第134話 八王子ダンジョンで腕試し・上

「あの……本当に大丈夫でしょうか?」


 トゥリイさんが不安そうな口調で僕等を見る。

 ここは八王子ダンジョンの13階だ。そして目の前には小型の竜……リンドヴルムというらしいけど……がいる。


 トラックのような巨体と暗い緑色の鱗。赤く光る目と恐竜のような顔。

 威嚇するように鋭い牙をむき出しにしていて、牙の間から粘液がこぼれている。


 ドラゴンと相対するのは本当におっかない、とは風倉さんの弁だけど、実際にそうなるとやっぱり恐ろしい。

 ただ大きいというだけで強烈な威圧感がある。


「安心しなってぇ、何かあっても大丈夫。この僕がついているんだからね、日本ひのもと無双のこの僕が」


 僕等の後ろから宗片さんのお気楽な声が聞こえてくる。 


「片岡君、君が切り殺しちゃだめだからね」


 宗片さんが声をかけてくるけど、これを僕が切れるのかと言われると無理だと思う。


「さあ、トゥリィ、まずは君の力を見せてくれ」 


 檜村さんが言ってトゥリィさんが恐る恐るって感じで前に出た。

 リンドブルムが咆哮を上げてトゥリイさんが身を竦める。助けを求めるように檜村さんを見て、檜村さんが首を振った。


 今日はトゥリイさんと僕と檜村さん、それに宗片さんと八王子ダンジョンの13階に来ている。

 普段は夜にダンジョンに入る人は居ないので周りにいるのは僕等だけだ。


 魔法使いの能力をするにしても訓練するにしても、実戦が一番ということで八王子ダンジョンに来た。

 さすがに野良ダンジョンが出るまで中華風衣裳のウサミミ獣人を街中を連れまわすわけにはいかない。

 

 八王子、新宿、奥多摩の定着したダンジョンはどこも魔討士協会が管理しているから、こっそり腕試しするにはちょうどいい。

 宗方さんは万が一の護衛と言う事でついてきてくれたというか、強引についてきたというか。


 まだ八王子ダンジョンの13階層は未探索の部分も多いし、ヤバい状態になってトゥリイさんが怪我をしてはいけない、ということで万が一の時の護衛役ということらしい。

 ダンジョンの向こうに別の世界があって獣人がいる、なんてことを知っている人はごく少数で宗片さんはその数少ない一人だ……護衛としては適切なのかもしれない。

 しかし、相変わらずマイペースな人だな。

 

「一刀、破矢風!蒼楔!」


 風が逆巻いてリンドブルムが後退する。ドラゴンではあるけど炎は吐かないらしいからこの距離なら大丈夫だろう。

 トゥリィさんが恐る恐るって感じで前に出て詠唱しようとして口ごもる……なんとも不安になる仕草だ。


「大丈夫だ、トゥリィ。君は強い。信じるんだ」


 檜村さんが応援するように声を掛けて、トゥリイさんが頷いた。

 軽くステップを踏んで印を組む。


「【方位角癸・八卦震四・罰課雷鳴・算命教我……好运来了!!】」

 

 聞きなれない音の言葉で謳うようにトゥリィさんが唱えてリンドブルムを指さした。

 雷撃の魔法のときに感じる、肌をピリピリと刺すような刺激が来る。

 一瞬遅れて空中に漢字のような文様が浮かぶ。青白く光る雷撃がリンドブルムに突き刺さった。



 その後も何度か魔獣と戦って一度11階層に引き上げた。

 10階層から降りてすぐの広間で、ここはほぼ安全だ。すぐ真上には専業魔討士の人が24時間体制で詰めてくれているし。


 トゥリイさんは宗片さんと何か話している。

 彼女は詠唱は檜村さんほど長くはないけど、威力もそこまでではないって感じのようだ。少なくともリンドブルムとかダンジョンマスタークラスを一撃で倒せるほどでない。

 とはいえ、まだ戦いに不慣れな感じだからよくわからないけど。


 それに、同じような詠唱でもかなり威力にバラツキがある。

 これは師匠から何度も言われたことだけど、技は結局使うものの心の有り様が一番大事だ。

 修めた技を使いこなすのは使い手。どんな修行を積んでも平常心でその力を発揮できなければ意味がない。


 勿論剣技もそうだけど、魔法の方がよりその傾向は強い。

 多分まだ使う時ごとに動揺のようなものがあるんだろうな。


 風で敵の動きをある程度止めているとは言っても、全く動けないわけじゃない。

 万が一の時は僕や宗片さんが割って入る、と分かっていても怖い物は怖いだろう。

 その怖さを簡単に克服できれば苦労はない。


「そう言えば……ずいぶん熱心なんですね」


 ペットボトルの水を飲んでいる檜村さんに声を掛ける。

 トゥリィの指導役をやらされることになって最初は少し面倒そうにしていたけど、いざやり始めると案外熱心にフォローしている感じだ。


 頻繁に魔道士協会に通ってアドバイスもしてるみたいだし、今日も土曜とはいえ深夜の実践訓練に付き合っている。

 スマホの時計の表示を見ると、もう12時だ。


「あの子は私なんだよ。君と出会う前の……だから放っておけない」


 檜村さんがトゥリィさんを見ながら言う。

 トゥリィさんはいまは宗方さんと話している。何を話しているんだろうか。


「というと?」

「私は幸運にも君と出会えた。でも彼女や私のような詠唱の長い魔法使いは編成を選ぶからね」


 檜村さんが言う。確かに彼女の詠唱もそれなりに長い。体感的には15秒以上ってところだろうか。

 あれでは前衛がいないと厳しいだろうし、シューフェンのような身体能力があれば詠唱するより切る方が早い、となってしまうかもしれない


「私は4位だが、昔戦ったぶんの功績点が多い。最近の功績じゃないからね。

君と出会わなければ、今頃私は全く戦えず魔討士から手を引いていたかもしれない」


 檜村さんが言う。

 僕と組む前はしばらくパーティがうまく組めなくて苦労していたことは知っている。


「だからあの子の大変さも分かるんだよ。力を発揮できないもどかしさとか、周りに負担をかける気持ちとか」


 そう言って檜村さんが僕を見た。


「すまないね片岡君、君にまで付き合ってもらって」

「いえいえ、別に大丈夫です」


 八王子の深層で戦うのは僕にとってもいい経験になる。

 今日は宗片さんがいるからいいけど、三田ケ谷やルーファさんとだけではリスクが高くて来にくい階層だ。


「ねえ、ところでトゥリィ君、一つ聞いていいかい?」

「はい、なんでしょうか」


 そんな事を話していたら宗方さんとトゥリィさんの話し声が聞こえてきた。

 

「君、魔法なんて使うよりも武器で戦ったほうがいいんじゃないか」


 宗方さんが珍しく真面目な口調でトゥリィさんに聞いている


「と言いますと?」

「そのまんまの意味だよ」


 トゥリィさんが意味がわからないって顔で首を傾げて、宗片さんがやれやれって感じで首を振る。

 宗片さんが後ろに飛ぶような感じでトゥリイさんから距離を取った。


「ちょっと失礼」


 そう言って不意に宗方さんが一刀斎を振り抜いた。


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