第146話 二人でなら

 七奈瀬君視点です。



 重い物にぶつかって、落ちる感覚があった。

 糸で体を包んで体を守る。一瞬の間があって叩きつけられるような衝撃が来た。

 背中を強く叩かれたときの様に息が詰まる。


「痛いな、クソ野郎!」


 思わず声が出る。糸をほどいて周りの瓦礫を弾き飛ばした。

 ここは管理人室とかだろうか。赤い光越しに椅子や棚のようなものが見えた。 


 天井には大きな穴が開いている。テラスからここまで落とされたのか。

 糸でガードしたから大きな怪我はしていないけど、体のあちこちが痛む。

 でもそんなことより。


「クソ野郎。僕が倒せないやつがいるだと、この僕が、あんな虫けらに!くそっ!」


 足で床を踏みつける、銀の糸がそれと合わせたかのように動いた。糸の束が波打つように動いて天井や床を叩く。

 天井のパネルがバラバラと落ちてきて派手な音を立てた。書類棚や机が薙ぎ倒されてボールの様に転がって壁にぶち当たる。

 狭い部屋に轟音が反響した。


「くそっ、なんなんだ。あの野郎、僕の攻撃が通じないなんて。ふざけんなよ!」


 しばらく大声を出していたら少し気持ちが落ち着いた。

 ……これからどうするか。

 上では片岡がまだ戦っているはずだ。ムカつく奴だが放っておくわけにもいかない。


 そもそも僕が負けるはずない。もう一度やって、今度こそあの気持ち悪い虫を八つ裂きにしてやらないと。

 僕が殺せない敵なんているはずがない。


「見てろよ!クソ虫!ぶっ殺してやるからな」

 

 さっきみたいに糸を足場にすれば上まで登れる。

 糸を操って足元に足場を作ろうとしたところで、後ろで突然何かが倒れる音がした。

 そっちを見ると、倒れたドアとあっけにとられたって顔で見る絵麻がいた。



 しまった、と思った。熱くなっていた頭が一瞬で冷える。


「えっと……どうしたんですか?絵麻お姉さん。早く逃げてください。危ないですよ」


 頭を切り替えていつも通りの口調で話すけど……気まずい。

 絵麻はいつから見ていたんだろうか。


「ああ……いや、ちょっと腹が立っただけですよ。

頑張って戦わないといけませんね。みんなのために……」


 どうにか取り繕わないと。こいつの前では「可愛い七奈瀬2位」でいないと。

 いつも通り笑顔を作ろうとするけど。

 

「隠さなくていいよ。七奈瀬君。そっちが本当の君だよね」


 絵麻がちょっと笑って言った。



「……なんで?」

「なんとなく、かな。普段は丁寧だけど、とっても寂しそうにも見えたから」


 絵麻が言うけど……寂しそうだって?

 その何もかも知ってると言わんばかりの口調に無性に腹が立った。

 さっきとは別に意味で頭に血が上る。頬が熱くなるのが分かった。


「おい……お前。僕の気持ちが分かるとか……言う気なのか?」


 あの時に感じた気持ちを分かるなんて言うつもりか。父さんや母さん、葉月が死んだときの気持ちが。

 お前みたいに、家族がいてのほほんと幸せに生きている奴が。

 あの時に感じた絶望と一人取り残された孤独。もう一度声だけでも聞きたいと何度思ったことか。

 

 睨みつけたけど、絵麻が静かに首を振った。


「そんなこと言えないよ。アニキや朱音が死んだらなんて……想像もできない」


 そう言って絵麻が僕をまっすぐに見た。


「あたしが言いたいのは、怖い顔して怒ってる今の君もいいよっていうだけ。ニコニコ笑ってるときも可愛いけどね」


 絵麻が言葉を切る。

 何処かから魔法か何かの爆発音と堅い物がぶつかり合う音、それと悲鳴が聞こえてきた。


「七奈瀬君。あのね……あたしの力を君なら使えるんじゃないかって思うんだ。

あの魔素フロギストンを集める力ってやつ」


 絵麻が真剣な顔で言う。そういえばこいつはそんな力を持っているんだっけか。

 あの時の戦いを思い出す。膨大な魔素フロギストンがこいつに集まってきて次々とキューブが作り出されていた。


 確かにあんな風に魔素を集めてくれれば……僕のこの能力ももっと威力が上がるかもしれない。

 絵麻が僕の心を見透かしたように笑った。


「あたしさ……アニキや朱音が羨ましいんだよね。アニキは強くて有名になっちゃったし、朱音は超レアな治癒術使いでしょ。

あたしは自分じゃ戦えないし、むしろ助けられてばっかりだし……なんていうかさ、コンプレックス感じちゃうよね」


 絵麻がちょっと顔を背けながら言う。

 いつも明るいようにみえるけど、こいつもそんな風に考えるんだな


「……でも君となら、あたしだって戦えるんじゃないかなって思うんだ。アニキや七奈瀬君みたいに」


 そう言って絵麻が僕の方を見た。


「さ、一緒に戦おう。

それに、あたしのこと、守ってくれるんだよね。じゃあこんなところに1人で置いていかないでよ?」


 絵麻が笑って手を差し出した。


「それとさ、七奈瀬君。君の事であたしが知らないことは教えてほしいな」


 差し出された手を取ると、絵麻がぎゅっと握ってきた。

 暖かくて華奢な指をこっちも握り返す。


「よし、僕に任せておけ。どいつもこいつも皆殺しにする」

「違うよ。私たち、でしょ」


 叱るような口調で絵麻が言った。

 不思議に嫌な気持ちにはならなかった……なんとなく母さんに似ている気がした。


「ふん、そうだな……僕とお前で皆殺しだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る