第127話 「本当のわたし」がいるところ・上

 幕間、漆師葉さん視点です。

 書いてるうちに長くなり過ぎたので分けました。

 


 小さいころから自分に自信がなかった。親にも誉められたことが無かった。

 何のとりえもない。教室の隅っこでいつも息を殺していた。何をするのも勇気がなかった。


 でも、強い訳でもない。運動ができる訳でもない、勉強ができるわけでもない、奇麗ななわけでもない、社交的でもない。

 どうすればいいっていうの。


 15歳の時、親の仕事の都合で仙台に引っ越した。

 転校を機に色々と自分を変えようとしたけど……やっぱりダメだった。

 話しかけてくれる人に上手く返事もできない。自分を誰かが笑ってる気がする。


 そんなはずないとは思っても、どうしてもその気持ちが消えない。

 いつの間にか話しかけても貰えなくなった……でも仕方ないと思う。


 移動教室の授業、前には何人かのクラスメイトが楽しそうに話をしながら歩いている。

 一人で廊下を歩いていたとき、突然スマホが震えた。

 同時に警告音が廊下と教室の中から響く。


「ダンジョン発生!」



 赤い光が校舎の壁を覆った……これが野良ダンジョンっていうものなんだろうか。野良ダンジョンはテレビでは見たことあるけど、自分が会うのは初めてだ。

 教室から先生と生徒たちが駆けだしてきた。


「みんな!早く境界に避難して!」


 先生が叫ぶ。

 廊下の向こうには赤い光で包まれた壁に線を引いたように、いつもの校舎が見えていた。

 あそこを超えれば確かダンジョンのモンスターは追ってこれない。

 

 廊下のもう一方から泥の塊のようなモノが現れた。

 慌てて皆が振り向いて走ってくる。一人が悲鳴を上げて転んだ。


 あの子はクラスメイトだ……転校してきたときに最初に話しかけてくれた子。

 助けないと、と思った。でも、ダンジョンのモンスターには魔討士しか対抗出来ない。そんなことは常識だ。

 あたしがいても何もできない。


 逃げないと。

 そう思って振り向いたところに突然見慣れない人が立っていた。

 


 何が起きたか分からなくて、思わずその人とまっすぐ見つめ合った。


「ようやく気付いてくれたか……いつも傍に居たのだが」


 涼し気な青い目に薔薇色の唇。輝くような金色の髪を後ろで短くまとめていて、雪のように白い肌。

 少し年上っぽい、ため息が出るような奇麗な女の子だった。外国人だろうか。


 ゲームの騎士みたいな古い武骨な感じの灰色の鎧を着ていて、鎧には黒いバラのような紋章が描かれている。

 黒いマントと服、それに腰には黒く塗られたサーベルが吊り下げられていた 

 誰だか分からないけど……少なくとも高校の廊下に立っている人とは思えない。


「あなた……誰?」

「友よ、なぜ逃げるのだ?」


 不思議なくらいに静かで、彼女の凛とした声が良く聞こえた。

 

「今、君は彼女のために戦おうとしていたのではないか」

「だって……私には何も出来ないもの」


 なぜ静かなのかと思ったけど……周りがいつの間にか何処かの庭に様になっていた。

 アーチのように生い茂る木からは木漏れ日が地面に影を落としていて、左右の壁のような緑の生垣には色とりどりの薔薇が植えられている。

 ここはどこだろう?


「いや、そうではない。私がいる。私が君の力になろう」


 彼女が言うけど……どういう意味かさっぱり分からない。


「何かを変えたければ自分で変えるしかない。小さな一歩でもいい。

その一歩を踏み出し、昨日と違う道を行かねば……明日も同じ道を行くことになる」


 静かだけどはっきりした声でその子が言った。


「此処で戦えるのは君だけだ。戦わなければ、あの者は死ぬ」


 少し風が吹いてその子の髪が揺れる。

 

「私は君の剣だ。我が友よ……私を取ってくれ、そして私を振ってくれ」


 その子が答えを促すようにあたしを見た。

 あのクラスメイトはこの高校に来て初めて話しかけてくれた子だ。名前は富澤茉奈さん。

 明るく挨拶してくれたのに上手く言葉を返すことが出来なかった。


 あの時の声を今も覚えている。

 彼女のちょっと悲しそうな顔も、上手く答えられなかった後悔も。


「戦うわ……力を貸して」


 そう言うと、その子が嬉しそうに笑った。


「私は黒薔薇公妃、マリーチカ・ヴィリナヤ・ヤロスラヴナ。名を教えてくれるか、友よ」


 彼女が聞いてきた。なぜだか分からないけど本名を名乗りたくなかった。

 変わりたい。

 

「漆師葉…………京」

「良き名だ。では行こうか」


 鎧姿の彼女、マリーチカが私の手を取ってくちづけする。

 突然周囲に音が戻ってきて、さっきまでの庭園が消えてまた学校に戻っていた。

 いつの間にか、黒いサーベルのような剣が手に握られている。


 振り向くと、倒れた彼女の前に人型の泥の塊が立っていた。

 そいつが丸太のような手を振り上げる。彼女が頭を抱えてうずくまった。


 サーベルを握る手にマリーチカの手が添えられているような気がする。

 そして、足元の影と自分がつながっているような、不思議な感覚。自分に何ができるのか、なんとなく分かった。


「みんな……下がっていて」


 ずっしりと重いサーベルを突き出した。足元の影が赤いダンジョンの床を伸びる。

 頭の中で描いたイメージ通り、影から飛び出した刃が泥の塊クレイゴーレムをバラバラに切り刻んだ。

 


 無我夢中で戦っているうちに周りに敵がいなくなった。

 周りにはキラキラ光る宝石のような丸い物が転がっていた。ライフコアと言うのを後で知った。


 全力疾走した時のような疲労感と、高熱を出した時のような頭がぼーっとする感じ。

 魔討士が魔法を使うのはMPを消費する感覚に近い、と何処かで見たことがあるけど、こういう風になるんだな。


 息を整えていると、みんなが駆け寄ってきた。

 先頭をまっすぐに走ってきた富澤さんがぶつかるように抱き着いてくる。ぎゅっと抱き寄せられた。


「ありがとう、本当に!」

「凄かったな!なに、今の魔法か?」

「いや、剣士でしょ。剣をもってるんだし」

「どっちでもいいって、マジ格好良かったよ」

「なに、アンタ、魔討士だったの?」


 回りから色んな声が降り注いでくる。

 どう答えようかと思っているうちにダンジョンの赤い光が薄れ始めた。


「一つ約束してくれ……我が友よ」


 いつの間にか横にマリーチカがいた。誰も彼女の姿は見えていないっぽい。


「私の力を私利のために使わないでほしいのだ……民のために使ってくれ」

 

 頷いて返すと、彼女がほほ笑んだ。


「いつも……私は君とともにいるぞ」


 そういってマリーチカの姿が薄れていって、あたしの手の中のサーベルも消えた。


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