第203話 作戦会議

 話しているうちに病院の入り口から声が上がった。

 そっちの方を見ると、病院の入り口から緑のベストを着た人が出てきた。多分あれは富山県の制服的なものなんだろう。

 テントの中にいる人も皆着ているし。

 

 180センチ近い長身でやせ型。短い黒髪に色白で穏やかそうな顔立ちの人だ。

 手にはその雰囲気には似つかわしくないような鎖鎌を持っているけど、病院の外に出ると鎖鎌が消えた。


 乙類の人かな。この人が梅乃輪さんっていう人だろう。 

 安心したようにため息をついて梅乃輪さんが病院を見上げた。


「大丈夫ですか?」

「中はどんな感じです?攻略出来そうでしょうか?」


 魔討士協会の人と役所の人が取り囲むように聞く。


「かなりの戦力が無いと攻略は難しいと思う。東京や大阪の大き目の支部から援護を求めるべきだろうが……それでは最上階に取り残されている人は持たない……かといって少人数での特攻は犠牲が増える可能性が高い」

「それが……東京から檜村4位のパーティが来てくれています」

「ああ、なるほど……高校生5位の片岡君達か。もう来てくれたのか」


 人込み越しにこっちを見て視線が合う。

 梅乃輪さんが歩み寄ってきてさっと手を出してくれた。


「富山県空間浸食災害対策課の嘱託魔討士、甲の6位。梅乃輪泰示うめのわたいし。よろしく。片岡5位」



 改めて作戦会議になった。

 テントの下の大き目のテーブルに病院の地図が広げられている。

 メインはL字型の8階建ての建物で、いくつかの他の建物と渡り廊下でつながっている構造らしい。


「何度か偵察してみたが、なかなかに厄介だ」


 梅乃輪さんが静かな口調で言う。


「具体的にはどんなのなんだよ」


 如月が相変わらずふてぶてしい態度で質問した。

 年上へのリスペクトはいいのか……と思ったけど梅乃輪さんはあまり気にしていないらしい


「困ったことに迷うんだ。病院はそんな複雑な構造ではないはずなんだが、まるで夢の中を歩いているように方向を見失う。

ダンジョン内も霧のようなものがかかっていて視界が悪い。敵も靄の中から襲ってくるし、どんな姿か分かりにくい」


 ダンジョン内は壁自体が赤く光を放つからあまり視界が悪いということはない。

 視界が悪い中で戦うのは初めての経験かもしれない。


「今までの記録には無いダンジョンです。上層階に取り残されているのは3人ですが……正体不明のダンジョンに突入してそれ以上の犠牲を出す方のは好ましくない」


 石田さんが言って檜村さんが横で息を呑んだのが分かった。

 それは要するに上層階で取り残されている人を見捨てるということに他ならない。梅乃輪さんは表情を変えないままだった。


「それは、救うべきものを見捨てる、ということか?助けを待つ者がいるというのに?」


 セスがはっきりと言って、梅乃輪さんや石田さんが気まずそうに黙った。


「ですが……もう」

「俺は正面から突破するのが良いと思う」


 セスが石田さんの言葉を遮るように言う。


「じっくり調べる時間があるならいいと思うが、今はそうではあるまい。

それに考えて有効な打開策が出る可能性があるなら考える意味もあるだろうが、そうでないなら時間が無駄だ。

ダンジョンがさらに拡大する前に正攻法で攻略するのが一番早い。我々なら可能だ」

「なかなかいいこと言うじゃねえか、デカいの。俺もそう思うぜ」


 如月が同調するように言う。

 口調が気に入らなかったのか、セスがじろりと如月を睨んだ。


「こんな寒い所に何日も居たくねえしな。さっさと畳んじまおうぜ。

それに、こんな田舎に5位クラスがこれだけ揃うことなんてないだろ」


 如月が言うけど……色々と失礼な発言でこっちが冷や冷やするな。

 後ろで森下さん達が顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。


「具体的にはどうするんだい?」

「伊達さんに教えてもらった方法で行きます。サポートチームを二つ編成して、ダンジョンマスターへの道を切り開いてもらう。

それならアタックチームは万全の状態でダンジョンマスターと戦える」


 代々木で戦った知性の有る蟲とかより強いダンジョンマスターはそうはいないだろう。

 石田さんが考え込むように沈黙した。 


「確かに、これ以上の戦力が集まることはないかもしれませんね。

では一度試してみます。ただし危険だと判断したら必ず撤退してください。皆さんの安全が最優先です。いいですね」


 石田さんが檜村さんに念を押すように言う。


「……すぐに準備できますか?」

「それは問題ない」


 セスがカタリーナの方を見て、カタリーナが頷いた。

 カタリーナはコートから前も見たような黒を基調とした迷彩服に着替えていた。


「ところで、だ。こいつらがダンジョンマスターを倒したとして、サポートの俺達にもダンジョン攻略の功績点は入るんだろうな?」

「それは大丈夫です。この場合は参加者全員を一つのパーティと見做しますので」


 石田さんが言って如月が頷いた。


「よし、ならいいぜ。こんな奴の下請けってのは気に入らねぇがな」

「では皆さん、準備をお願いします。30分後に突入。梅乃輪君も加わって下さい」

「了解しました」


 梅乃輪さんがこともなげに答えた。

 定着ダンジョンへの突入だっていうのに、恐れる様子とかが全然ないんだな。


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