第190話 本当の敵・下
「しかしこいつバケモンやな……最初からこいつがやった方が良かったんと違うか?」
「なんなんだ、こいつは?」
清里さんと斎会君が元村の方を見ながら言う。
尾城と戦った時から何処かで感じた雰囲気だと思ってたけど……この無機質な雰囲気はあの倉庫街で戦った奴と同じ雰囲気だ。
「一度、多分同じのとやったことがある……多少の事なら本体にダメージは行かないと思うから……」
「それはそれとして手加減できる相手じゃないぞ」
魔獣を倒せる乙5位の二人のガチ攻撃を受けて平気なのはどう見ても普通じゃない。
人間に刃を向けるのは気が引けるけど、倉庫街で戦ったあいつと同種なら多少無茶やっても死なない……というか手を抜いてる場合じゃない。
「攻撃は無意味です。本機の防御性能は其方の攻撃性能を凌駕しています」
元村が口を開いた。
声は同じだけど、抑揚のない機械音声のような口調も前と同じ。
「ほーう……なかなか言うやんけ」
「【書架は北・理性の弐列。九拾五頁七節。私は口述する】」
防壁の展開を終えた檜村さんが詠唱に入る。
さすがにあの人の魔法を食らわせるのはヤバい気がするけど……何か言いたげに目配せしてきた。
何か策というか思惑があるってことか。
「詠唱時間を稼ぐ……いい?」
「了解!」
「まかせとき!」
斎会君と清里さんが頷く。
「ならば!一番槍!承る!」
斎会君が気合を入れるように声を上げて踏み込んだ。
「
唸るような音を立てて槍が突き出される。元村が穂先をまた素手で受け止めた。
穂先を受け止めた元村の手が真っ白い光を放って、鍔迫り合いのように槍と手が押し合う。
「食らえ!
噛み合っていた穂先が外れたと同時に、槍の穂先が巻き込むように動いた。
弧を描いた穂先が元村の顔を横から叩く。元村が僅かに体勢を崩した。
「あたしの本気を見いや!リミット解除、手加減無しのトゥールハンマーや!」
清里さんの戦槌が床を叩いた。すさまじい音が頭の芯まで響く。
地震かってくらいに地面が揺れて床が波打つ。衝撃波を受けた元村が壁まで吹っ飛んだ。
「一刀!破矢風!天槌!」
風が渦巻いた。普段なら何発も落とす風の塊を一か所に集中させる。
地響きを立てて風の塊が地面と元村を叩いた。床の破片の赤い煙が上がる。
ちょっとはダメージが入ったかと思ったけど、煙の向こうでストロボのように白い光が瞬いた。
煙を切り裂くようにレーザーが飛んでくる。
避ける間もなく一本が僕の肩に当たった。
パッと白い光が光って、体を包んでいた防壁の光が消える。
「大丈夫か?」
「平気だ!」
一瞬背筋が凍ったけど、肩に触れても穴が開いたりはしてない。
防壁の効果が残ってなかったら危なかった。
「【我が司るは尊きもの。汝の身を縛める枷あらば鍵を持ちてそれを外そう、囲む檻あらば閂を抜こう、道を塞ぐ柵あらば槌持ちてそれを除こう。見よ、今や四海に汝を遮るものは無し】」
檜村さんの詠唱が進む。
煙を切り裂くように元村が突進してきた。左右に生えたアームが振り回される。
まともに受けたらパワー負けする。
体を沈めたそのすぐ上のブレードが切り裂いていった。ブレードの先端が壁に爪痕のような傷を穿つ。
「手を休めないで!」
「おう!」
レーザーは風じゃ止まらない。アームの方がまだマシだ。
轟音を上げて振り回されるブレードを躱すけど、アームの関節が予想外の方向に曲がった。
上からブレードが降ってくる。
とっさに飛びのいた、いま正にそこにいた場所にブレードが突き刺さった。
もう一本のアームが変則的な軌道で清里さんに向かって飛ぶ。
「危ない!」
「甘いわ!」
ブレードを躱して床を転がるようにして横に回り込んだ清里さんが
「食らいや!」
「どりゃあ!」
返す刀とばかりに
交通事故のような音がして光が飛び散った。
元村がよろめいて下がったけど、すぐに人形のように姿勢を正した。
斃れないどころか傷一つない。
「クソが、何やねん、こいつ……イベントの無敵ボスかいな」
清里さんが悪態を付く。周りにまた白い光球が浮かんだ。
レーザーか。
「させん!」
斎会君の突きが元村に刺さる。白い光がまた穂先を止めたけど、光球も消えた。
レーザーは撃たせない。
「一刀!断風!岩斫!」
「いい加減にせんかい!」
「【数多の道より択び望むことを成せる喜びと、荒れ野の茨を踏みしめ征く気高き孤独。ともに携えて歩め】」
振り下ろされた鎮定を右のアームが、戦槌を左のアームが防ぐ。
アームと鎮定が噛み合ったけど、まったく折れる気配がない。硬すぎる。
距離を開けるとレーザーが来る。距離は離せない。
鎮定と戦槌、斎会君の槍とブレードがぶつかり合って白い火花を散らす……多分もう詠唱が終わる気がするけど、安全地帯まで下がる余裕がない。
「【我が司るものを与えよう。今より汝は自由なり】術式開放!」
切り合ってるうちに檜村さんの詠唱が終わった。
一瞬巻き添えかと思ったけど、硝子が砕け散るような音が響いて、元村を覆っていた白い光が掻き消える。
同時に赤いパネルのようなダンジョンの壁にひびが入った。
赤い光が剥がれるように消えていく。光が消えた後にはもとの梅田の地下街に戻っていた。
◆
糸が切れたように元村が地面に倒れ込んだ。
木次谷さん達が駆け寄って脈を取ったりしていると、元村が頭を振って体を起こした。
とりあえず死んではいないらしい……良かったな。
ただ、あれだけの攻撃を食らっても見た目では傷一つない。
とんでもない能力だ。
「大丈夫かい?」
檜村さんがレーザーを受けた肩に触れる。
「大丈夫ですよ」
「そうか……良かった」
檜村さんが安心したようにため息をついた。
改めて周りを見ると、清里さんの衝撃波で床の化粧石は殆ど割れてるし、レーザーの焦げ跡とアームのブレードで壁は傷だらけになっていた。
「そういえば、あの魔法はなんだったんです?」
「強力な
檜村さんが言う。
今までの火炎とか氷とかそう言うのとは違うと思ったけど、そういうことか。
「巻き添えかと思いましたよ」
「私がそんなことをするわけないだろう?」
眼鏡の位置を直しながら檜村さんが言う。
「おそらくこいつらは……」
「あの倉庫街で戦った奴ですよね」
そう言うと檜村さんが頷いた。
「あいつらが
新宿系のアレは蟲や生き物とは違うからね。上手く行って良かった」
「そうですか」
この辺は流石だな。
呆然としていた尾城や大和田に魔討士協会に人たちが声をかける。
あいつらも元村の正体は知らなかったんだろうか。ていうか、元村自身一体何なんだろうか。
ただ……宗片さんの言葉を借りるなら僕等の仕事は戦うことで、その先は協会がなんとかしてくれるだろう
「さて、終わったな。じゃあ皆、朝飯でもいこうや。すぐ近くにカルーセル何とかちゅうお洒落なホテルがあるからそこがええな。きっと協会の奢りやで」
清里さんが手を広げて明るく言った。
……周りが瓦礫だらけで酷い有様なのがシュールだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます