第147話 代々木訓練施設・テラスの攻防・6


 何度目かの風の刃を浴びせかけたけど全然効果が無い。

 これだけじゃ殺せない。切っても切っても再生する。


 女王アリの長い腕が動いて白い粘液の塊が宙に飛んだ。

 放物線を描いた塊がこっちに向かって降ってくる。


「一刀!薪風!旋凪!」

 

 風が巻いて粘液がそれる。その粘液がアリの群れを押しつぶした。

 見た目以上に重いらしく、落ちたところの床に大きなくぼみが出来る。

 一息つく間もなく、アリが包囲網を狭めてきたのが分かった。


「あっち行け!一刀!破矢風!蛇颪!」


 風の刃が周りに渦を巻いてアリの群れが倒れる。体液の嫌なにおいが漂った。

 周り位は今まで倒したアリのライフコアが沢山転がっていた。


『愚かでありますが実に興味深い生態ですね。勝ち目がないのが分からないのですか?なぜ逃げないのです?』


 女王アリがこっちを観察するように言う。

 こっちの攻撃は有効打にならない状態での消耗戦だ。最悪の状況なのは分かってるけど、打開策が無い。


 風を使い過ぎてさすがに頭がぼーっとしてきた。時間がどれだけ立ったか分からない。

 援軍はまだか。


 壁の様に周りを囲むアリの様子を伺う。

 女王アリの後ろから無限かってくらいに出てくるから倒しても倒してもきりがない。

 

 群れの一部が外壁を伝って下に行っているのも見える。 

 下から戦いの音が聞こえた。


 必ず援護は来る。

 呼吸を整えて鎮定を構えなおしたところで、前触れなくテラスの床が下から盛り上がった。


 何かと思ったけど、床が下から爆発するようにはじけ飛んだ。

 床の破片とアリの体が空中に吹き上がってばらばらと飛び散る。


 新手かと思ったけど……穴からさっきのように銀の柱が伸びてきてその上には七奈瀬君と絵麻がいた。



 銀の柱がほどけて絵麻と七奈瀬君が軽やかに柱から飛び降りる。

 七奈瀬君が僕の傍に降り立った。


「どけ、片岡」

「あたしたちが倒すわ、アニキ」


 絵麻と七奈瀬君が手を取り合ってアリの群れの前に立った。

 

「行くぞ」

「うん」


 二人が見つめ合う。

 絵麻が深呼吸して集中する様に目を閉じて、同時に空気が震えた。



 赤い靄が絵麻を中心にして渦を巻くよう動いた。

 あの倉庫街の時と同じだ。魔素フロギストンが絵麻に集まってきてる。


 肌で感じるほどの魔素フロギストンの流れだ。

 赤い靄が七奈瀬君の体に吸い込まれていって、七奈瀬君の横の銀の球体が膨らむように一回り大きくなった。

 

「死ね、虫けら!」


 七奈瀬君が叫んで、銀の糸が全方位を貫くように飛んだ。アリが銀の糸に刺し貫かれてバタバタと倒れる。

 テラスを埋めるほどにいたアリの群れが文字通り消えた。テラスがまっ平らな空間に戻って、散らばった無数のライフコアが宝石のようにきらめく。


 戻ってきた銀の糸が絡み合って、今度は長い帯のような刃の様に変わった。

 その刃が四方八方から女王アリに向かって飛ぶ。


 女王アリが巨体を蠢かせて後ろに下がった。逃げようとしてるらしいけど、それよりはやく黒い外殻に帯が次々と突き刺さった。

 硬そうな外殻を帯が易々と切り裂いて、硬いものを断ち切る音と粘液が飛び散る音と悲鳴が交錯する。


『こんな……バカな!!』


 女王アリの声に初めて狼狽らしきものが浮かんだ。

 包丁で野菜でも切るかのように帯が女王アリの巨体を次々と断ち切っていく。切られてバラバラになった体の破片や足が空中に飛んだ。


 白い粘液が傷をつなごうとするけど、攻撃が全くやまない。

  そのまま帯のように絡み合った糸が女王アリの巨体を文字通りバラバラに引き裂いた。 



 悲鳴の残響が消えた。

 切り刻まれて残骸のようになった巨体の破片が崩れていく。あとにはライフコアが残された……どうやら死んだらしい。


「ふん、僕の……いや僕らの敵じゃなかったな」

 

