第202話 幸せになるために。
タクシーに分乗してそのダンジョンに向かった。
駅から10分ほどした場所、大通りから少し入ったところに病院の看板と大きな建物が見えた。
どんよりした灰色の空を背景にして、建物の上が赤い光で覆われている。
その建物の周りを警察とテレビ局の車が取り囲んでいた。
「ではこちらに」
タクシーを降りて男の人が先導してくれる。どうやらこの人は富山の公務員の人らしい。
病院の正面入り口があるロータリーにはテントが置かれていて、何人かがタブレットや机の上の図とかを見ながら話し合っていた。
魔討士協会の人とかかな。
その周りには普段着の男女が何人かいて不安げに建物を見上げていた。
中には檜村さんの友達以外にも取り残された人がいるらしいから、その関係の人だろうか。
「お着きになりました」
連れて来てくれた男の人が言ってテントの中にいた人たちがこっちを見た。
その内の一人で背の低いメガネ姿と男の人が一礼してくれる。ちょっと髪が薄い。50歳くらいだろうか。
「魔討士協会北陸支部の石田です。遠くまで来てくださってありがとうございます」
「これだけの人数を揃えました。突入の許可を頂きたい」
檜村さんが言って石田さんが顔をしかめた。
「協会としては出来ればあなたには外れてほしいのですが。檜村4位」
「県としても同じです……もう一度あなたが大きな怪我をするようなことがあれば……なんというか」
石田さんと、もう一人のスーツ姿の男の人が言う。この人は富山県の人かな。
「ダンジョンマスターを倒すためには、高い火力が必要です。私の魔法が必要なはず」
檜村さんが強い口調で言って、石田さんが黙った。
「それで、此方の方々は?海外の方も居られますが……」
「欧州
「聖堂騎士?」
「EUの精鋭だろ……なんでここに?」
その場にいた人たちが驚いたように顔を見合わせる。
流石に聖堂騎士の事はみんな知っているらしい。
「魔討士協会から正式に日本国内での交戦許可は得ている。俺は甲の4位相当、パトリスは6位、カタリーナは丁の6位相当」
「で、当然俺の事は知ってるだろうなぁ」
如月が相変わらずの偉そうな口調で言って、石田さんが頷いた。
「如月五位とそのパーティの皆さんですね。勿論知っています」
石田さんが答えて、如月が満足そうに頷いた。
結構知名度があるらしいな。
「現時点で揃えるには十分な戦力だと思います。突入の許可を下さい」
檜村さんがもう一度強い口調で言う。石田さんが病院の方を振り返った。
「今は
◆
「玄絵ちゃん……久しぶりね」
隣のテントから声が掛かって、檜村さんが弾かれたように姿勢を正した。
恐る恐るって感じで声の方を向く。なんか少し怯えたようにもみえる。
隣のテントから50歳くらいの女の人が手招きをしていた。
整っているけど痩せた顔には疲れた表情が浮かんでいて、肩くらいまでの長さの髪には白髪が目立っている。
檜村さんが意を決したって感じでその人に近づく。
僅かに檜村さんと視線が合った。なんとなく一緒に行った方がいい気がして檜村さんの横に並ぶ。
「頑張ってるみたいね。今は4位だっけ?」
「……はい」
その人の問いに檜村さんが答えた。
何となく、檜村さんの友達のお母さんなんだろうな、と言うのは察しがついた。ごく普通の会話だけど……なにか計り知れない重みがある。
「こちらが片岡君ね。噂の高校生5位の」
「はい、はじめまして」
そういうとその女の人が深く礼をしてくれた。
「筧昭子です。玄絵ちゃんを宜しくね……必ず守ってあげてね」
◆
梅野輪さんと言う人はなんでも富山の魔討士らしく、今はダンジョン内で偵察中らしい。
その人が戻ってくるまでは一旦待機になった。
カタリーナ達は車に戻って装備の確認をしている。
如月達はテントでコーヒーを飲んでいた。
ルーファさんと三田ケ谷は散歩に行くと言って何処かに行ってしまった。
とりあえず檜村さんと一緒にテントを出る。雪国特有なのか、湿ったような冷たい空気が肌に触れた。
上空からはヘリのエンジン音が聞こえてくる。
「友達の名前は
テントの方を一瞥して檜村さんが言う。
「私があの子を誘ったんだよ。彼女は防御系が得意な魔法使いでね。
本人はどっちかというと乗り気じゃなくて、私が無理を言って一緒に戦ってもらったんだ」
檜村さんが独り言のような口調で続けた。
「彼女はずっと眠っている……あの日からずっと」
檜村さんに過去を教えてもらってから、一応僕もそのことについて調べてみた。
富山城の地下にできた定着ダンジョンでの戦いで1人が死亡、3人が重傷。
その内の一人は檜村さん。
その後の事はネットの記事では詳しくは分からなかったけど、重傷者の一人が檜村さんの友達で、その人が今も意識を取り戻していないんだろう。
そしてその人が今、あのダンジョンの最上階にいる。
「あのお母さんの目が言うんだ……なぜお前が無事でいるんだ、なぜ私の娘は眠ったままなんだ、なぜ、ってね。気のせいかもしれないけど……でもそう思っても当然だと思う」
檜村さんが呟く。
さっきの感じだとそう言う風でもなかったけど……本当のところは分からない。
「君と会ってとても幸せだけど……幸せだけど後ろめたいんだ……あの子をあのままにしておいて、私だけ安全な場所で幸せになっていいのかって」
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