第131話 奴らの目的は。

 新年が始まって2度目の日曜日。新宿の魔討士協会の本部に呼ばれた。

 檜村さんもちょっと用事があるということらしくて一緒に行くことになった。


「久しぶりだね、片岡君」


 新宿駅で待ち合わせたら、時間通りに檜村さんがやってきた。

 今日は大きめのフードが付いた薄茶色のロングコート姿だ。あちこちに付けられた飾りボタンと大きめのフードが何となく魔法使いっぽい雰囲気を醸し出している。


 新宿はダンジョンが出来た関係で以前ほどの賑わいは無くなってしまった。

 特にダンジョンの入り口に近い南口界隈は魔討士以外はあまり人は近づかない。とはいっても新年早々の日曜日だからそれなりに人出はある。


「なんというか……連絡したかったんだけど、ちょっと……まあ、わかるだろう?」


 檜村さんが小さい声で言って眼鏡を直しながら顔を逸らした。

 気恥ずかしいのはわかるんだけど、そう言う態度を取られると僕まであの時のことを思い出して色々意識してしまうから、普通にしてほしい。

 二人で見つめ合っていると、周りから見られてる気がする。


「じゃあ行きましょう」


 なるべくこっちは平静を装う。 

 しかしこういう時は檜村さんに年上の余裕と言うのを見せてほしい気もする。


 横に並んだ檜村さんが手をわざとらしく触れさせてくる。

 手を握ると、きゅっと檜村さんが握り返してきた。手が冷たい……寒いのに手袋をつけてなかったのかな。



 いつもの新宿の本部についた。

 檜村さんは昇格に関する用事があるらしく事務室に方に行ってしまった。


 檜村さんは今は4位。3位に昇格する時は討伐実績点以外に、協会からの審査があるらしい。その関係らしい。

 普通に実績点を貯めていても5位の壁というのはあるけど、3位以上は審査も入るから完全に別格だ。


 僕の用事は何かと思っていたけど。

 

