第165話 3月のある日
お待たせしました。本編再開します。待っててくれた皆さまに百万の感謝を!
応援よろしくお願いいたします。
◆
期末テストもひと段落した3月18日の日曜日。
久しぶりに檜村さんと出かけることになった。檜村さんの希望で吉祥寺だ。
服屋さんでの買い物に付き合って映画を見て、今は駅前で晩御飯まで時間を潰している。
「どうかしたかい?」
「いえ、ちょっと考え事を」
「私が横にいるのに上の空とは……そう言うのは私としてはちょっと不満だな」
「ああ、すみません」
わざとらしく拗ねたような口調で檜村さんが言う。
今日も青の長いワンピースに白いマントのようなロングコートと大判の黒のマフラーで、ちょっと魔法使い風の格好だ。
上の空というわけではなく、視界に予備校の広告が見えたからちょっと今後について考えてしまった。
期末テストが終わって春休みを過ぎれば、3年生だ。
進路もそろそろ考えないといけない気がする。
とはいえ、一応魔討士の実績で何処かに入ることは出来そうではあるけど。
伊達さんとか、あと四国の魔討士協会にも誘われたし。
今の所、進学して何をしたいか、と言われるとあんまり具体的には思いつかない。
三田ケ谷はルーファさんと一緒に居れればいい、というくらいしか考えてないっぽいけど、クラスメートの中にははっきりした志望動機を持って、行きたい大学を絞ってる人も居る。
ダンジョンや魔素の研究も始まっているみたいだから、そう言うところに行くのも良いかもしれない。
いざと言う時の退路があるのはけど……横を歩いている檜村さんを見た。
できれば東京に居られる方がいいな。
◆
6時になって予約の時間になったから檜村さんのおススメのイタリアンレストランに移動した。
地下の洞穴のような茶色の凸凹の壁とアーチ風に丸い天井。
天井から吊り下げられた古めかしいライトが白い光を放っていた。
使い込まれたって感じの重たげな木の椅子とテーブルが歴史を感じさせてくれる。
結構古い店っぽいな。
狭い店には少し早いせいか僕ら以外の人はいなかった。
すらっと背の高い、白いシャツに黒いエプロン姿の店員さんが大きめのテーブルに案内してくれる。
鉄の枠がはめられた窓の外にはサボテンの鉢が並んでいて、竪穴のように開いた上からは夕方の薄明かりが差し込んできていた。
なんか、ゲームとかで出てくる地下の酒場みたいだな。
「今日は付き合わせて悪かったね」
「いえいえ」
メニューを見ながら話していると手が触れあった。檜村さんが上目遣いでこっちを見る。
これは手を握ってほしい、というサインだ……ということはなんとなくわかってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
リードしてほしいと何度も言われてるし……手をつなぐべきか、迷ったところでウェイトレスさんが声を掛けてきた。
やっぱり手をつなぐとかそういうのはまだ若干の照れがある。いいタイミングで声を掛けてくれて助かったな。
檜村さんは不満そうだけど。
「ああ……ではこのパスタのコースを二人分でいいですか?檜村さん」
「ああ、それでいいと思う」
「はい、ありがとうございます」
黒髪を跳ねるようなポニーテールにしたウェイトレスさんがメモを取って僕等をまじまじと見た。
「お客様、もしかしてあの……」
「なんでしょう?」
「もしかして、間違ってたら申し訳ないんですけど……高校生5位の片岡さんと檜村さんですか?」
檜村さんがこっちに視線を向けてきたけど……ここまではっきり言うってことはほぼ確信があるんだろう。
それにこの間を置いた時点ですでに肯定したようなもんだな。
「ええ」
「やっぱり。動画見ましたよ」
ウェイトレスさんが嬉しそうに言う。
代々木の戦いの後、魔討士以外の人がスマホで撮った映像が大量にネットに流れた。
手回しのいい魔討士協会だけど、さすがにこれを止めることは出来なかったらしい。
グラウンドで戦ってる場面だったり、施設から撮られた奴とかなりの種類があって。その内の一つに僕とあのカマキリとの一騎打ちもあったんだけど。
しかし……あの状況でよく撮影する余裕があったな。
「二人とも本当に勇敢なんですね。私と同じくらいの年なのに」
それよりインパクトが強かったのは誰かが二階から撮った動画だ……あの状況で二階から撮ってるのもどうかと思うけど。
誰が撮ったんだろう。
その映像は僕と檜村さんがあの木の魔獣と戦っている映像だ。
勿論トゥリィさんも映っていた。
「ところで……あの小さな女の子は誰なんです?すごいスピードで走っていって魔法を使ったあの子」
ウェイトレスの子が声を潜めて聞いてくる……そりゃ聞かれるよな。
その映像は檜村さんの焔の魔法で倒されたあの木が瞬く間に復活したり、その後のとどめになったトゥリィの炎の魔法が見栄えが良かったから随分注目を集めた。
戦ってるときは夢中だったけど、端から見るとあの木は相当デカかった。
よく勝てたな。我ながら。
そして、それより注目されたのが戦場に颯爽と乱入してきたトゥリイさんだ。
しかも走っている途中でキャスケットが脱げて耳が見えかけていたわけで。
暫くの間はワイドショーを中心にトゥリィさんの正体探しがネタになったけど。
魔討士協会が徹底的に知らぬ存ぜぬで通したのと、どうやら後ろで色々と手をまわしたのか、しばらくしたらテレビの話題からは消えていった。
