第144話 代々木訓練施設・テラスの攻防・4

 斜めに切られた右腕と頭が空中に飛んだ。胴体の部分がよろめく。

 アリのそれぞれの傷口からスライムのように白い粘液が噴き出した。

 粘液が切り離された体を接合しようとする。アリの目がこっちを見るのが分かった。


 この程度じゃこいつらは死なない。

 でもそれはもう見た。


「一刀、破矢風!青楔!」


 両断された上半身を風が繭のように包み込む。

 風に包まれたまま上半身が吹き飛んだ。体をつないでいた粘液が伸びてちぎれ飛ぶ。

 粘液がちぎれた下半身が糸が切れた人形のようにばたりと倒れた

   

 遠くに吹っ飛んだ上半身が壁にぶち当たって転がる。

 上半身が腕だけで起きてこっちを見た……まだ死んでないらしい。

 白い粘液が繋がる体の部分を探すように蠢いたけど、すぐに動かなくなった。


『こんな……』

「どうやって再生するか分かってれば対策はできる。生憎と僕等は馬鹿じゃない」


 こいつらは切っても刺しても簡単には死なないけど、不死身ってわけじゃない。

 魔法で焼き尽くさなくても、首とか胴を完全に切り離せばさすがに再生は出来ない。

 二度も戦えばそのくらいは分かる。


「得意の不意打ちができないとこの程度か、口ほどにもないね」


 そう言うと、アリの上半身が力を失ったように倒れた。ボロボロと体が崩れていく。

 死んだか。

 横で柚野さんが安心したように息を吐いて構えを解いた。

 

「やりましたね、先輩!正義は勝つ!です!」


 柚野さんが元気いっぱいって感じで言う。


「5位ってこんなに強いんだな……あれを一撃かよ」

「いや、良い物を見せてもらった。大したもんだ」


 真坂門さんと五十嵐さんが言ってくれる。

 とはいえ、こいつは結構弱かった。

 というか同じ知性をもつタイプでも差はあるらしい。あのアラクネやアルラウネと比べればかなり格下って感じだな。


 それに、兎にも角にもデカくないっていうだけでありがたい。

 デカいと近づくのも難儀するけど、こいつくらいのサイズなら急所に刀が届く。


「どうですか?先輩。私のこの剣」


「そういえば……それ、どういう能力なの?」

「レイピアで刺した場所に呪いみたいなのを掛けれるんです。腐るとか痛いとか重いとか動かせなくなるとか。頭だったら見えなくなるとかもできますよ」


 凄いでしょ、と言いたげに柚野さんが言う。

 面白い能力だな。状態異常デバフを付ける武器って感じなんだろうか。

 浅くても当ててしまえばいいというなら便利だな


「面白いというか……凄い武器だね、うん」

「ですよね、じゃあ弟子にしてください!」


 柚野さんが言うけど……それはそれで別の話だと思う。



 リーダー格のアリを倒したけど、まだテラスにはアリの魔獣がいる。親玉が死んだら残りも死んでくれるとありがたいんだけど。

 周りの靄の向こうから硬い足音が聞こえてきた。アリの者らしき影も見える。


「誰かいますか!」


 声をかけてみるけど……返事はない。

 

「多分南側にはもう誰もいないぜ。結構しっかり見てきた」


 五十嵐さんが言って真坂門さんが頷く。

 北側にも人の気配は無かった。足元にはあの子のお父さんとお母さんらしき人の体が転がっている。


 真坂門さんの煙越しに泣き声が聞こえた。

 連れて行ってあげたいけど……背中の切り傷と胸の刺し傷が見えた。 

 多分二人とももう亡くなっている。

 あのアリを切り殺して少し溜飲は下がったけど……この人たちが生き返るわけじゃない。


「引き上げましょう。1階でみんなと合流を……」


 言いかけたところで、ポケットの中のスマホが震えた。

 真坂門さんもポケットを押さえる。同時に甲高い警告音が響いた。


[警告!警告!きわめて強力な個体の接近を確認しました]


 またか……一息つく間もないな。

 

「なんだよ、まだなんか出るのか?勘弁してくれ」

「私達なら大丈夫ですよ。ね、先輩!」


[7位以下の交戦を禁止します。速やかに退避してください。6位以上の魔討士も自衛を優先し……]


