第128話 「本当のわたし」がいるところ・下

 みんなに囲まれながら話をしていたけど……正直言って何が起きたのか分からない。

 マリーチカは何だったんだろう。あのサーベルが彼女なんだろうか。

 そんな話があるんだろうか。


 フワフワした気分のまま色々話をしているうちにスーツに緑色のコートを羽織った奇麗な女の人が先生たちと歩いてきた。

 後ろに何人かの同じようなコートを着た男の人たちを従えている。


「ダンジョンマスターは討伐しました。もう危険はありません。

ここで戦った人が居るはずです、お会いできませんか?」

「この子が助けてくれたの!」


 誰かに背中を押されて女の人の前に押し出された。

 大人の女の人って感じのその人が軽く笑みを浮かべて頭を下げてくれる。


「勇気ある貴方に敬意を表します。貴方が戦わなければ、間違いなく犠牲が出ていたでしょう。失礼ながらランクはいくつですか?」  

「いえ……たった今使えるようになったので」


「目覚めたてでこれほど戦えるとは、素晴らしい勇気ですね。名前を教えてくれませんか?」

「あの……漆師葉京です、本名じゃないけど……いいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 その女の人が笑って頷いた。


「私は仙台フォレストリーフ・ウィザーズギルドの代表、伊達睦美と言います。ぜひあなたに私と共に戦ってほしい。いかがでしょうか?」


 伊達さんが細い手をすっと伸ばしてくる

 この日から私の世界が変わった。

  


 伊達さんのギルドに入って魔討士として本格的に戦い始めた。

 でも、突然ヒーローのように強くはなれなかった。

 怖くて震え上がったこともある。死ぬ思いをしてもう止めようかとか思ったこともある。


 仲間に助けてもらって、自分も誰かを助けて、少しづつ強くなった。

 戦って誰かを守ってありがとうって言われると嬉しい。可愛いねって言われると幸せな気分になる。

 7位に上がった時は、本当に嬉しかった。


 隊服を自分用に変えて、髪型も変えて、アニメとかで見るようなエースっぽく振舞ってみたら結構評判が良かったからそのままにしている。

 でも、学校ではあんまり変えてなくて、ギャップを笑われたりするけど……それもなんか楽しい。

 自分が変わるにつれて、少しづつ周りも変わっていった。


 

「久しいな」


 7位に上がったあと、ダンジョンの奥で二週間ぶりにマリーチカに会った。


 彼女が現れるのはいつもダンジョンの中。だから会いたくなったらは探索と称して一人でダンジョンの奥に来る。

 それにマリーチカの姿はあたしにしか見えないから、1人で行かないと空中に向かって独り言言ってるように見えそうだし。


 彼女と話すときはいつも二人きりで不思議な庭園だ。

 なんでも彼女が昔住んでいたお城の庭園らしい。

 

「位階が上がったようだな。友よ。おめでとう」

「ありがとう」


 いつもそばにいる、と言う言葉通り、彼女はあたしのことを良く知っている。

 日常生活の全部を見られてる、とかだったら流石に嫌だけど、そういうことはないらしい。


「浮かぬ顔だな。何か心配事でもあるのか?」

「なんか……ズルしてるみたいな気がするのよね……あなたに頼りっぱなしって感じでさ」


 半年で7位まで上がれるのはかなりの速さらしい。でもそれはマリーチカのおかげだ。

 自分でも戦う様になって、魔討士の素質にも明確に格差はあるのが分かってきた。

 マリーチカの影を操る力はかなり強力だってこと、そして名前を持つ武器がとても珍しいことも。 


「私の力はきっかけに過ぎない。

我が力を得てもあそこで逃げるものもいただろう。君は逃げなかった。君の心が強かったのだ、友よ」


 マリーチカが少し強い口調で言った。

 