望遠だったのと手ブレかなにかで画像が粗かったのは幸いだった。
そもそも本人がもうダンジョンの向こう、というかソルヴェリアに戻っていていないんだけど。
「……あの女の子、誰なんですか?」
「はは……さあ。あの時初対面だったのでね」
「あの耳って何だったんですか、見たんですよね?」
「耳がなんだって?普通の人だったよ。服の飾りがそう見えたんじゃないかな?」
檜村さんが顔を引きつらせつつ応える。
この人は相変わらず嘘が付けない……ウェイトレスの人が疑わしげ気に見てポンと手を打った。
「なんか大事な秘密なんですね。仕方ないです……じゃあごゆっくり」
なんか納得したような顔で言って、ウェイトレスさんが立ち去って行った
しかし、面が割れているとなんというか気まずいな。檜村さんがちょっと不満そうに僕を見て手をひっこめた。
まあ知られてると、ちょっとここではスキンシップするのは気が引ける。
◆
店がお客さんでほぼ埋まった8時過ぎ、食事が終わった。
「おいしかったですね」
「うん……ところで。なんというか、注文したのより豪華じゃなかったですか?」
「それはそう思った」
檜村さんが食後のコーヒーを飲みながら言う。
前菜とパスタのセットにしたはずなんだけど、サラダの後に辛めのトマトソースとショウガか何かのピザが付いてきた。
あと、パスタの前にはメイン風の、大き目の豚肉をトマトソースで煮込んだっぽいもの。
ピザは少し厚目の生地がソースの辛みとマッチして美味しかったし、豚肉はフォークを入れるとホロホロとほどける柔らかさ。味が染みていてこれまた美味しかった。
どれも美味しかったけど……色々と食べているうちに予定より遅くなってしまった気がするな。
そんなことを考えているうちに大き目の白い皿がテーブルに置かれた。
大き目の白い皿には真ん中に焦げ茶のティラミスが置かれていて、その周りにはイチゴや色とりどりのアイスクリームが並べられている。
「食後にデザートをぜひお召し上がりください。当店手作りのティラミスとアイスクリームです」
さっきまでのウェイトレスの女の人じゃなくて、白いコックさんの服に黒いエプロンを付けたひょろりとした背の高い男の人だ。オーナーの人っぽい。
ちょっと縮れた感じの短い髪で、僕の父さんよりは少し若い感じだ。
「こんなのついてましたっけ?」
「これは私からです。ぜひお召し上がりを」
その人がにっこり笑って言う。
「なんでです?」
「あの代々木には私の弟夫婦と甥っ子二人が居ましてね。
弟が貴方に助けられられた、と言っていました。片岡さん、それに檜村さん。
守ってくれていた槍使いの人と外人さんが倒されたところであなた達が来てくれた、と」
その人が答えてくれる。
あのグラウンドに取り残された人の身内なのか。
「……連絡が付かなかったときは生きた心地がしなかった。
お二人の食事のお邪魔をして申し訳ないのですが、どうしても直接お礼を言いたかった。失礼を許してください」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとうございます。細やかではありますが、このような恩返しが出来て光栄です」
そう言ってその人が深々とお辞儀をしてくれた。
「本当はシャンパンもお出ししたかったのですが、高校生にアルコールは良くないですからね。成人したら是非またお二人でお越しください」
そう言ってその人がもう一度一礼して厨房の方に戻っていった。
◆
食事代は結局コーヒー代の500円だけだった。
なんか申し訳ない気もしたけど、こういう時には遠慮しすぎるのもそれはそれで失礼だ、という檜村さんの言葉に従って、有難くご馳走になった。
「ああいうことがあると少し嬉しいね」
「そうですね」
あの代々木で亡くなった人もいる。僕も目の前で見た。
でも助けることが出来た人もいたこと、こうしてそう言ってもらえることは少し救いになるな。
檜村さんと手をつないで駅に向かって歩く。日曜日の吉祥寺はまだ人が多い。
さっきのこともあってなんとなく見られている気がするけど、これだけの人込みだと気づかれる感じもない。
予定より遅くなった。
さすがにそろそろ帰らないと母さんに怒られるし、絵麻や朱音には冷やかされるな。
……時間を見ようと思ってポケットのスマホを撮ったところでスマホが震えた。
メッセージか何かかと思ったけど、画面が不意に黄色く染まって、黄色のディスプレイに見慣れた黒と赤の警告文字が浮かぶ。
『近隣でダンジョンが発生しました。魔討士は可能な場合は援護に向かって下さい』
同じくスマホを見た檜村さんが深くため息をつく。
「どうして……こう、なんというか……戦うのが嫌なわけじゃないんだが」
間が悪いとか、どうしてこういうタイミングでとか言いたいんだろう。
まあなんというか、二人でいるときには妙に野良ダンジョンに当たってる気はする……気のせいかな。
とはいえ、野良ダンジョンに今は出るなといっても仕方ないわけで。
「行きましょう」
ちょっと不満そうな顔をした檜村さんが表情を引き締めて頷いた。改めてアプリを見る。
どうやらすぐ近く……というか帰り道、駅の方だ。
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