第136話 聖堂騎士の男・上

 トゥリイさんの夜の訓練の手伝いをした日の午前中。

 ゆっくり寝ているつもりだったけど突然スマホの呼び出し音が鳴った。目覚ましは切ったはずだから、メール着信だ。

 無視していたけど、何度もコール音が鳴る。


 画面を見ると師匠からだった。時間は10時半……ちょっと寝すぎたかな。

 メールの内容は、今すぐ代々木まで来い、だった

 ……嫌な予感しかしないぞ。



「やあ、片岡くん」


 代々木の訓練施設に行ったら、パトリスが出迎えてくれた。

 普段は冷静な顔に疲れたというか、硬い感じの表情が浮かんでいる。

 周りからもなにかパトリスを見てひそひそとささやく声が聞こえるけど聞き取れない……ただ、あまりいい雰囲気ではないな。


「どうしたの?」

「すまない。迷惑をかける」


 パトリスが答えずに頭を下げる。

 ……何のことを謝ってるのか分からないけど、嫌な予感はひしひしとする。

 

「今日は案内のはずだったんだよ……編入前に施設を見たいと言われてね」


 そう言ってパトリスがまた頭を下げた。

 普段は快活と言うかはっきりした口調で話すパトリスだけど、今日は何とも歯切れが悪い。


 無言で先導してくれるパトリスについて、一般のトレーニングエリアを抜けて魔討士の専用スペースに行く。

 道場の方に人だかりができていた。


「信じがたいな。ここは騎士の訓練施設だろう。なぜ一般人が出入りしている?」



 人だかりの向こうからわざとらしい感じの声が聞こえた。


「それともここにいるここにいる連中は素人なのか?こんな弱くて戦うことができるのかね?ん?」

「フィッツロイ卿、お止めください」

 

 人垣をかき分けて見てみると、カタリーナと見たことのない外国人っぽい二人の姿が見えた。


 一人はちょっと太めの男だ。

 パトリスやカタリーナもそうだけど、どうも外人さんは年齢が分かりにくいんだけど、40歳過ぎってところだろうか。

 赤ら顔にウェーブが掛かった金色の髪を後ろになでつけている。


 映画とかで見るような古風なデザインの背広のようなものを着ている。太めの首にスカーフが苦しそうな感じだ。

 背広にはあちこちに金のボタンや飾り紐みたいなのが取り付けられていて、偉そうな雰囲気が漂っている。


 もう一人は僕と同じ年くらいだろうか。

 がっしりした体格と190センチを超える長身。

 金色の癖のある逆立つような髪がなんとなくライオンを思わせる。


 俳優のように彫の深い整った顔だけど、周りを威圧すると言うか見下したような雰囲気で、冷徹な感じを漂わせている。

 黒一色のタイトな服はトレーニング用っぽい。


「カタリーナ、立場をわきまえていないようだな。世俗騎士のお前が私に指図する気か?」

「失礼しました……フィッツロイ卿サー・フィッツロイ


 そいつが言うと、カタリーナが沈黙して跪く。

 そのオッサンが細い棒のようなものでカタリーナの肩を叩いた。


「民のために戦う、というのは選ばれしものに許された尊き役目なのだ。弱きものは立ち入るべきではない……そうだな、グランヴェルウッド」


 もう一人が頷いた。


「そこ開けてくれ!」


 声が掛かって人垣が割れる。

 20代なかばって感じの男の人が肩を抑えたまま担架で運ばれていった。畳には長剣が落ちている。試合をやっていたらしい。

 

「マトウシの7位とやらはこの程度か。話にならんぞ。もう少し骨のあるものはいないのかね?」


 フィッツロイとか言われたオッサンが煽るような口調で言って、師匠がこっちを見た。


「ようやく来たな、片岡、遅ぇぞ」


 師匠がそう言って模擬刀を僕の方に放り投げて来た。


「このデカブツは高校生だそうだ。日本の高校生の代表としてこの偉そうな貴族様を英国に送り返してさし上げろ、丁重にな」


 師匠が怒り心頭って感じで言う。

 何があったのかと思って来たけど……来た早々これか。


「俺がぶちのめてしてやってもいいんだが……俺がやっても意味がない」


 後ろの太めの男が若い方に何かささやいた。

 若い方が礼儀正しく頭を下げて僕の方を向きなおる。


「お前がパトリスの報告にあった風使いとやらか。私はセスティアン・ヘンリー・グランヴェルウッド」

「片岡水輝」


 こいつがパトリス達が言っていた、甲の3位並みっていう聖堂騎士テンプルナイトだろうか。

 上背の大きさも相まって全然高校生に見えないぞ。多少はイントネーションにクセがあるけど日本語は完璧に近い。


「階層は5位、高校生では最強に近いと聞いている……その力を見せてもらう」

「今までの連中と違って彼は少しは歯ごたえがあるのだろうな?

