第138話 聖堂騎士の男・下


「皆さん、お騒がせして誠に申し訳ありません」

「ゴメンナサイ」


 カタリーナとパトリスが皆に頭を下げる。

 最期まで感じ悪い連中だったし、怪我した人もいるっぽいし何となく険悪なムードが漂ったけど。


「まあいい、あいつらはクソだが、お前らがしたわけじゃねぇからな」


 師匠の一声で空気が緩んだ。パトリス達が安心したように顔を見合わせる


「だが一応後で怪我人には挨拶して行ってくれよ、いいな?」

「はい、勿論」

「ありがとうございます」


 これで区切りと言わんばかりに師匠が一つ手を叩く。

 周りの人達も何か話しつつ三々五々散っていった。



「すまない、片岡君」


 パトリスが申し訳なさそうに言う。

 なんとなくなんだけど、あのフィッツロイは魔討士協会に対して聖堂騎士団テンプルナイツの力を誇示したかったんだろうという気がする。


「大丈夫だよ……ところで、あいつはやっぱり聖堂騎士テンプルナイトの中でも強い方なわけ?」

「……あいつと剣で五分にやれる奴はほとんどいないわ」


 カタリーナが珍しく感心したように言う。

 体格がいいから正面から斬り合うのは大変だけど、圧力に押されて下がったらまず勝てない。

 あのパワーで押し込まれたら、前に出る気持ちがあっても下がらされそうだ。下がるなと言ってもそう簡単じゃないだろう。

 僕もどうにか踏みとどまれたけど、あと2分試合時間が長かったらきつかった。 


「で、彼が前に言ってた新しく来るイギリスの貴族の聖堂騎士テンプルナイト?」

「ああ」


 彼と学校でも会うのか……色んな意味で先が思いやられるな。  


「そういえば、あのフィッツロイとかいうのも聖堂騎士テンプルナイトなの?」

「そうだ」


 そうなのか。

 どう見ても戦えるって感じじゃなかったけど。

 