「今みたいに……」


 そこまで言って柚野さんが黙った。  

 テラスの奥から重たげな足音が響いてくる。

 渦巻くような靄の向こうから何か巨大なものがはい出すように現れた



 靄が晴れてその大きさが分かった。さっきのとはサイズが桁違いだ。

 僕の家の二階の屋根くらい背が高い。ていうか、此処まで行くと魔獣と言うより怪獣だ。

 建物が軋むような音を立てる


 下半身はアリのようだけど、長い六本の足がはえた胴の部分が大きく膨らんでいて黒い外皮からぶよぶよした白い塊が見えている。

 上半身の頭に当たる部分が人間の女のような姿になっていた。アリの顎のようなものがそれを守るように左右に張り出している。

 

 なんというか、女王アリって感じだ。

 こいつがダンジョンマスターなのか?



 知恵を持つ蟲、しかもデカい奴か。できれば会いたくなかった。

 女王アリの後ろからぞろぞろとアリがはい出してきた。


「みんな下がってください。真坂門さん、五十嵐さん、柚野さん、その人たちを下に連れて行って」


「先輩!私も戦います!」

「ダメだ」


 強く言い返すと、柚野さんが不満げに頬を膨らませた。

 このレイピアの能力は便利だけど、あのデカいの相手だと間合い的にきつすぎる。


「下にいって魔法使いを呼んできて。できれば檜村さんがいい。檜村さんを探して」

「でも!一人じゃ無理ですよ!」


「防御に徹すればしばらくは持つ。早く!」


 雰囲気的にはあの仙台のアルラウネに近い感じだけどはるかに大きい。

 再生能力も高いだろう。あれを倒すためにはある程度の火力が必要だ。僕だけで仕留めるのは厳しい。


 それに、こいつに戦えない人が居るところにまで押し込まれたらそっちの方が不利になる。こいつらはそれを狙ってるだろうし。

 なら、ここで食い止める。


「あと、こいつらの戦い方を伝えてください……とにかく背中に気を付けて」


 目の前で誰かが襲われていたらやっぱりとっさに庇ってしまう。

 戦闘力が無い人を守ろうとするのを分かっていて、それを利用している。


 この訓練施設は魔討士も多いけど、一般人も多い。そう言う意味ではある意味戦いにくい場所だ。

 こいつら、意図的にここに門を開けてきたんだろうか。


「分かった」

「すぐに連れてくる、待っててくれ」

「先輩……ご無事で」


 真坂門さん達が階段に向かって走っていく。

 背中を見届けて女王アリの方に向き直った。


『なぜ一人で残るのです?

弱きものは囮にすればいいでしょうに。自分の死をまねくとは思わないのですか?』


 女王アリが言葉を発する。重くねばりつくような印象の耳障りな音だ。


『勧告します。我々の求めに応じ餌を差し出しなさい。肉が柔らかい女か子供でないといけませんよ。

それと我々の巣をこれ以上壊すことは禁じます。いいですね』

「寝言は巣穴に戻って寝ながら言え」


 シューフェンじゃないけど、そんなこと聞けるわけあるか。

 女王アリの体がうごめく。巨体だけど頷くようなしぐさをしたのは何となく分かった。


『少し賢くなりなさい。

あの獣共も同じことをいいました。そして死人の山を作ることになったのです。餌を差し出す方が死人は少なくて済みます』

「お前らの巣穴が出来たら、その都度殺虫剤を流しこんでやるよ」


『まあ聞かないなら構いません。ここであなた達の戦士を根絶やしにして、その後にゆっくりと餌を喰らえば言いだけです』


 アリが周りを取り囲むように動く。

 こいつらはさほど強いわけじゃない。ただ数が多いのはそれだけで面倒だけど。


 テラスの隅に下がった。此処なら最悪でも後ろは取られない。

 2階建てで結構高いけど、万が一の時は此処から飛び降りて風でブレーキをかければ逃げ切れる。


 こいつらの攻撃は厄介だけど、爪で斬るとか、酸とか毒とかの液体とか、花粉とかを飛ばす物理攻撃がほとんどだ。

 魔法や新宿ダンジョンで出てくるようなキューブとかのレーザーと違って風でほとんどは止められる。


 上位帯の魔法使いが来てくれればこいつにも対抗できる。

 深呼吸して鎮定を強く握る。


「かかってこい!相手になってやる!」

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