と同じ……ダンジョンマスターが近いのを感じる。


「俺達が先行するぜ」

 

 大剣と構えた三田ケ谷と円弧剣を構えたルーファさんが並んで警戒しながらゆっくりと前に進みでる。

 フロアの殆どが濃い光の靄に覆われて、ダンジョンマスターの姿は見えない。

 ただ、魔素フロギストンが集まっているの方向は感じる。


「あれは?」


 三田ヶ谷が言って足を止める。 

 靄の向こうにベッドのような台があってその上に病院着姿の人が三人倒れているのが見えた。

 ただ、此処からだと状態が分からない……本当に人なのかどうかも。


「静夏!」


 檜村さんが叫んで駆け寄ろうとするけど、立ち止まった。

 3人の上で靄が渦を巻いて上半身だけの人間のような形を取る。

 あれが夢魔ナイトメアか。


◆ 


 床から湧き上がった靄が渦を巻いて僕等の周りを取り巻いた。

 壁のように靄が迫ってくる。


「俺に任せろ!ソードサークル!」


 三田ヶ谷が大剣を大きく振り回した。

 剣の軌跡が円を描いてリングのように僕等の周りを囲む。白く残る剣の軌跡に触れた靄が切り裂かれて薄まった。

 

 夢魔は三人の人の上にいて動かない。

 人質なんていう概念があるのかは分からないけど……嫌な場所に陣取ってるな。 


「どうする?」


 三田ケ谷が言う。

 3人と夢魔までは10メートルほど。三田ケ谷とルーファさんはこの距離だと攻撃手段がない。


 この位なら破矢風の射程内だ。

 ただ普通なら敵の何処かに当てれば良しって感じで戦うけど……今回は流れ弾が人に当たったなんてことになると大変だ。

 

「【書架は南・想像の弐列。五拾弐頁三節……私は口述する】」


 檜村さんも同じことを考えているのか、僅かにためらう様に詠唱を始める。

 やることはいつも通りか


「俺は少し切り込んでみるぜ。時間稼ぎにはなるだろ」


 三田ケ谷が言うけど、夢魔が魔法に反応したのか右手をこっちに向けた。

 細い右手がまるでロープが伸びるように伸びてくる。


「来いよ!切り落としてやるぜ!」


 三田ケ谷が大剣を構えるけど

 ……伸びてきた右腕が昔のアニメ映画のように突然巨大化した。

 

「何だぁ?」


 三田ケ谷が慌てて大剣を左右に振り回す。

 白い軌跡が空中に幾何学模様を描くけど、大きく膨らんだ腕が切られながらもハンマーのように降ってきた。


「止まんねぇ!」

「避けて!」

「ヒノキムラ!」


 とっさに飛びのく。

 ルーファさんが檜村さんにタックルするように押し倒したのが視界の端で見えた。


 一瞬遅れて巨大な手が床に振り下ろされる。

 地響きのような音が立って床や壁が震えた

 

「クソ野郎!」

「一刀!破矢風!」


 三田ヶ谷の大剣の斬撃の後に立ち上がったルーファさんの円弧剣が振り回される。柱のように床にめり込んだ夢魔の腕を切り裂いた。

 風の刃が夢魔の頭っぽい部分に命中する。


 少しは効いたかと思ったけど……靄の塊が蠢いて傷を埋めてしまった。

 腕がするすると下がって言って元の長さに戻る……腕にもダメージは無さそうだ。


 あの蟲とかのような再生って感じじゃない

 なんというか……幽霊を切っているような感じだな、切ったことは無いんだけど。


「こりゃ厄介な奴だな」

「やはり……しぶといです」


 全く無傷の夢魔を見てルーファさんが言う。

 檜村さんが立ち上がってまた詠唱を続ける……魔法の一発に賭けるしかないか。


「三田ケ谷、迎撃に徹して。僕は少しでも攻撃を止める」

「分かった。任せろ」

бандаи ман!我が剣よтабдил ба гург狼と変われ


 僕の意図を察してくれたようにルーファさんの円弧剣が狼の姿に変化した。


бирав 行けгурги манグーリ!」

「一刀!破矢風!」


 人に当たらないように上の方、夢魔の腕を狙う。

 風の斬撃が腕を切り裂いた。ダメージは無くても攻撃の妨害くらいにはなるはずだ。


 風の刃を追うようにジグザグに駆けたグーリが夢魔に噛みついた。

 体の一部を牙がえぐり取るけど、そこの傷もすぐに治ってしまう。


 夢魔が蟲でも払うように手を振り回すけど、グーリが軽やかに飛び回ってその攻撃を避けた。 

 ああしている内はさっきみたいには攻撃できない。


「すまない、待たせた」


 ようやく檜村さんの声が背後から聞こえた。


ба пушт афтодан下がりなさい!」

 

 ルーファさんの声に従ってグーリが後ろに跳ねる。

 同時に詠唱が終わった。


「【古の伝承に偽りあり。煉獄は業火が満ちたる場所にあらず。無明に燃ゆるはただ一対の篝火。煉獄の長曰く、何人たりとも彼の炎に殿油を指すこと勿れ、一度燃え盛れば七界悉く灰燼に帰す故に】術式解放!」


 靄の内側から赤い焔がひらめいて、風船が破裂するように内側から夢魔を吹き飛ばした。

 何度も見た単体への焔の魔法だ。


 天井まで燃え上がった火が人型を象っていた靄の塊を完全に焼き尽くす。

 火の粉が降り注いだけど、床に倒れている人に落ちる前に炎が消えた。


「どうだ?」


 三田ヶ谷が剣を構えたまま言う。

 倒したかと思ったけど……ライフコアが出ないし周りの靄も消える気配がない


 見ている前で靄がまた渦を巻いて人型を形成した。

 ……あれを受けても全く無傷か 


  




 

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