 魔討士だって見た目はどう見ても普通の人って感じの人は居る。特に魔法使いタイプはそうだ。

 見た目だけなら高天神さんとかだって穏やかなサラリーマンとかにしか見えないだろう。檜村さんだって見た目は大学生だし。


 でもやっぱり上位層にはそれらしい雰囲気がある。

 ガタイが良いとか鍛えてるとかそういう見た目だけじゃない何か。でも、あいつにはそういうのは感じられなかった。


「魔法使いとか?」 

聖堂騎士テンプルナイトの査問官だ。一応能力はあるが、彼らは戦いはしない」

聖堂騎士テンプルナイトなのに?戦わないオッサンが聖堂騎士テンプルナイトなの?」

「まあそういうもんさ」


 パトリスが淡々と言うけど、口調には諦めのような雰囲気がにじんでいた。


「あれも貴族ってやつ?」

「かなりお偉いらしいよ、俺には詳しいことは分からないが」


 聖堂騎士テンプルナイトはエリート集団っていうから、それこそ魔討士の3位以上みたいな精鋭部隊かと思ってたけど、どうやら違うらしい。

 貴族は家柄だけならエリートってことなんだろうか。


 でもセスティアンは強かったし、貴族とかいっても色んな人がいるんだろう。

 しかし、戦いもしないのに偉そうなのがいるって考えると正直言って嫌だな。あれに比べると魔討士協会は気楽な組織だ


「魔討士はいいわよね……強ければ、ポイントが稼げればのし上がれる。フェアよね」


 カタリーナが言う。


「アタシたちはそうはいかない……まあ、色々あるカラさ」


 身分とかそういうのなんだろうか……21世紀だっていうのに。

 それに、跪いていたカタリーナの姿を思い出す。それにあの棒で叩かれていたセスティアンも。

 嫌な光景だったな。


「アタシはさ、カタオカ……カナリア諸島の小さな村で生まれたのヨ。ラ・ゴメラ島ってところ。

キレいなところよ、海も空も。一度見に来てほしいわ」


 カタリーナが僕の言いたいことを察したように言った。


「パパとママと、お爺ちゃんと弟がまだそこにいるわ。

小さくてきれいで大事な故郷ホームだけど……でも、そこから出て行くのは大変」


 普段の明るい口調とは違うカタリーナの言葉にパトリスが小さく頷いた。


聖堂騎士テンプルナイトになるってサ、結構スゴイのよ。

聖堂騎士テンプルナイトになって……あの小さな村からでも色んな未来を掴めることを故郷の皆に見せたい」


 普段の気軽な感じじゃない、真剣な口調でカタリーナが僕を見た。


「世の中に階層はあるわ。デモ、信念に出自は関係ナイ……そうでしょ?」



 そして、週明けの朝礼の時間。 

 担任の沢木先生がデカい男を連れて入ってきた。セスティアンだ。


 僕等の制服とは違う、紋章のような物が胸についた紺のブレザーにワインレッドのネクタイを締めている。

 制服は間に合わなかったのか、それともサイズが合うのが無かったのか。


「急だが、イギリスからの留学生を紹介する。挨拶して」

「セスティアン・ヘンリー・グランヴェルウッド。よろしくお願いする」


 そう言ってセスティアンが頭を下げた。



「ねえ、セスティアンさん」


 休憩時間になって、セスティアンはさっそくクラスメートにとりかこまれていた。

 色んな意味で目立つ見た目だからまあ当然かもしれない。カタリーナとパトリスが遠巻きにしてそれを見ていた。

 さすがにあのフィッツロイなるオッサンは学校まではついてこないらしい。


「日本語上手いんですね」

「昔から勉強していたが、来日が決まってから特訓した。至らぬところがあったら言ってくれ」

「出身はどこなんですか?」

「エディンバラだ」


「ガタイいいけど、スポーツとかやってた?」

「ラグビーと乗馬、それに……フェンシングだ」


 フェンシングというか剣術だろうな。


「ラグビーか……サッカーはしてないの?」

「フットボールはやったことがない、すまないな」

「残念。助っ人を頼もうかと思ったのに」


 セスティアンが質問に答える。

 ぶっきらぼうな言い方だけど、口調は丁寧で紳士的だ。あの時の威圧的な感じは全くない。


「ねえ、セスティアン君っていうと長いからセス君って呼んでいい?」


 クラスメートの女の子が訊く……あまりの気楽さにどうなるかと思ったけど。


「構わない、レディ」


 生真面目な顔でセスティアンが言い返す。周りのクラスメートが沸いた。


「レディだって……王子様みたい」

「なんか絵になるよね」

「イケメンだから許される」

「いや、ダメだろ」

「乗馬をやってるってあたりも王子っぽいぞ」


 みんなが賑やかに声を上げる。

 ……どうなる事かと思ったけど、思っていた感じとは違うな。

 


「ずいぶん丁寧なんだね」


 皆が散った後、セスティアンに声を掛けた。

 どうやら貴族ってことは学校では隠すというか、言うつもりは無いらしい。

 あの時の感じを見ていると、学校でもお高く留まった感じになるかと思ったんだけどそんな感じはない。

 だからと言って親し気な演技をしてるって感じでもない。


「彼らは弱き者。戦うものではない、騎士が守るべき者たちだ」


 セスティアンが一転して道場の時と同じような冷たい口調で言う。


「それと……昨日は俺の負けだ。見苦しいところを見せた。すまないな」


 セスティアンの口から意外な言葉が出てきた。


「魔討士乙類5位、侮りがたき腕前だった」

「……どっちが本当の君なんだ?」


 さっきのクラスメートとのやり取りや今の言動と、昨日のあの訓練施設での振舞とは全然違う。

 セスティアンがわずかに顔をしかめてまた硬い表情に戻った。


「さあな」

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