第191話 打ち上げの場で・上

 あの戦いのあと、昼頃からまた梅田の地下街を昨日と同じように巡回した。

 あくまで何事もなかったかのようにせよ、ということらしい。


 尾城達や元村は木次谷さんに病院に連れていくという名目で連れられて行った。

 まあ元村はかなり憔悴していたので病院送りは仕方なかったと思うけど。

 

「人使いが荒いで、ホンマ」

「確かに」


 昨日と同じように、魔討士協会のハッピを着て周りの人たちへのアピールをしつつ清里さんが言う。


 あの戦いをした梅田の地下街の一角は元村の爪痕と僕の飛ばした風と清里さんの衝撃波であちこちひどいことになっていたので、黄色いテープが張られて立ち入り禁止になっていた。

 ここであんな戦いが起きていたことなんて誰もわからないだろうな


 その日は何事も起きず、翌日は一度だけ野良ダンジョンの討伐をした以外は特に何事も起きなかった。

 結局1週間ほどの魔討士協会のイベントは表面上はつつがなく終わった。


 最終日には初日と同じ場所でセレモニーをやった。

 割と賑やかだったので、このイベントは好評だったんだろう。



 打ち上げは翌日の昼になった。場所は梅田の高級ホテルの大きな部屋だ。

 白と薄茶色のパネルが貼られた壁と高い天井。大き目の窓には白いレースのカーテンが掛かっていた。


 立派なテーブルに次々と大皿に盛られた料理が並べられている。

 いい匂いがホール一杯に漂った。


 寿司とか大きな塊の肉、それにお洒落なスタンドに置かれたケーキ

 ……部屋の雰囲気や壁際に控えていてくれる制服姿の人たちも相まって何とも言えず豪華だ。

 

 ホールには制服姿の清里さんや斎会君、木次谷さんや魔討士協会の人たち。

 それに襲われてケガをした児玉さんとかも来ている。


「皆さん、お疲れさまでした。おかげでこのイベントは成功しました。今日はゆっくり楽しんでください」


 木次谷さんがグラスを掲げてあいさつするけど。


「ところであれって……結局何だったんですか?」


 斎会君が聞く。

 清里さんも同じことを聞きたいと言わんばかりに頷くけど。


「すみません。現在アプリのデータや尾城達への聞き取りをしていますが、まだ分からないことが多いんですよ」


 木次谷さんが答える。普段と話し方は変わりないけど、なんとなく情報を伏せていることは分かった。

 倉庫街であの意思疎通可能なキューブと戦ったのは僕と檜村さん、それに七奈瀬君くらいだ。

 新宿系についてはまだ謎が多いし知っている人も少ないから迂闊なことは言えないんだろう。


「詳しいことが分かったら情報は共有します。今日はまずは楽しみましょう」


 木次谷さんが質問を遮るように言った。



「どうも、片岡さん。お疲れ様でした」


 グラスを片手に声をかけてきたのは児玉さんだった。

 大人っぽい黒のジャケットが似合ってるな。


 もう腕を吊っていたベルトは無くなっているから、怪我は完全に治ったらしい。

 一緒に襲われた人たちも回復したらしいから良かったな。


 グレープフルーツジュースの入ったグラスと児玉さんのグラスで乾杯する。

 児玉さんがグラスを半分ほど飲み干したけど……なんか児玉さんのグラスに泡が見える……酒だとまずい気がするぞ。


「仇討ちしてもらっておおきに。ありがとさんです」

「こっちも意地がありますからね」


 敵討ちというのもあるけど、あれだけ色々と煽られたらこっちも黙っているわけにはいかない。

 きっちり勝てたからそこは個人的には満足している。


「ところで、片岡さん。あいつらの能力、どう思いました?」


 児玉さんがちょっと真剣な口調で聞いてくる。

 あいつらの能力、というとあの元村のを思い出すけど……多分児玉さんが言いたいのはそれじゃないよな。


「実は、あの俺たちを襲ってきた奴の中に俺の先輩がおったんですわ」


 児玉さんが続ける。

 そう言えば顔見知りがいたって言ってた気がする。


「なんやろなー……負けといて言うのもアレなんですけど、先輩の動きがちぐはぐやったんですよね。

今まで間合いが伸びたらええなーとか能力強いの羨ましいなーとか思っとったんですけど、そんな単純なもんやあらへんな、と。片岡さんの剣術もかなり師匠筋のとは違うでしょ」

「ええ」


 僕の場合は風を使うのが前提だから師匠の剣術とはかなり違ってきている、

 師匠もそれは咎めてこない……というより、そうするのがいいっていう感じだ。

 師匠曰く、剣術は人と戦うために発展した技だ。モンスターと戦うお前らは自分なりの剣術を見つけろってことらしい。


「なんで……まあ、もう少しこのまま頑張りますわ」


 そう言って児玉さんがニッと笑ってグラスの残りを飲み干した。



「ショータ、ミズキ、お疲れさん。それに玄絵の姐さんも」

「お疲れ様」


 グラスを持った清里さんがこっちに来た。斎会君と檜村さんも自然に集まって輪ができる。

 それぞれ手に持ったグラスを掲げて乾杯した。

  

「しかしなんちゅーか、一緒に戦えたのは良かったけど……良くない点もあったわ」


 清里さんが言って深くため息をつく。


「というと?」

「……今まではあたしが一番になりたいって思うとって、それは今も変わってへんのやけど。できればみんなで上がりたいなとかも思ってな……変な気分やわ。

なんちゅーか、こういうのってアンビバレンツとかいうんやっけかな」


 清里さんがグラスのジュースをちびちびと飲みながら言う。

 斎会君が面白そうに笑った。


「おいおい、らしくないんじゃないのか?」

「あたしだってセンチメンタルな気分になることくらいあるわ。まあでも、これからもガチの競争でいこうや。誰が先に行っても恨みっこなしやで」


 そう言ってまた清里さんがもう一度乾杯しようって感じでグラスを突き出してきた。


「勿論」

「こちらこそ」 



「そういえば、ショータ。彼女いるんやろ。写真見せてーな。どうせ待ち受けとかになってるんやろ」

「ああ、構わないよ」


 当然って顔で斎会君が答えた……しているのか。

 一応檜村さんと付き合ってはいるけど、でも気恥ずかしくて写真を壁紙にしたりはしていないんだけど。

 

 少しは隠すかと思ったんだけど、斎会君が特に気にした様子もなくスマホを見せてくれる。

 大き目の画面にその彼女さんが映っていた。


「これは……」


 ……超絶と言っていいくらいの美人だ。

 白い肌に少し朱がさした頬。ポニーテール風に結った奇麗な黒髪とぱっちりした目。目元の黒子が可愛い。

 どこかのお祭りなのか青い浴衣が似合っている。


 多分斎会君が向けているカメラに向かって幸せそうに微笑んでいる笑顔がまたなんとも綺麗だ。

 檜村さんと清里さんが固まる。


「負けたわ……あたしも美少女っていう自信はあったんやけどな」

「確かにこれは……女の私でもほれぼれしてしまうよ」


 檜村さんと清里さんが顔を見合わせて言う。


「どうやって捕まえたんや?野良ダンジョンで颯爽と危機を救ったとかかい?」

「いや、幼馴染だ」


 斎会君が答えて、清里さんがわざとらしくよろめいた。


「幼馴染の美少女やと?なんやその一昔前の恋愛ゲーみたいなん。

フィクションかファンタジーかと思っとったけど、そんなんリアルであるんかいな……信じられへんわ」


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