第132話 異世界側の道術士
暫くしたら木次谷さんと檜村さんが入ってきた。檜村さんは何やら微妙な顔で僕を見たあとフード姿の人に目をやる。
シューフェンが姿勢を正して檜村さんに頭を下げた
「そういえば、今回は何しに来たんです?」
それを聞き忘れていた気がする。
「そうだ。今回はこいつの訓練を頼みにな。
できれば道士殿、貴方のような技量高き者に受けてもらいたいが、いかがであろうか」
シューフェンが檜村さんに向かって言って後ろに目をやる。
後ろにいた白いフードを被った背の低い人が小さく一礼した。
「この者は我がソルヴェリアの道術使いの家のものだ」
シューフェンが言う。
「さすがに道術無しで蟲共と相対するのは苦しい。とはいえ、我が国には道術を訓練するための技が乏しいのでな。
ここなら道術士も多いようなので、剣術の道場のような設備や師範も多いと思ったのだ」
「……エルマルとかの国に教わればいいのでは?」
エルマルたちの国には魔法使いもいるらしいし。
わざわざ門を開けて日本に来るよりそっちの方が効率良いと思うんだけど
「……あやつらに教えなど請えるか」
シューフェンが顔を逸らして言う。合理的なのか意地っ張りなのかよくわからないな。
とは言っても、何世代も戦い続けていれば、そう簡単にはいかないのかもしれない。
「むしろ道士殿、お前もカタオカと共に我が国に来ぬか?十分な待遇を約束しよう。むろん第一夫人は……」
「ところで、話は通ってるんですか?」
シューフェンがヤバいことを口走りそうだったので、とりあえず強引に話を逸らす。
これ、明確に断っておかないといずれヤバいことになるな。
「ええ、大丈夫です。伺ってますよ」
木次谷さんが言う。
「シューフェンさん、そろそろ打ち合わせの時間です。その件も含めて改めて話し合いを」
「うむ、ではそうしようか」
シューフェンが言って、フードの人の方を向いた。
「この方は優れた道術士殿だ。父君、兄君に恥じぬよう、家名の誇りを持って務めよ」
そういうとフードの人がぎこちない仕草で頭を下げる
「では、しばらくこちらに世話になるので頼むぞ」
シューフェンが魔討士協会の職員の人と一緒に部屋を出て行って、フードの人が残された。
顔とかは見えないけど、所在なさげというか、困った感じは伝わってくる。
こっちにこの人を置いていくのか。
門を開くのも簡単じゃないだろうし、持続時間も短いようだからこうするしかないんだろうけど。
色々と大丈夫なんだろうか。ルーファさんと違ってシューフェンのような獣人は完全に見た目に特徴があるからな。
「すみません、片岡君、それに檜村さん。
お手数をおかけしますが……彼らから得られる情報はかなり貴重なんです。こちらから彼らに直接手を貸せないので……返礼を求められると断りにくくて」
木次谷さんが済まなそうに言う。
「それに、今は蟲達はあいつらと戦っているようです。
こっちとしても彼等が倒されるのは好ましくない。彼らが倒されたら日本に矛先が向きかねませんからね」
木次谷さんが小声で言った。
◆
木次谷さんが出て行って、そのフードの人だけが残された。
「改めてよろしくお願いします。檜村玄絵です」
「お目通り出来て光栄に思います、道士様。それに
その人が小声で言う。声で分かったけど女の子か。
その人、トゥリイさんがフードを脱ぐ。獣耳を隠すような頭巾姿で頭巾をとったら、茶色と銀色の斑の髪から兎耳がぴょんと飛び出してきた。
兎系の獣人らしい。
髪と同じ茶色と銀色の毛が生えた耳だけど、右の耳だけ切られたように半分ほどの長さしかなかった。
視線を避けるように俯きながら、上目遣いでこっちを見ている。
大きめの赤い目と白い肌にほんのり赤い頬が目を引く。太い三つ編みをポニーテールとかのように後ろでまとめている。
童顔のちょっと丸い感じの顔立ちも相まって何となく幼げで気弱そうな雰囲気だ。
女の子だけど、フェンウェイとは違ってシューフェンと同じ男性の衣裳だ。跳ねる兎をモチーフにした紋章が刺繍されていて、腰には太い黒いひもを巻いている。
男性用の衣裳が気弱そうな雰囲気に全然合ってないな。
「その耳は?」
「だいぶ前ですけど……道術なんて役に立たないって言われて……剣術の稽古で切られました」
俯いたままでトゥリィさんが言う……なんか幸薄そうな感じだ。
「失礼ながら、女性が戦うんですか?」
「はい……私の家は兄が流行病で無くなって、弟は蟲と戦って戦死してしまったので……男の世継ぎがいなければ、女が家長として家を継ぎ戦わなくてはいけません」
シューフェンの国、というかソルヴェリアだったっけか。男が戦って女は家を守るって感じの文化かと思ってたけど例外もあるらしい。
家を継ぐために男装してるのか……大変な世界だなと思う。
「なので
「ああ……まあ、そうなんだが」
檜村さんが困ったように言う。
乙類の武器の使い方は訓練施設で練習できる。でも丙類の魔法使いや甲類の遠隔攻撃は練習方法が確立してなくて、個人の感覚に頼る部分が大きいらしい。
これは僕の風もそうなんだけど。
なので魔法に関しては統一的な訓練方法は確立していない。
結局は実戦で戦うのが最善の訓練だったりするのが現実だ。
「しかし……失礼ながら、あまり戦いに向いている感じではない気がするのだが……いいのかい?」
檜村さんが聞くとトゥリイさんが俯いた
「……本当は戦いたくなんてないです」
小声でトゥリイさんが言う……確かにどう見ても戦いに向いてるって感じじゃないな。
「戦うなんて、辛くて怖いことばっかりです。
お婿さんに来ていただいて、私は家でお料理や裁縫をして旦那様をお待ちしていたいんです」
檜村さんもそうだけど、丙類の魔法使いは前衛に守られるのが普通だから、最前線には立たない。
とは言っても魔獣が見える位置にいないといけないことには変わりない。なので、前衛に守られてるから危険を感じない、なんてことはない。
丙類の上位帯にはダンジョンの入り口から使い魔みたいなのを飛ばして戦うという人もいるらしいけど、そういう人は例外だ。
「あの……
「まあ、怖くないわけではないが」
そういって檜村さんが僕を見る。トゥリイさんが察したように頷いた。
「……私みたいな没落した家に来てくれる人なんていませんから……まずは手柄を立てないと。
そして立派になって……やさしくて勇敢な、素敵なお婿さんを貰うんです」
トゥリイさんが言う。
でも、シューフェンの今までの言動を見る感じ、お婿さんが来る来ないは関係なくて、手柄を立てたらむしろ戦いに駆り出されるんじゃないか、という気もするぞ。
檜村さんと顔を合わせると、どうやら僕と同じことを考えているっぽいことが分かった。
とはいえ、ここで言うのもあんまりなので言わないでおこう
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