第169話 江坂訓練施設での練習試合

 声を掛けてきたのは190センチほどありそうな男の人だ。背は高いけどひょろい感じはしない。

 寝ぐせのようにあちこち逆立った金髪にちょっと眠そうな感じの目。

  

「片岡さんやろ?乙の5位」 


 セスを思い出す、見上げるような背の高さ。背が高いからか、声が上から降ってるような感じだ。

 黒い袴をはいて手には柄のかなり長い模擬刀を持っている。ああいうのは長巻っていうんだっけかな。


「ええ。そうです」

「やっぱりか。来るって聞いとったんですよ。あ、自分、児玉十四春こだまとしはるっていいます。乙の6位、つい先日まで高校生でした。今は浪人生ですけど、まあよろしゅうに」

「ああ、どうも。片岡水輝です」


 僕より一つ上か。

 背が高いからかもっと年上に見えた。児玉さんがぽんと僕の肩に手を置いた。

 

「ここで会えたのも何かの縁やで。片岡さん。

ついたばっかりのところ申し訳ありませんが、是非一手お手合わせ願えませんやろか。自分も5位を目指し取ったんですが、上がる前に卒業してしもうてな」

「試合ですか?」


「ほぼ同い年で自分より上位やろ。しかもこんなガタイに恵まれてないのに。これは是非見たいですよ。

それに片岡さんも古流使いなんでしょ。自分は恩智鎮西おんぢちんぜい派刀流ですわ」


 押しが強いな……これも関西流なのかどうなのか。

 僕の刀は魔獣と戦う過程で我流がかなり入ってるから、師匠の流派とはだいぶ違うんだけど。


 ただ僕も宗片さんとの試合して学ぶところは多かった。

 宗片さんや伊勢田さんじゃないけど、上位に上がったら責任のようなものが生まれる。

 やりたくないから嫌だ、というわけにもいかないのかもしれない。


「まさか5位が下位相手に逃げるなんて言わへんでしょうな?」


 考えていたら、挑発するような口調で児玉さんが言う。

 面倒だな、と一瞬思ったけど……師匠の言葉じゃないけど、こういう順位が付く組織では自分の力を示さないと舐められる。


 改めて児玉さんを見る。

 見た目は大きいけど……大きい相手というならセスの方が大きく威圧感があった。

 それにまあ宗片さんほどの相手でもないだろうし。

 

「一本だけなら」

「感謝しますわ。じゃあ5分、一本勝負ってことで」



「おりゃあ!」


 児玉さんが気合の声を上げて踏み込んできた。横に薙ぎ払われた長巻を受け流す。

 太刀筋はシンプルだけど、重くて鋭い。そして柄が長いからなのか、意外に切り返しが速い。

 

 切っ先の軌道を変化させてくるタイプじゃなくて力と速さで押し切るタイプっぽい。師匠の剣術に少し似ている。

 試合場の横の時計を見るとあと3分だ。


 児玉さんの攻撃は刀身が長い割には二の太刀の切り返しが速い。柄が長いからだおろうか……でも見切れる。

 確かに一撃は重くて速い。ただ、強くてデカい相手は師匠やセスで慣れたし、速い相手はあのカマキリで体験した。

 何事も慣れだな。


 さっきから二度正面から切り込んだけど、二度とも迎撃された。

 まっすぐ行って力勝負は流石に無理か。デカい上にあの長巻はかなり重量がある。受けた手が痛い。


 軸をずらすと児玉さんも姿勢を変えて正面に僕を捉えてくる。

 基本的にはこっちの踏み込みを待って、一太刀目に合わせて正面から迎え撃つように斬ってくる、後の先の戦い方だ。

 風を使えないからこっちから踏み込むしかないか。


「行くぞ!」


 下段に構えて気合を入れて、踏み込みざまに膝を狙う。

 児玉さんが長巻の柄で受けたけど、下段の捌きはうまくないのか足元が乱れて体勢が崩れた。

 チャンス。そのまま柄で体当たりするように押し込む。


「おお!」

 

