第166話 吉祥寺での戦い。そして、ある団体について・上

 長くなり過ぎたので分けました。



 吉祥寺駅前に近づくと声が聞こえてきた。

 駅に向かう人並が反転したようにみんながこっちに向かってくる。

 夜の9時ごろだからまだ人が多い。

 

 吉祥寺駅に抜けるアーケードが赤く染まっているのが見えた。

 ダンジョンはあそこか。


「落ち着いて、境界まで避難してください!」

「助けて!」

「押すな、バカ!」

「痛いって」

「かずちゃん!どこ!返事して!」


 悲鳴と警察官の人の指示の怒鳴り声、いろんな声が混ざり合う。

 人混みをかき分けつつ進んでいたら、不意に腕をつかまれた。30歳くらいの警察官の人だ。

 

「こっちに来るな。ダンジョンだ!」

「魔討士です。援護に来ました」


 アプリを見せるとその警官が一礼して大きいマイクを取り上げた。


「皆さん!道を空けてください!魔討士が来てくれました!」

「ご協力お願いします!道を開けてください!ご協力をお願いします!」


 沢山の声を抑え込むようにマイクから大きな声が響く。

 あたりが静まり返って、同時にアーケードに通じるように人波が割れた。


「よろしくお願いします!」

「頼むぞ!」

「頑張って!」

「連れがまだ中にいるんだ、助けてくれ」


 周りから声が上がる。


「了解です」

「行こう」


 割れた人並みを走って赤く染まったアーケードに入る。

 天井の高くて細いアーケードが文字通りダンジョンの回廊の様になっていた。

 周りには遺跡のような柱みたいなのも見える。八王子系っぽいな。


「来い、鎮定!」


 呼びかけに応じて鎮定が手に中に現れる。

 今日は檜村さんもいるし、野良ダンジョンのダンジョンマスターがあの代々木の木やカマキリより強いってことはないだろう。

 そう思うと少しは気が楽だ。


 赤い光で照らされたアーケードの向こうには黒いコート姿の人が居た。

 その奥には4メートル近いアーケードの天井のところまで届くようなサイズの蛇の姿が見える。

 天井近くまで持ち上がった蛇の目がその人を見下ろしていた。


「あっち行けっつーの!こいつ!」


 声からすると女の人っぽい

 その人が長めの杖を振り回すと、杖の先端の赤い石のようなものが光を放って焔が噴き出す。

 炎の塊が炸裂して、蛇が身じろぎして地面が震えた


 同時に周りから悲鳴が上がる。

 多分まだ何人か店の中とかで逃げ遅れた人が居るな。


「一刀!破矢風!」


 よく狙って鎮定を振り下ろした。

 切っ先から飛んだ風の斬撃が蛇の顔を捕らえる。ざっくり切れた傷口から緑色の体液が噴き出した。


 巨大な蛇が壁をはいずるようにして下がる。

 ダンジョンの赤い光の奥から何人かの人が出てきて、アーケードの出口というか境界に向けて走っていった。


「無事ですか?」

「あ、援軍?サポートありがとね」


 並んだところで声を掛けるとその人がこっちを見た。

 黒のコートに肩くらいで切りそろえた明るい金髪の女の人だ。大学生かな?


 デカい蛇が新たな得物って感じで僕を見る。

 改めて見ると地面に長く伸びた尻尾に当たる分にも顔があった……こういうのも双頭の蛇っていうんだろうか。


「速攻で終わらせるよ。【書架は南東・理性の5列・22頁6節。私は口述する】」

「よろしくお願いします」


 檜村さんが詠唱に入る。 


「一刀!破矢風!鼓撃!」


 風の塊が蛇の胴に命中した。鈍い音がして、鎌首をもたげていた蛇の頭が下がる。


「食らいな!」


 その人が一声上げて踏み込んだ。杖が焔を噴き上げてその人が軽々と飛ぶ。

 炎の赤い軌跡を残して杖を振り下ろされて、デカい頭に杖が命中した。焔が飛び散る。

 見た目は細くて赤い宝石のようなものが付いた魔法使いの杖に見えるけど、使い方は打撃系だ。


 上の方の蛇の頭が奇声を上げて下がるけど、入れ変わるようにもう一方の下の頭が滑るように前に出てきた。

 

「一刀!薪風!裾払!」


 地面すれすれに風を吹かせる。

 風に押された蛇の頭が壁にぶち当たって赤い光と破片が飛び散った。


「あんた、やるじゃん」


 その人が言って杖を振って構えなおした。

 蛇が警戒するように後ろに下がって少し間合いが開く。

 

 そいつが吠えると、天井からばらばらと太いひものような蛇が降ってきた。

 地面に落ちた蛇が鎌首をもたげるけど、鎮定を振るより早く、その女の人が杖で地面を突いた。

 炎が地面を覆うように伸びて蛇を次々と燃やしていく。


「一刀!破矢風!」

「食らいなよ!」


 風の斬撃が首筋を切り裂いた。緑色の体液が漏れて地面から煙が上がる。

 焔の太い帯がアーケードの中を明るく照らして壁を燃やしながら蛇にぶち当たった。

 焦げ臭い嫌な臭いが漂う。


 蛇が壁をこするようにまた後退した。砕けた壁の破片が飛びちる。

 飛び散った火の粉が手に触れた。


「熱っ」

「ああ、ゴメン!お詫びはあとでするから、今は勘弁して」


 その人が蛇の方を見たまま言う……戦いの時はこういうこともあるな。


「了解です」


 改めて蛇を見る。

 焔で鱗が焼け焦げていて、僕の風の斬撃であちこちから緑色の体液が噴き出していた。

 かなり効いてはいるようだけど……ただデカい図体もあって、致命傷にはなってない。


「こいつ!ほんとにしつこい!」


 その人が怒ったような口調で地面を杖で突く。

 赤い炎が花火のようにぱっと飛び散った。

 

 距離を開けてこっちを伺っていた蛇が奇声を上げる。同時に両方の口が大きく開いた。

 何度も戦ってると何をしてきそうかは分かってくる。何か吐いてくるな。


「一刀!薪風、逆捩!」


 風が巻くと同時に、二つの口からホースから噴き出す水のように緑色の液体が噴き出してきた。

 壁の様に立った風の渦が液体を押し戻して向こうに飛び散る。

 落ちたところから嫌な臭いと白い煙が上がった……毒とか酸とかそんな感じか。

 

「すごいじゃん」

「どうも」


 効果が無かったのが不思議なのか、蛇が首をかしげるような仕草をした。

 二つの蛇の頭がまた威嚇するように口を開く。赤い口の中と長い牙が見えた。

 

「しっかし、クソしぶといわね。どうすんのよ……これ」


 その人がうんざりしたように言うけど

 ……後を見ると檜村さんの周りに白い吹雪のようなものが舞ってた。

 

「もう終わります」 

「え?」

「『ここは最果て北端の城郭、此の地にて炎の燃ゆるは禁じられし行い。全ては凍てつき永久に眠るべし、其は王命なり』術式解放!」


 詠唱が終わると同時に白い吹雪が渦を巻く。

 冷蔵庫の前に立ったような冷気が吹き付けて、吹雪に巻き取られた蛇が小さく声を上げた。

 吹雪が収まって、あとに残された白い壁のような氷が蛇と一緒に砕ける。


 ばらばらになった氷の破片の中にライフコアが転がっているのが見えた。

 ……何度も見た魔法だけど、なんか威力が上がってる気がするぞ。

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