「そもそも強いか弱いかは些末なことに過ぎない。

誰かのために剣を取って立ち上がり、旗を振り前に進むものは、騎士であろうが一兵卒であろうが、すべて英雄なのだ。価値があるのは剣ではない、その者の意思だ」

「そういうもの?」


「だれしもが恐ろしいことを避けたいと望む……それは仕方ないことだ。だが、だからこそ人のために戦うものは尊いのだ。

如何に強くとも、私利のためにしか強さを用いぬ者は、恐れられることはあっても尊敬されることはない」


 マリーチカがそう言って胸に手を当てて会釈してくれた。彼女が言うことはいつも少し大げさだ。

 騎士道精神っていうものなんだろうか。


 彼女がどこから来たのか、誰なのか、何度か聞いてみたけど良くは分からなかった。

 見た目からヨーロッパとかのどこかなんだろうと言う事は分かるけど。地名も家族の名前も年代も、いろいろと教えてくれたけど全然分からかった。


 ただ、何かの戦いで討ち死にしたと言う事だけはなんとなくわかった。

 何かやり残したことがあって……どういう縁なのか、たまたまあたしのところに来たらしい。 


「でもね……時々怖くなる……これは本当のあたしなのかなって」


 強さをみんなが認めてくれて、身だしなみも頑張って、昔より可愛くなれたと思う。

 褒められると嬉しいし、少しずつ自信もついてきた。

 今はまっすぐ相手を見て話せるようになってきた。

 

 でも、こんな風になったけど……今が楽しいからこそ、今の自分は偽物なんじゃないかと思う時がある。

 昔の自分の姿が心の奥にこびりつくように残っていて怖くなるんだ。


「本当の私、とはなんだ?友よ。今の君が本当の君だろう」


 マリーチカが首をかしげて言った。


「臆病なものが勇気を振り絞り戦う姿を私は何度も見た。高潔であると思ったものが卑劣な裏切りに手を染めるのも見た。

過去は過去でしかない。本当の自分などというものがあるとすれば、今の自分しかあるまい」



「言わなくてよかったのか?我が友よ。君らしくもない」


 あいつ……片岡が帰って1月ほどした後、青森のダンジョン探索中に久しぶりにマリーチカに会った。

 あいつに渡したのは勿忘草わすれなぐさの栞だけど……何の花か分かってくれたかな。花言葉は調べてくれただろうか。


「あの者が好きなのではないのか?」


 面と向かって言われるとちょっと考えてしまう……この気持ちは何なんだろう。

 少女漫画のような恋愛に憧れないわけじゃないけど、今のこの気持ちはそれとは違う気がする。


「……うーん、ちょっと違うわ。あたしは……あいつが一番に見る人でいたい。恋人とかじゃなくて。

そう、好敵手ライバルよ。数少ない高校生の乙類5位なんだから、あいつには好敵手ライバルがいないと思うの。

だからあたしがなってあげるの。あいつにも競い合う好敵手ライバルが必要だわ、そう、あたしのようなね」


 あたしはあいつの前に立ちたい。後ろで守られるより……あいつの前に立つあたしでいたい。

 それにあいつには格好悪い所を見られてしまったし。

 マリーチカが口元を抑えて笑った。


「なによ?」

「いや、別に、なんでもない」


 普段は澄ましている彼女の笑い声を聞くのは珍しい気がする。


「まずは5位になって、あいつに追い付くわ。そうすればあいつも私を見るはずよ。マリーチカ、頼むわね」

「剣は振うものがいてこその剣だ。君がいてくれてこそ私は戦える。私も感謝している……友よ」


 もっと強くなって、格好良くなって、もっと可愛くなって、あいつの前に立ちたい。

 一番に私を見てほしい。二番目じゃなく、一番にみてほしい……


「しかし、だ……友よ」


 マリーチカが真剣な目であたしを見た。


「もし君がさらに上の位階を目指すのならば剣の鍛錬は必須だぞ」

「ああ……その話?」


 藪蛇な話題になってしまった気がする。

 影の斬撃が強い分、剣の稽古がおろそかになっているのは自覚はあるんだけど。


「君は私の影……розірвати чорною шаблеюに頼り過ぎている。影の使い方は見事というほか無いが、最終局面で頼れるのは己の剣技だ」

「でもさ……ほら、影で切る方が早いし」


「そういう問題ではないのだ、友よ。これは心持ちの問題だ」


 そう言ってマリーチカが腰のサーベルを抜いた。


「では改めて指南しよう。まずは基本の構えからだ、覚えているだろうな」


 マリーチカが有無を言わさぬって感じでサーベルを構える。

 仕方ないかな……あたしもサーベルを構えた。



 本章は此処で終わりです。続きは少しお待ちください。

 あと1話分、異世界側の設定を投稿します。

 感想頂いたり、★、💛などで応援いただけると大変励みになります。よろしくお願いいたします。


 あと、この作品に対してサポートして下さる人が現れました……個人的には想定外の展開。

 ともあれ、この場を借りて改めてお礼申し上げます。


 折角なのでサポーターさん向けの企画などを考えたので、詳しくは近況ノートをお読みください。

 




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