第187話 交流戦、一戦目・下

「えっ?」


 誰かが声を発して、剣が地面に転がった。耳障りな金属音がホールに響く。


「勝負ありですか?」


 切っ先を突きつけたままで、横目で元村を見た。


「……卑怯者!不意打ちか!」


 尾城が険悪な口調で言うけど。


「魔獣に対してもそういうのか?不意打ちは卑怯だから今の無しだって?」


 あの知恵のある蟲はそんなことを聞いてくれないだろう……というかむしろ不意打ちしてくる側だな。

 そもそも開始の合図があった後に油断してるのが悪い。

 

「宗片さんの教えだよ。厄介な敵は一太刀目で息の根を止めろ、だ」


 正体不明の敵と戦うときは相手を見極めるのもいいのかもしれないけど、一番いいのはさっさと終わらせることだ。

 どんな能力があろうとも使わせずに倒してしまえば関係ない。


 尾城が鎮定を突き付けられたまま、憎々しげにこっちを見た。

 元村が苦々しい表情を浮かべて沈黙する。


「でもいいよ。もう一度やろう」


 鎮定を下ろしてもう一度開始位置に下がった。

 この戦いは児玉さんの為でもある。ただ勝てばいいってわけじゃない。完全な形で勝つ。


 それに、とりあえず先制攻撃が決まって気持ちが少し落ち着いた。

 鎮定を八相に構えなおす。


「奇襲で試合に負けただけだ、本当は俺の方が強い……なんていう舐めた言い訳はさせない」


 そう言うと、尾城の顔に張り付いた薄笑いが消えて、顔が真っ赤に染まった。

 10歩くらい離れたここまで歯ぎしりが聞こえてくる。今にも切りかかって来そうだったけど。


「尾城!……冷静になれ」


 元村の鋭い声が飛んだ。

 尾城が深呼吸して、少しは顔が落ち着いてくる。また小ばかにしたような薄笑いを浮かべた。


「本当にバカな奴だな……もうお前の勝ちは無くなったんだぞ」


 尾城が半身になって剣を構える。今の一言で流れを切られた感じがするな

 ……元村は今回の戦いには参加してないし、魔素の研究者かと思っていたんだけど、もしかしたら戦いの経験があるんだろうか。



「行くぞ!」


 尾城が大きく踏み込んで剣を振り下ろしてきた。白い光が空中に軌跡を描く。

 剣と鎮定がぶつかり合って火花を散らした。


 重い押されるような手ごたえがあって、風がワンテンポ遅れて吹き付けてきた。

 防壁が光って僕の体を包んでいた光が薄くなる。一歩下がって距離を取った。


「どうだ!」


 尾城が自慢げに剣を一振りすると、風が剣の軌道を追いかけるように吹いた。

 風を斬撃に乗せてきている感じだな。僕の断風に似ている気がする。


「この程度で済むと思うな」


 遠い間合で尾城が威嚇するように剣を横凪ぎにする。

 横に避けると白い光を纏った風の斬撃が飛んで、床に切り傷が出来た。確かに威力は高いっぽい。


 断風とか破矢風のような技として風を撃ちだす僕のとは違う。

 常に風が剣から放出されてる感じだ。風を放つにしても斬撃を強化するにしても、速い分確かに強い。


「ふん、どうした。所詮は不意打ちをしなくては勝てないんだろうが」

「どうかな?」


 宗片さんが能力は高いというだけのことはある。ただ僕の目から見ても足さばきに無駄が多い。

 普段師匠とかと試合をしてるからか、ちょっとした挙動とかからそう言うのが何となくわかるようになってきた。


 もしかしたら正式に剣術を学んでないのかもしれない。

 というか、能力が高性能でそれだけで戦えるなら、道場で疲れる思いをして技なんてみがかないのかもしれないな。

 

「捻り潰してやる!」


 尾城が叫んでまた切りかかってくる。振り回される剣を鎮定で受け止めた。

 数号切り合ってまたどちらからともなく距離を取る。 


 一撃一撃は確かに重いし防壁が無いと風で追い打ちを受けるだろう。確かに能力の性能は高い。

 ただ、全く怖さが感じられない。


 なにがシューフェンや師匠とかと違うのかと思ったけど。

 相手を倒してやるという、そう言う気概とか気迫が全く感じられない。切っ先から感じられる怖さがない

 この期に及んで露骨にこっちを舐めてるな。


「さっさと這いつくばれ、ザコが!」


 尾城が声を上げてまた踏み込んでくる。振り下ろされた剣と鎮定の刃が噛み合った。

 刀身を覆う風がこっちを押してくる。

 鍔迫り合いは不利だな。強く剣を押し返して距離を開ける。


「また逃げか……」


 尾城が言うけど、離れ際が隙だらけだ。

 下がりながら小手を打つように手首を打つ。鎮定から硬い手ごたえが伝わってきた。

 あたったところがヒットエフェクトのように白く光る。


 離れた尾城が顔色を変えて今切った手首に触れた。やっぱり傷はないっぽい。

 能力強化の防御とやらは確かに硬いな。

 でも


「能力を強化してその程度なわけ?」


 踏み込み際や離れ際に攻撃を仕掛けるのはセオリーだ。能力がどれだけ高性能でもあれだけ隙だらけなら何度でも切れるぞ。

 薄笑いというか作り笑いを浮かべていた尾城の顔がまた紅潮した。

 

「この……クソガキが!」

「尾城!挑発にのるな!」


 元村の声が飛ぶけど、尾城がそのまま切りかかってきた。

 大振りで雑に振り下ろされた剣を横から巻き込むように払う。剣に振られるように尾城の姿勢が崩れた。

 

「一刀、薪風、裾払!」


 足元に風を吹かすと、尾城がよろめいて前のめりになる。

 メガネが赤いタイルのような床に落ちて乾いた音を立てて転がった。


 転げそうになりながらどたばたと足を踏み鳴らして、尾城が辛うじて姿勢を立て直す。

 隙だらけの背中に破矢風を打ち込めば終わってたな。

 尾城が剣を構え直しながら顔に手をやって、床に転がった眼鏡を見た。


「拾えば?眼鏡」 

「こんなはずが……あるわけがない」


 ぶつぶつ言いながら尾城が距離を取って剣を横に構えた。

 魔素フロギストンが集まる感覚があって体を覆っている白い光が強くなる。風が渦を巻いた。


「死ね!」

「一刀!破矢風!七葉!」


 尾城が剣を薙ぎ払った。白い光と風の斬撃が剣から飛ぶ。

 こっちも気合を入れて鎮定を振り下ろした。切っ先から風の刃が立て続けに飛んで風の斬撃同士がぶつかり合う。


 風が押しあって唸るような音が響いた。弾け飛んだ斬撃の余波が壁や床に傷を穿つ。

 僅かな間があって相殺されて風が消えた。赤い空間に静けさが戻る。


「死ね……とか言っていいわけ?」  

「こんなバカな!バカな!バカな!あり得ない!」

 

 尾城があからさまに動揺して地面を剣で叩いた。

 ……というか、自分の思う通りに行かなくて暴れる子供みたいだ。

 

 そしてどうやら今のが切り札だったらしい。

 もう一度尾城が剣を構えて意識を集中させようとしているけど……もう十分か。


「一刀、破矢風!鼓打」


 風の塊が隙だらけの尾城の肩に命中して、吹っ飛んだ尾城が床に転がった。 





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