第135話 八王子ダンジョンで腕試し・下

 声が出そうになったけどトゥリィさんが目にも止まらない速さで伏せて躱した。

 横薙ぎされた一刀斎が空中で軌道を変えて、地を這うような切り返しの斬撃が振られる。


 切られた、と思ったけど、トゥリィさんが間一髪で飛び上がった。

 宙返りをしたトゥリィさんの手から何かが伸びて、硬いものがぶつかり合う音がする。

 宗片さんが飛び退いた。


 トゥリィさんが低く伏せるような姿勢で宗片さんと対峙する。

 トゥリィさんの手には腰に巻いた飾り紐が握られていた。あれを鞭のように振ったらしい。


 宗片さんが降参するように両手を上げて、握られていた一刀斎が消えた。

 トゥリイさんが安心したように息を吐いて立ち上がる。


「戯れが過ぎます、ムナカタ様……危ないではありませんか」

「いや、そのつもりで斬ったんだけどね」


 相変わらず物騒なことを宗片さんが言う。


「やっぱり君……魔法使いより戦士の方がいいと思うんだよね。

足運びとか見てても身体能力高そうだしさ。多分君の国でも僕の初太刀を避けれる奴はあんまりいないと思うよ」


 宗方さんが言う。


「いまからでも武器の訓練してみない?強くなれるよ、きっと」

「いえ………これはあくまで護身用の技です。このくらいは誰でもできますから」


 トゥリィさんが飾り紐を腰に巻きなおしながら言う。宗方さんが呆れたように肩をすくめて僕を見た。

 今の動きの速さは僕らの基準だととんでもない身のこなしだけど、シューフェンたちと比べると普通なのかもしれない。

 

「それに、私の家は代々道術で身を立てて参りました。私の代でその伝統を絶えさせるわけには参りません……つまらない拘りかもしれませんが」

「ふーん、堅苦しいなぁ……でも魔法使いの身体能力が高いのは悪いことじゃないし、いいのかな」


 宗方さんが言う。

 まあ確かに、魔法使いが身体能力が高いことは悪いことじゃない。


 あの反射神経なら攻撃を避けながら詠唱とかもできるかもしれない。

 檜村さんが羨ましそうにトゥリィの方を見ている。あんなことをできる魔法使いは日本にはいないだろうな。


「いずれにしてもね、君は能力あるっぽいし……」

「本当でしょうか?」


「グダグダとネガティブなこと言ってないほうがいいよぉ。マイナス思考でいるとせっかくの技も鈍るからね」

「まあそれはそうかも」

「そうだぞ、君の魔法というか道術も決して弱くなはい」


 檜村さんと宗片さんが言う。


「本当ですか?あの……本当にそう思われますか?」


 疑わしそうな、嬉しそうな顔でトゥリィが言って、檜村さんが頷いた。


 自身を持つのは結構大事だと思う。技を使いこなすのは本人だ。

 自分の技に疑いを持っていたら戦えない。


 ネガティブに考えてるよりは、楽観的に自分の実力を過大評価してる方がいい。

 勘違いであっても自分は上手くできると信じる方がいいんだぜ、とは師匠の弁だ。

 トゥリイさんが嬉しそうにはにかんだ。


「そんな風に言っていただいたの初めてで……嬉しいです」



「あの……ひとつお願いがあるのですが」


 9階層から8階層への階段を上っているところでトゥリイさんが話しかけてきた。


「なんでしょう」

「あの……どなたか旦那様を紹介していただくことはできませんか?」


 ……旦那様とはいったい何のことを言っているのか、と思ったけど。

 それって結婚相手のことか。

 

「こんな私でも構わないという方で……道術師の方か、カタオカ様のような能力をお持ちの方が嬉しいです」

「僕も誘われたんだけどねぇ……僕は魔法は使えないし、流石に僕が異世界に入っちゃうと不味いでしょ、僕がいないと日本が大変なことになる」


 宗片さんがわざとらしい仕草で肩を竦めながら言う、

 

「なんでもマトウシという兵団組織はたくさんの道術師が居られるとのこと。私とともにソルヴェリアにお越し下さるかたは居られないでしょうか」

「言っておくが……トゥリィ。片岡君はダメだぞ」


 檜村さんが僕の手を取って引き寄せながら言う。


「もちろんです、老子せんせい。勿論わかっています。

それに、名高き大風老子ダイフォンラオシィ様となんて、私では釣り合いません。それに先生の旦那様をとるなんて……」


 慌てたようにトゥリイさんが首を振った。檜村さんの手に力がこもる。横を見ると檜村さんが恥ずかしそうに顔を伏せていた。

 冷やかすように宗片さんが僕を見てニヤニヤ笑いを浮かべる。


「いや……あの、まだ旦那様とかではなくてだね……」

「え?でも……シューフェン様からは……」


 トゥリイさんがなんか余計なことを言いそうだったので目で制しておく。

 トゥリイさんが察したように言葉を切った。


「でも、あの……旦那様のことについては本気です。

せっかくですから、あの、修行が終わった暁には旦那様と一緒に戻れればと思います」

「いや……それは自国の方との方がいいのでは?」


「……ソルヴェリアの殿方はなんと言いましょうか、あの、皆様少し勇ましすぎて……旦那様はもう少し穏やかな方がいいな、と。こちらの方は紳士的な方が多いように思いますし」


 トゥリイさんが口ごもりつつ言う。

 ……シューフェンとグイユウくらいしかまともに話してないけど、まあそうかもしれない。

 トゥリイさんは可愛い感じだけど……この子と結婚して異世界に行くとなるとなかなかハードルは高そうだ


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