魔討士協会が斯様に惰弱な組織であるなら、我ら聖堂騎士団テンプルナイツが同盟を組む相手にはふさわしくないと判断せざるを得ない」


 フィッツロイとかいうオッサンが偉そうな口調で言う。

 芝居がかった口調と妙に甲高い声、それと微妙にイントネーションがおかしい日本語がなんとも気に障るな。

 

「じゃあこいつが僕にボコられたら、あんたらは同盟を組むほどの相手じゃないってことだね」


 答えるとフィッツロイが不快そうに顔をひきつらせた。

 周りから小さく拍手が起きる。セスティアンは特に表情を変えずに、落ち着いた感じで僕を見ている。


 呼び出されて面倒だなって気分だったけど……魔討士を馬鹿にされるのはやっぱり腹が立つ。

 それに……フィッツロイの横で跪いたままのカタリーナの姿を見る。あんな風にさせるのも気に入らない。

 


 いつも通り稽古着の袴に着替えて道場に戻る。

 畳の周りはギャラリーに囲まれていて、畳の真ん中では既にセスティアンが大剣を携えて待っていた。


「頼みます……片岡さん」

「仇をとってください」


 そのうちの何人かが声を掛けてくる。

 どうやらあの運ばれていった人以外にも怪我人が出ているらしい。頷いて返して畳の上に上がる。


 改めてセスティアンを観察した。

 刃を交える前から戦いは始まっている、とは師匠の弁だけど。実際に見た目から得られる情報は多い。


 両手持ちの大剣は三田ケ谷のと同じ感じだけど、1メートルは軽く超えていて刃は分厚く柄も長い。あれを振り回せるんだろうか。

 十字架のように大きく張り出した鍔が目立つな。


 黒いトレーニングウェアっぽいのに、左右の腕全体をプロテクターのようなもので覆っていた。

 ゲームとかの西洋甲冑のようだ。


 フィッツロイが僕の方を見てセスティアンに何か言う。セスティアンが表情を変えないままに頷いた。

 フィッツロイが僕の方を見て薄笑いを浮かべて畳の外に下がる。


 フィッツロイとセスティアン。どっちも、偉そうと言う点ではあまり変わらないんだけど。

 鍛えた感じがないただ偉そうなだけのフィッツロイとは違ってセスティアンは体格以上に強い人が纏う雰囲気がある。

 風鞍さんとかのような感じだ。

 

「準備はいいか?カタオカ」


 セスティアンが剣を一振りして言った。


「……やりすぎじゃないのか?」


 多分さっきの人は骨くらいは折れてそうだ。あの人の前にも何人かやられたらしい。

 模擬刀は結構重いし鎖骨とかに当たれば骨折したりする。

 訓練だって真剣勝負だ。でも実力が上位の方が怪我をさせないようにするのは暗黙のルールだ。

 

「弱い者は戦場に入る資格はない、怪我するのが嫌ならば最初から来るべきではない」


 セスティアンが淡々とした感情を交えない口調で言う。確かにまあ正論かもしれないけど……腹立つ言い草だな。

 刀を握って手を柄になじませる。


「片岡!下がるなよ!手ごわいぞ」


 師匠が声をかけてくれる。

 それは見ればわかる。カタリーナも偉そうで腹が立つけど強い、と言ってたな。

 見上げるような身長差にがっしりした体格はちょっとした魔獣並みに威圧感がある。


 正面から戦うとどう考えても押し負けるだろうけど。

 ……でも、斎江君との戦いを思い出すと、前に押してくる相手に力で負けるからといって下がると不利になる。


 少し体重を前にかけて刀を上段に構える。

 セスティアンが八相のように長い大剣を高く構えた。

 

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