第137話 聖堂騎士の男・中
「いくぞ!」
セスティアンの両手剣が振り下ろされた。こっちもまっすぐ踏み込んで上段から刀を振り下ろす。
刀と剣が噛み合って強烈な衝撃が来た。後ろの足に力を込めて踏ん張る。
暫く刃を合わせて競り合うと、セスティアンが下がった。
「やるようだ」
今のは全力で打ち込んだんだけど、それでも押し切れなかった。
打ち込みのパワーだけなら師匠並みだ。
もう一度振り下ろされた剣を横から弾く。
踏み込もうかと思ったけど、弾いた剣を何事も無いかのように引き戻して振ってきた。
間一髪足を止めた目の前を剣の切っ先が通り過ぎる。
斎会君の槍のように遠心力を活かした動きじゃない。
純粋な筋力であの重い剣を振り回せるとは……体の強さが半端じゃないな。
何合か打ち合ったところで、セスティアンが後ろに下がって剣を構え直した。
こっちも刀を握りなおしてしびれた手の感覚を戻す。
「恐れずに前に出てくるか……なるほど、先ほどまでの臆病者共とは違うようだな」
セスティアンが言う
この剣の威力と威圧感だと、普通なら下がってしまうだろう。
でも下がればこいつはそのまま前に押し込んできて、そうなれば力で押し潰される。
ガタイの良さを生かしたパワーで押し切る戦術か。
刀を正眼に構えて間合いを図る。周りには沢山の人がいるけど誰も声を上げない。
セスティアンは、こっちの動きを待つように、八相のように剣を高く構えたまま動かない。
迂闊に踏み込めばあの一撃が飛んでくる。
間合いに入った相手に速く重い斬撃を撃ち込む、というのはばかばかしいほど単純な戦術だけど厄介だ。
でも、あの重さと剣の長さなら懐に飛び込めば小回りは効かないはず。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
活路はいつだって前にある。一太刀目を躱して懐に飛び込む。
「行くぞ!」
一歩踏み込んだところでセスティアンが気合の声を上げて剣を振り落としてきた。
横から剣を弾くように突きを繰り出す。剣と刀がぶつかり合って鈍い音が響いた。
思わず刀を落としそうになるほどの衝撃が来るけど辛うじてこらえた。
突きはあくまで牽制。一歩分近くまで踏み込めた。
手が痺れたなんて言ってられない。刀を強く握って左右から切り込む。
でも、振りぬいた刀が剣と左右の腕の防具に受け止められた。
普通なら腕を打てば小手を打って有効打の判定になるんだけど、あのプロテクター付きだとダメか。
反応が早いし守りが硬い。力任せに振り回すだけの剣じゃない。
もう一歩踏み込んだところで、セスティアンが構えを変えた。半身の姿勢で剣の中間を握るように構える。
たしかハーフソードとかいう構えだ。訓練施設で誰かがやってるのを見たことがある。
短い槍のように動く長剣と刀がぶつかり合う。
剣の切っ先が下を向いた。足狙いか。足を引いた瞬間に剣の切っ先が畳を突く。
「遅いぞ!」
セスティアンが剣を立てたまま踏み込んでくる。刀と剣が噛み合った。
がっしりした体格で上から押しつぶすように圧力をかけてくる。特殊素材の刀が軋んで歪む。
単純な力比べは不利だ。刃をずらして力を逃がす。
「逃がさん!」
セスティアンが強引に前に踏み込んできた。
肩からタックルを受けた。岩のように重い体がぶつかってきて、後ろに飛ばされる。
追撃が来る。
「
揺れる視界の向こうで、セスティアンが刃の方を握って柄の方を振り下ろしてくるのが見えた。
とっさに刀で受け止める。刃の方より重い衝撃が来て、十字架のような鍔が頭と肩にぶつかって痛みが走る。衝撃で目がちかちかした。
引き戻し際に剣の鍔の部分が刀に絡むように動く。刀を弾く気か。
本能的に体が動いた。刀の握りを緩めて鍔を受け流す。
当てが外れたのかセスティアンの姿勢が崩れる。大剣を構え直そうとするけど、遅い。
狙うは足首。体を反転させて踏み込みざまに刀で下段を薙ぎ払った。
◆
