第145話 代々木訓練施設・テラスの攻防・5
女王アリとの距離は20メートルほど。
兵隊アリの壁の向こうにいるけど、動く気配を見せない。ただ、遠めに見ても威圧感のある巨体だ。
今までのやつは毒液を吐いたり、花粉を飛ばしたりしてきたけど、こいつはどういう能力を持っているんだろうか。
「一刀!破矢風!」
鎮定をまっすぐに振り下ろす。風の斬撃がギリギリで届いた。
風が女王アリの巨体を切り裂く。流石に距離があってもあれだけ的が大きければあたるな。
でも、予想通りと言うべきか白い粘液があっという間に傷を塞いでしまった。
やっぱり僕の風で倒すのは難しそうだ……援軍が来るまで粘る方がいいか。
アリが包囲網を縮めるように距離を詰めてくる。
こいつらは一太刀浴びせれば死ぬ程度の強さでしかない。ただ、数が多いのはそれだけで面倒だ。
それと、誰かが言ってたけど、蟲系の魔獣は強いとかいう以前に見た目におぞましさというか圧迫感がある。
群れになるとおぞましさ倍増だな。
アリが威嚇するように顎をカチカチと鳴らす。
鎮定を構え直して周囲を伺った時、最前列にいたアリが突然地面に潰れるように倒れた。
◆
何が起きたのかと思ったけど、銀の光が空から雨のように降り注いできた。
銀色の光に貫かれたアリがバタバタと倒れてライフコアに変わっていく。
ぞろぞろと後ろから現れるアリの群れにも銀の光が次々と突き刺さった。
ひしめき合っていたアリの群れがあっという間に半分近くいなくなる。
なにかと思ったけど……アリを貫いた銀の光が巻き戻されるように空中に戻っていった。
「誰がいるのかと思ったら……お前か、片岡」
頭上から声が降ってくる。
「まったく……何をグズグズしてるんだ、バカ」
赤い空を背景に銀の柱がそびえたっていて、その上に立った七奈瀬君が僕を見下ろしていた。
◆
銀色の柱が曲がってそのまま七奈瀬君がテラスに降りた。
銀の糸を束ねたのを足場にしていたらしい。柱を形成していた糸が解けて、前と同じように銀の糸の塊が左右に浮かぶ。
「絵麻が来てるっていうから助けに来てやったんだ。
外も大変なことになってるんだぞ。こんなうすらでかいだけのキモいのはさっさと殺して、退路を開く手伝いをしろ」
『ほう、小さいのは残念ですが、美味そうな子供ですね。肉も柔らかそうだし魔力も強いとはすばらしい』
「へえ、この蟲、言葉が分かるんだ。結構賢いんだね、脳みそ小さそうなのに」
大袈裟に驚いたっていうような仕草で首を振って七奈瀬君が言う。
「で。なに、僕を食べるって?
お前はカブトムシ用の蜜でも舐めてなよ。ペットショップで買ってきてあげようか?おい、僕の言ってる意味わかるか、虫けら?」
煽るように七奈瀬君が言う。
通じているのかいないのか、女王アリは特に反応を見せない。
「でも気が変わった。面倒だから殺すね」
七奈瀬君が言って、銀の糸の塊が解けた。弾幕のように糸が女王アリに向かって降り注ぐ。
何百本もの糸が女王アリの全身を刺し貫いた。叫び声が上がって白い体液が飛び散る。
銀の糸が戻ってきて球体の形に戻ったと思ったら、また銀の糸が女王アリに向かって飛ぶ。
立て続けに何度も攻撃を浴びせかけていると、巨体が鈍い音を立てて倒れた。
粘液の生ごみのような嫌なにおいが漂う。銀の糸が球の形に戻った。
「まったく……こんなもんにてこずるなよ。お前、5位なんだろ?」
七奈瀬君がいつも通り小生意気な感じで言う。
とはいえ、流石に丙類2位は伊達じゃないな。
「さあ、片岡。さっさと……」
『この程度ですか?』
赤い靄の向こうからあいつの声がした。
◆
倒れていた巨体がまた立ち上がった。
「死んでないだと?」
七奈瀬君が本当に驚いたように言う。
デカい胴体の部分や外殻に空いた穴が見る見るうちに埋まっていった。
胴体だけじゃなく急所の人間部分にも何百発も穴をあけられているのに。今まで戦った奴より再生能力が圧倒的に高い。
女王アリの腕から白い粘液が噴き出した。粘液の塊を纏った腕が左右から振られる。
壁のような巨大な粘液の塊がテラスの床やアリの群れを薙ぎ倒しながら迫ってきた。
いくらなんでもデカすぎる。避けきれない。
「一刀!薪風!白繭」
「クソ野郎!」
鎮定で受けの姿勢を取って風で体を覆う。視界の端に七奈瀬君の体を銀の糸が包んだのが見えた。
一瞬遅れて視界を埋める白い粘液の塊がぶつかってきた。体が後ろに吹き飛んで、今度は背中から殴られるような衝撃が来る。
風でガードしたけど、それでも体のあちこちが痛む。でも痛いとか言ってる場合じゃない。
急いで立ち上がる。テラスの端まで吹き飛ばされた。女王アリの姿がずいぶん遠くに見える。
七瀬くんの姿が無い。テラスの床にクレーターのようなくぼみが出来て、穴が空いているのが見えた。下の階に突き落とされたのか。
安否を確かめたいけど……それをしている余裕はなさそうだ。女王アリがこっちをみた。
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