 体同士がぶつかった。予想してなかったのか児玉さんが驚いたような声を上げる。

 押し込みざまに刀を横凪ぎした。長巻と刀がぶつかり合って鈍い音を立てる。 


 児玉さんが下がって距離を開けた……鎮定ならこの下がり際に破矢風を打ち込んで終わってるんだけど。

 そういえばこの人の武器の能力はどんなの何だろうか。


「やるやんけ。こまい体なんに当たりの強さは流石やな」


 児玉さんがまた長巻を高く構えてぴたりと静止した。

 あくまで待ちか。とはいえ、古流はそういうものらしいけど、

 

 ただ、斎会君のようにゴリゴリ前に出てくる相手だと受けに回らせられるからやりにくい。

 待ってくれるということはこっちに選択肢があるし、落ち着いて作戦も立てやすい。


 下段を払うのは有効っぽいけど……次はどう攻めるか。

 正面から行って間を外すか、それとも横から攻めるか。考えたところで。


「そこまで」


 声といっしょにパンと手を叩く音が鳴った。



 いつの間にかギャラリーの中にさっきはいなかった女の子が混ざっていた。

 白いワンピース姿で背が低い。


「なにがです?」


 児玉さんがちょっと不満げにその子の方を見る。


「児玉君。わかってないみたいですね。

自分の武器の性質を考えてみなさい。風使い相手に間合いを安易に開けすぎです。彼相手に待ってどうするんですか。

彼が風を使える状態なら5回は切られていますよ」


 その子が静かだけどはっきりした口調で言う。

 長めのシンプルな白いワンピースに日本人形のように切りそろえた前髪と腰位まで届く長い黒髪。

 整った落ち着いた顔立ちと切れ長の目、それと銀縁メガネがなんか文学少女っぽい雰囲気を漂わせている。


 華奢な体とメガネ姿がなんとなく檜村さんに似ている気がするな。

 武道場にいるには今一つ似つかわしくない感じだ。


「片岡君は人間と戦うのではなく、魔獣と戦うときにどうするかを考えながら戦っていたんじゃないでしょうか。どうですか?」


 その子が言って児玉さんが僕の方を見た。


「マジで?そうなんすか?」

「まあ一応」


 これも師匠に言われたことだけど。稽古の時でも常に実践を意識せよ、道場剣法になるな。というのがある。

 刀しか使えないならそう言う風に戦うけど、風を使って戦うのが僕の技だ。それに戦う相手は人間じゃなくて、ダンジョンの魔獣だし。

 だから試合の時にもその選択を意識してはいる。


 児玉さんが刀を下ろして項垂れた。

 

「そんなこと考えもせぇへんかったわ……全然格が違うやん」


 そう言って児玉さんが長巻を小脇に抱えて深々と一礼してくれる。


「クソ失礼に絡んでもうて……ほんま申し訳ありません」

「いえ、気にしてないです」


「やっぱ強いなぁ、片岡さん」

「さすが5位やで……半端ないわ」

「あんだけ対格差があっても児玉さんに押し負けへんのはスゴイで。どういう魔法やねん」

「代々木の動画、見ましたわ。あとでいろいろお話聞かせてください」


 周りのギャラリーから拍手が上がる。

 一応、東京の高校生代表として恥ずかしい闘いにはならなくてよかった。

 それに児玉さんも古流の剣術だったみたいだし、あっさり負けたら師匠に怒られそうだ。


「そう、それでいいんです。負けず嫌いと負けを認めないのは全然違いますからね。

負けたとしても、それを認めて学び次に生かす。それが上位への道ですよ」


 メガネを位置を直しながら彼女が言うとまた周りから拍手が上がった。小柄な女の子だけど、随分貫禄あるな。

 僕の視線に気づいたのか、その子が小さく微笑んだ。


「初めまして、片岡君。私は清里芳香きよさとよしか。あなたと同じ乙類5位です」


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