第204話 戦いに臨む理由
突入が決まったからなのか、ブルーシートが病院の入り口の周りに貼られた。
にわかに物々しい空気が漂う。
周囲もそれを察したのか、周りのテレビ局とかも慌ただしく動き始めた。
野次馬というか、周りの人もますます増えてきている。
如月達は動きやすそうなスポーツウェアのような服に着替えていた。
周りの視界が遮られたのを確認して、カタリーナが車の中から出した銃と弾を一つづつチェックして、体に巻き付けたベルトに挿していく。
セスとパトリスが予備の弾らしきものを腰のベルトに納めていた。
三田ケ谷とルーファさんは戦うときの赤い衣装に着替えていた。
三田ケ谷の赤い衣装はしばらく見ないうちにルーファさんのお手製になったのか、揃いの民族衣装のような感じになっていた。
帯の金糸がキラキラと光っている。
梅野輪さんは入り口に立って病院の上層階を見上げていた。
「そういえば一つ聞いていいですか?」
「ああ、片岡君。なんでもどうぞ」
「梅乃輪さんはなんで戦ってるんです?」
昨日エルマルから聞かれたからなのか、何となく気になるな。
見た目はきちんとした、いかにもデキるビジネスマンって感じで、武器を振り回して戦うって感じじゃない。
どっちかというとパソコンの前で作業してそうな感じだ。
「それはまた……唐突な質問だね」
「もちろん、言いたくなければいいんですけど」
「そうだな……家族の為ももちろんあるよ。専業である以上これは仕事だからね。家族を養わないといけない」
梅乃輪さんが言う。
社会人だからなのか、言っていることは四宮さんと似ているな。
「でも一番は自分の為かな……自分の親の為かな、なかなか説明が難しいな。少し長くなるが、いいかい?」
「ええ」
「俺は富山の古流の鎖鎌の流派の家に生まれたんだ。小さい頃から修行修行。
やれ400年の伝統がある流派だの、決して絶やしてはならないだの、いろいろ言われてね。
心底ウザったかったよ。中学生のころまでは友達と遊ぶより鎖を振り回してる時間の方が長かった」
この人は古流の使い手なのか。
歴史のある家の出身というのはエルマルや斎会君に似てるけど……自分の家への捉え方は真逆だな。
「考えてみてくれ、片岡君。
鎖鎌の流派の免許皆伝なんてさ、マジで言ったらギャグで言ってるのって話だろ?今は令和だぜ。俺が学生の時はまだ平成だったけどさ。
例えば、野球で甲子園とか剣道全国ベスト4とか、今なら高校生で乙の6位とかだと格好もつくけどね。
梅野輪さんが話を続ける。
「ずっと、クソ親父、よくもこんなクソみたいなことを仕込みやがって、鎖鎌なんて何の役に立つんだ、俺に青春返せって思ってたよ」
梅野輪さんが言葉を探すように俯いた。
「大学では猛勉強して結構いい企業に就職した。
大学を卒業したときに言ったんだ、こんなカビの生えたような流派なんて誰が継ぐもんか。何の役に立つんだってね。当然大ゲンカさ。
その後は仕事も順調で、結婚して子供もできた。親父は5年前に亡くなったけど喧嘩した後は殆ど会わなかった」
何かを思い出すように梅野輪さんが言う。
「でもさ、世界がこんな風になって……俺にもこんな能力があったわけだ。
野良ダンジョンで15年ぶり以上に鎖鎌を使って、それでも体が動いた。あんなに嫌だったのにな。お陰で家族を守るために戦えた」
広げた掌をみながら梅野輪さんが言う。
そこに鎖鎌があるようにも見えた。
「で、その時、本当に後悔したんだ。あんな風に言うのは言い過ぎたんじゃないか。親父のおかげで助かったのに、ってね。でもその時にもう親父は居なかった」
なんとなく相槌を打つのも気が引けて、何も言えなかった。
「だからその後仕事を止めて専業魔討士になった。収入は下がったから、嫁には猛反対されたけどね。
1年前に6位に上がった時に富山県から招聘されて今も居ついている」
梅野輪さんが言う。
緑色のベストには魔討士協会のエンブレムの下に鎖をモチーフにしたような家紋が張りつけられていた。
これがその流派の紋章とかなんだろうな。
「人生はいつどう変わるか分からない、そう思うよ。
俺が戦う理由はこんな感じだ。中年オヤジの自分語りだったがこんなもんでいいかい?」
「ありがとうございます。ぶしつけな質問ですみませんでした」
「いやいや、気にしないでくれ。突入が決まった以上は全力で援護するよ。宜しく」
定着ダンジョンに突入するっているのに全く恐れる様子が無い理由が何となくわかった。
「あと、一つ誤解しないでほしいんだが……取り残された人を助けたいのは皆同じだ。石田さんもね。そこは分かってやってくれ」
梅乃輪さんが独り言のように言った。
さっきの、突入するかしないかのやりとりの事を言ってるだろうな。
「檜村さんには勿論戦う理由があるんだろう。でも、何かあれば責任者には責任が生まれる。
それに……君達が死んだり怪我をしたりすることを心配しているんだよ。冷たいと思うかもしれないが、取り残された人も、君たちも、同じ一つの命だからね」
「ええ」
「それと、もう一つ。檜村さんはどうしても友達を助けたい、自分が戦力を確保するから、と言って協会や役所を説得した。まさかこんな大所帯になるとは思わなかったが……」
「……そうなんですか」
あの電話の前にそういうやりとりがあったのか。
「余程その友達が大事なんだろうが……あの調子だときっと檜村さんは冷静ではいられないだろう。パーティの司令塔は君だぞ。片岡君」
「わかりました」
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