第146話 二人でなら
七奈瀬君視点です。
◆
重い物にぶつかって、落ちる感覚があった。
糸で体を包んで体を守る。一瞬の間があって叩きつけられるような衝撃が来た。
背中を強く叩かれたときの様に息が詰まる。
「痛いな、クソ野郎!」
思わず声が出る。糸をほどいて周りの瓦礫を弾き飛ばした。
ここは管理人室とかだろうか。赤い光越しに椅子や棚のようなものが見えた。
天井には大きな穴が開いている。テラスからここまで落とされたのか。
糸でガードしたから大きな怪我はしていないけど、体のあちこちが痛む。
でもそんなことより。
「クソ野郎。僕が倒せないやつがいるだと、この僕が、あんな虫けらに!くそっ!」
足で床を踏みつける、銀の糸がそれと合わせたかのように動いた。糸の束が波打つように動いて天井や床を叩く。
天井のパネルがバラバラと落ちてきて派手な音を立てた。書類棚や机が薙ぎ倒されてボールの様に転がって壁にぶち当たる。
狭い部屋に轟音が反響した。
「くそっ、なんなんだ。あの野郎、僕の攻撃が通じないなんて。ふざけんなよ!」
しばらく大声を出していたら少し気持ちが落ち着いた。
……これからどうするか。
上では片岡がまだ戦っているはずだ。ムカつく奴だが放っておくわけにもいかない。
そもそも僕が負けるはずない。もう一度やって、今度こそあの気持ち悪い虫を八つ裂きにしてやらないと。
僕が殺せない敵なんているはずがない。
「見てろよ!クソ虫!ぶっ殺してやるからな」
さっきみたいに糸を足場にすれば上まで登れる。
糸を操って足元に足場を作ろうとしたところで、後ろで突然何かが倒れる音がした。
そっちを見ると、倒れたドアとあっけにとられたって顔で見る絵麻がいた。
◆
しまった、と思った。熱くなっていた頭が一瞬で冷える。
「えっと……どうしたんですか?絵麻お姉さん。早く逃げてください。危ないですよ」
頭を切り替えていつも通りの口調で話すけど……気まずい。
絵麻はいつから見ていたんだろうか。
「ああ……いや、ちょっと腹が立っただけですよ。
頑張って戦わないといけませんね。みんなのために……」
どうにか取り繕わないと。こいつの前では「可愛い七奈瀬2位」でいないと。
いつも通り笑顔を作ろうとするけど。
「隠さなくていいよ。七奈瀬君。そっちが本当の君だよね」
絵麻がちょっと笑って言った。
◆
「……なんで?」
「なんとなく、かな。普段は丁寧だけど、とっても寂しそうにも見えたから」
絵麻が言うけど……寂しそうだって?
その何もかも知ってると言わんばかりの口調に無性に腹が立った。
さっきとは別に意味で頭に血が上る。頬が熱くなるのが分かった。
「おい……お前。僕の気持ちが分かるとか……言う気なのか?」
あの時に感じた気持ちを分かるなんて言うつもりか。父さんや母さん、葉月が死んだときの気持ちが。
お前みたいに、家族がいてのほほんと幸せに生きている奴が。
あの時に感じた絶望と一人取り残された孤独。もう一度声だけでも聞きたいと何度思ったことか。
睨みつけたけど、絵麻が静かに首を振った。
「そんなこと言えないよ。アニキや朱音が死んだらなんて……想像もできない」
そう言って絵麻が僕をまっすぐに見た。
「あたしが言いたいのは、怖い顔して怒ってる今の君もいいよっていうだけ。ニコニコ笑ってるときも可愛いけどね」
絵麻が言葉を切る。
何処かから魔法か何かの爆発音と堅い物がぶつかり合う音、それと悲鳴が聞こえてきた。
「七奈瀬君。あのね……あたしの力を君なら使えるんじゃないかって思うんだ。
あの
絵麻が真剣な顔で言う。そういえばこいつはそんな力を持っているんだっけか。
あの時の戦いを思い出す。膨大な
確かにあんな風に魔素を集めてくれれば……僕のこの能力ももっと威力が上がるかもしれない。
絵麻が僕の心を見透かしたように笑った。
「あたしさ……アニキや朱音が羨ましいんだよね。アニキは強くて有名になっちゃったし、朱音は超レアな治癒術使いでしょ。
あたしは自分じゃ戦えないし、むしろ助けられてばっかりだし……なんていうかさ、コンプレックス感じちゃうよね」
絵麻がちょっと顔を背けながら言う。
いつも明るいようにみえるけど、こいつもそんな風に考えるんだな
「……でも君となら、あたしだって戦えるんじゃないかなって思うんだ。アニキや七奈瀬君みたいに」
そう言って絵麻が僕の方を見た。
「さ、一緒に戦おう。
それに、あたしのこと、守ってくれるんだよね。じゃあこんなところに1人で置いていかないでよ?」
絵麻が笑って手を差し出した。
「それとさ、七奈瀬君。君の事であたしが知らないことは教えてほしいな」
差し出された手を取ると、絵麻がぎゅっと握ってきた。
暖かくて華奢な指をこっちも握り返す。
「よし、僕に任せておけ。どいつもこいつも皆殺しにする」
「違うよ。私たち、でしょ」
叱るような口調で絵麻が言った。
不思議に嫌な気持ちにはならなかった……なんとなく母さんに似ている気がした。
「ふん、そうだな……僕とお前で皆殺しだ」
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