「久しいな、片岡」


 スタッフの人が案内してくれた広めの会議室には、またもシューフェンがいた。本当に気楽に門を開けてきている気がするな。

 今日は銀色の狼の刺繍が入った立派な衣装を身を包んでいる、使者姿だ。宗方さんとの試合とかではないらしい。


 後ろには白いマントのような布を頭から被った人が付き従っていた。

 フェンウェイさんやレイフォンではないらしい。布で顔が隠れていて目元しか見えない。誰だろうか。


「この間グイユウと会ったようだな」

「ええ」


 話は行っているらしい。あの後どういう風にフェンウェイさんとかに伝わったんだろうか。


「相変わらず見事な武者ぶりだったと聞いている。流石だ」


 シューフェンが満足げに頷く。


「ダイフォンなんとかとかいう名前は誰が付けたの?」

「お前のことを伝えたら皆がそう呼ぶようになった。

二つ名がつくのは優れた剣士の証でもある、お前ほどの男であればあってしかるべきだ」


 シューフェンが真顔で言うけど……現代日本人の感覚だと中二病感が強すぎて微妙だ。

 ていうか、シューフェンにも二つ名はあるんだろうか。


「ところで、我が国に来る決意はできたか?」

「そう、それですよ。婚儀の準備が進んでるとか言ってましたけど?」


 檜村さんは居ないけど何となく小声になってしまう。

 今のところそんなつもりは無いから、勝手に先走られちゃかなわない。


「さすがにそこまではしておらん……グイユウも困った男だな。聊か思い込みが激しい」


 シューフェンが言うけど。いや、アンタも中々だぞ、とは思う。


「とはいえ、妹はお前のことを待っている。それは間違いない。お前が決意をしてくれればすぐにでも進むぞ」


 シューフェンが生真面目な口調で言う。


「お前の風の力は攻防兼備。我が旗下に加わってくれれば大いなる力となる。

私の旗下には1000人の兵がいる。私は其の命に対して責任がある。その為なら手段を択ばん」


 シューフェンがはっきりと言う。相変わらず強引だな。

 しかし、僕より二つだけ上なのに、結婚していて子供がいて、1000人の兵士の指揮官とは……年の差以上に差を感じる。


「何が不満なのだ?わが妹は気に入らんか?」

「そうじゃないです」


 三田ケ谷じゃないけど、高校生としては結婚なんて言うのは現実感が全くない。

 勿論、異世界に行くなんてのも。そう言う話は小説とかマンガとかの中って感じだ。


「わからんな……なぜ躊躇うのだ。

妻を持ち、子をなし、家を守る。武勲をあげて名を成す。それが戦士の、男の本懐であろうが」


 シューフェンが言う。

 まあ悪気はないと思うし、悪い人ではないけど……価値観が色々と違い過ぎる。


「僕等の世界じゃ僕はまだ成人じゃないんです……そう、元服して無いっていうか」

「お前ほどの男ならとっくに冠礼を済ませていると思ったが……それなら致し方ないか」


 シューフェンが考え込むように俯く。

 いい言い訳になっただろうか。


「では、カタオカよ。お前の御父君、お前の家の家長殿にお会いできぬか。直接お話をさせてもらいたい。

家長の許可があれば冠礼を済ませてなくとも構うまい。我が国で冠礼を済ませてもよかろう」


 シューフェンが真顔で言う……ダメだ、婉曲に断っているつもりなんだけど、まるっきり通じていない。というか日本人的な曖昧話法は通じないっぽい。

 むしろなんか段々大袈裟な話になってきている気がする。

 とりあえず檜村さんがここに居なくてよかった。


 

「そういえば、一つ聞きたかったんですよ」

「……なんだ?」


 とりあえず、ちょっと強引に話を逸らす。

 シューフェンが少し不満げな顔をしたけど、仕方ないかって感じで応じてくれた。


「あの連中、蟲達の目的は何なんです?いったい何をしたいんですかね」


 二度も戦うとどうしても気になる。

 知性があると言う事は、なにかしらの目的をもって動いていると思う。

 でも、今のところ、敵対的という以外は何が目的なのかは分からない。暇だからこっちの世界を襲っているなんてことはないと思うんだけど


「食料だ。奴らは我が国に奴らの餌として生贄を出すように求めてきた。女子供をな。

サンマレア・ヴェルージャも恐らく大して差は無かろう」


 シューフェンが言う。


「使者と称して突然現れて、あの蟲が先の皇帝陛下に要求してきたのだ。

そして、今の皇帝陛下……当時はまだ第二皇子だったがな、陛下がその場で切り捨てて戦争となった」

「無茶な皇帝ですね」


 生贄を差し出せ、といわれて、ハイ分かりましたなんていう国はないだろうけど。

 いきなり切るっていうのも無茶するなって感じだ。


「優秀な将軍であり、我が国の歴史の中でも屈指の武人でもあるが、皇帝としてはまあ暴君の類であろうな。

第一皇子が皇位継承を譲ったため即位されたが、平時であればまず皇位にはつけなんだであろう」


 シューフェンが言うけど、中々にはっきり言うな……皇帝相手にそんなこと言っていいのだろうか。

 まあここでは誰もそれを告げ口する人なんていないわけだけど。


「だが、それでいいのだ。今は平時ではないからな。

穏やかな賢王と共に蟲どもに跪くよりは、猛き暴君と共に戦うことを選ぶ。我らは武の民だ」


 シューフェンがきっぱりと言う。


「それに、これは部族間の争いやサンマレア・ヴェルージャ共との小競り合いとは違う。

手打ちの余地がある相手ならいざしらず、無限に生贄を要求してくるような相手なら戦う以外に道などない。

妻を差し出して平和になったとして、次は子を差し出せと言われたらどうするのだ?子を差し出すのか?」


 シューフェンが静かだけど強い口調で言う。


「女子供は守るべき花であり、我らはそれを守る剣だ。我が国に命惜しさに妻を差し出す男は一人もおらん。子を差し出す母もな。

それに、妻や子を差し出して生き延びたとして、その生に何の意味があろうか」


 常に戦いの中に身を置いている人の言葉って感じだ。

 何というか、覚悟の差を感じてしまった。

 

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