 七奈瀬君が言う。

 絵麻の能力で魔素フロギストンを集めて七奈瀬君の能力をパワーアップさせたんだろうか。

 それが無くても十分にすごかったんだけど……それどころじゃない威力だ。


 魔素フロギストンをあつめるという絵麻の能力はどんな能力なのか今一つはっきりしなかったけど。

 意識的に使えばこれほどの能力なのか……凄いな。


 女王アリが消えて、その向こうには3メートルくらいの赤い渦のようなものが残された。

 これがあいつらの世界への門なんだろうか。


 ダンジョンは別の世界との接点だけど、ダンジョンマスターを倒すとその接点も消えてしまう。

 だから接点そのものを見ることはあまりない。野良ダンジョンで遠目で見ることはあるってくらいだ。


 ダンジョンの接点はこんな風になるのか。濃い赤い色の渦の向こうは深い海の様に何も見えない

 魔素フロギストンが噴き出してくるように感じる。というか、これ、壊せるんだろうか。


「アニキ、ちょっとこっちに来て」


 絵麻が僕の額に手を触れる。

 何かが流れ込んでくる感覚があって、重たい疲労感というか、魔力を使い過ぎた時の倦怠感が消えていく。


「良くなった?」

「なった」


 魔力を回復してくれたって感じか。魔素フロギストンを集める力ってのはこんなことも出来るのか。

 ただ、疲れがスカッと消えた、というのもなんかこれはこれでヤバい感覚ではあるけど。 

 エナジードリンク飲んで無理やりハイになってるような気分だ。


「ケガはない?」

「なくはないけど大丈夫」


 あちこちぶつけたり少し爪で切られたりしたけど、あちこちに痛みはあるだけで大きな傷は無い。

 

「傷は朱音に治してもらってね。下にいるからさ」


「ほら、いくぞ、絵麻」

「わかってるよ、七奈瀬君」


 不機嫌そうに七奈瀬君が絵麻の手を引っ張る。

 絵麻がちょっと笑って僕の額から手を離した。

 

 アリの群れがまた門の向こうからぞろぞろとはい出してきた。

 この穴をどうにかしないと無限に敵が沸いてきそうだ。


 女王アリを倒したけどアリそのものは無くならないらしい。

 門が消えないところを見ると、ダンジョンマスターは他にもいるんだろうな。


「死んでろよ、ザコ」


 七奈瀬君の銀の糸が絡み合って今度は太い綱とか触手のようになった。

 それが文字通り蟲を潰すかのようにアリを次々と薙ぎ払う。アリが床に潰されたり、拉げた残骸がテラスから放り出されていった。


「こいつらは僕等がここで止めてやる。あの門もなんとか叩き壊してやるよ」

「此処は任せて、アニキ。下に行って」


 そう言えば七奈瀬君が素で話してるけど……何があったんだろう。 

 まあでもそれはあとでいい。

 あのアリの群れを止めるのは彼でないと無理かもしれない。あのアリにテラスからおいてこられたらたまったもんじゃないし。


「じゃあ任せるよ。気を付けて」


「頑張ってね、アニキ」 

「さっさと行け。しっかり働けよ」


 手をつないだままの七奈瀬君が追っ払う様に手を振る。


「七奈瀬君、年上にそういう言い方は良くないよ」

「ふん、知るか」


 二人が身を寄せ合って言いあうのを聞きつつテラスの階段から降りた。

 二階の道場はもうもぬけの空だった。一階はどうなっているんだろう。



 連投此処まで。次のエピソードだけ早めに描きます。

 後半に向けてのキャラ応募も引き続き募集中です。

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