狙い通り刀が足首を捉えた。鈍い音と手ごたえが刀から伝わってきて、周りから大きな歓声が上がる。
セスティアンがわずかに表情を歪めて後ろに飛びのいた。
大きく距離が開いたところでセスティアンが大剣を構えなおす。
妙にデカい鍔だと思ったけど……刃の先を持ってハンマーみたいに振り下ろしてきた。
あんな使い方があるのか。
……破矢風が使えれば、今は距離を取ったところで追撃が出来る絶好の状況なんだけど。
とはいえこいつも能力を使えないことには変わりない。
「そこまでだ!」
こっちも息を整えて刀を上段に構えなおしたところで、師匠の声が掛かった。
◆
「今ので終わりだ……食らったお前なら分かるだろ?」
師匠がセスティアンに声をかける。
「これが真剣なら足首が飛んでる。たとえ鎧を着ていてもな」
セスティアンが気にするように何度か足踏みした。
師匠が言って僕の方を見る。
「片岡、狙ったんだろ?」
「まあ一応」
胴を狙ったらあの手甲で防がれたかもしれない。
それに足首を斬れば実戦ならそこで戦闘不能だ。とっさの判断だったけど、上手く狙い撃ちできた。
「殺撃を躱すのみならず……あの状況から足を狙ったというのか」
セスティアンがフィッツロイの方をちらりと見る。
わずかな間をおいて、渋々って感じでセスティアンが下ろした。周りから拍手と歓声が上がる。
息を吐くと、張りつめた感じが体から抜けて行った。
どうにか勝てたか。
「お前も大した腕だったぞ。力任せなだけかと思ったが違うようだな」
師匠がセスティアンに言う。
距離を開ければ大剣を振り回してきて圧力をかけてくる。懐に飛び込んでも防御が硬い。
初めは体格に頼った力押し一辺倒かと思ったけどそうじゃない。技もある。
そして、あれは多分長い地道な稽古で身に着けた技だ。
太刀筋は小細工なしの真っ向勝負って感じの気持ちいいい戦い方だ。
正直言って偉そうなだけかと思ったけど……そうじゃないな。
それに、刀では勝てたけど……セスティアンはパトリスによれば確か甲の3位くらいってことらしい。
甲と言うことは遠近両方を兼ね備えた万能型のはずだ。
甲には漆師葉さんのような武器使いもいるけど、伊勢田さんのように武器を全く必要としない能力もある。
セスティアンもそうかもしれないわけで、乙類の僕が武器戦闘では勝てないと不味いよな
しかし、どういう能力を持っているんだろうか。
試合直後の緩くざわついた雰囲気の中で、セスティアンは硬い表情のまま立ちすくんでいる。
握手でもしようかと思った所で、フィッツロイが畳の上に上がってきた。そのままセスティアンにまっすぐ歩み寄る。
何をする気かと思ったけど。
さっきカタリーナを叩いたのと同じ、鞭のような細い棒でフィッツロイがセスティアンの肩を打った。
◆
硬い音が妙に甲高く響いた。周りが静まり返る。
「何をしている、グランヴェルウッド。この程度の下賤なものを叩き潰すどころか後れを取るとは。やる気はあるのか?」
嫌味な口調でフィッツロイが言って、もう一度棒でセスティアンの肩を撃つ。
「忘れたのか?無様な戦いをすれば君の父君の評価にもかかわるのだぞ?」
「申し訳ありません……フィッツロイ卿」
セスティアンが感情を交えない口調で答えてフィッツロイに頭を下げた。
下賤なものって……つくづく失礼な奴だな。それにさっきの戦いを無様とか言われたくないぞ。
何なんだこいつは。
「剣しか能がないのに敗れるとは……まったく我ら聖堂騎士の恥さらしだ」
周りがざわついてまた険悪な雰囲気になる。
その雰囲気に気付いていないかのように、フィッツロイがもう一度セスティアンの肩を打った。
「カタリーナ、パトリス。あとはお前らに任す」
同じように偉そうな命令口調でフィッツロイが言って畳から降りる。
セスティアンがフィッツロイに従うようについて道場を出て行った。
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