第126話 あの人の隠し事
なんか、妙にPVやブクマが増えているわけですが、皆さま何処からお越しなのでしょうか。
ともあれ、読んでくれた方に百万の感謝を。
◆
東京駅に降りてすぐに檜村さんの家に向かった。
アパートに行って家の前で携帯を鳴らしたら、家のドア越しに呼び出し音が聞こえる。中にはいるらしい。
インタホンを鳴らすと中で足音がして、ドアが小さく開いた。
「やあ……片岡君」
細く開いたドアの向こうで、気まずそうな檜村さんが僕を見ていた。
「心配したよ……でも、君の誤解がとけてよかった」
硬い口調で檜村さんが言う。
「あいつらに何か言われたんですよね」
あの勝田が言っていたことを思い出す。
あいつらは漆師葉さんの過去をほじくり返して脅していた。檜村さんにも何をしていても不思議じゃない。
檜村さんの表情が少し強張った。
「……言いたくないならいいんですけど」
無理に聞き出すのも気が引けるのも確かだけど、正直言うと何が起きたのか知りたい。
少しの間があって檜村さんが躊躇いがちに口を開いた。
「私には……少し言いにくいことがあるんだ……それを君にバラされたくなければ、仙台には来るな、と」
やっぱりか。
あの連中は動画のウソがばれてSNSでは大炎上したのは知ってる。
木次谷さんの仕込みなのか、事前にテレビで散々騒いでくれた反動なのか、批判も相当にきつかったようだけど……そういう話を聞くと同情する気も完璧に失せるな。
「少し入っていかないか?」
そう言って檜村さんがドアを開けてくれた。
部屋に入ったのは初めてだけど……想像していたよりシンプルな感じだ。
整理された部屋には、実用的な感じのベッドとクローゼット、システムデスクが置かれている。
机にはパソコンが置かれていて、本棚には難しそうな厚い本が並んでいた。
壁にはモノクロの映画か何かのポスターが張られている。
広めの部屋は仕切りのようにカーテンが引かれていて、カーテンの向こうには見慣れた赤い衣装やミシンが置かれていた。
そっちはルーファさんのスペースらしい。
今日いないのは、三田ヶ谷と何処かに行っているんだろう。
部屋にはほんのりと石鹸のような甘い香りとお香のような独特の香りが漂っていた。
「心配してた」
檜村さんが僕を見上げて言う。
「それに……ずっと連絡もしなくて、怒ってるんじゃないかって」
「いえ……気にして無いですよ」
なるべく明るく答えるけど……何となく気まずい沈黙が流れた。
檜村さんが気持ちの整理をしているくらいは察しが付く。
敵相手なら前に踏み込めばいいが、女相手はそう単純じゃねぇ、場合によってはじっくり機を待つのも大事だぞ、とは師匠の弁だけど。
今は待つべき時だろう。
「私には……傷がある」
檜村さんが意を決したという感じで口を開いた。
◆
「傷?」
「富山城のダンジョンで戦った時の傷だよ……ダンジョンマスターに切られた切り傷……どうしても消えなかった」
檜村さんが恐る恐るって感じで言って胸のあたりを抑えた。
「どうせ付き合っていれば、いつかは見られるのにね……ほら……君の前で、まあ」
そう言って檜村さんが恥ずかしそうに俯いた。
なにを言わんとしているかは分かった。
「そのことを君に知られたくなければ……行くな、と」
……檜村さんが行ってダンジョン攻略を助けるのが嫌だったんだろうな。
この人の魔法は定着したダンジョンのダンジョンマスター相手でも十分に有効だ。
勿論、檜村さんは参加しないと言う事になってたけど、状況次第で加わることはできたわけで。
漆師葉さんを脅したのもそうだけど、あいつらとしては宮城野ダンジョンの攻略を失敗に追い込みたかっぽいし、丙類4位が参戦できる状態にいるっているのはあいつらには都合が悪かっただろう。
「なぜ、あいつらがそれを知っているのか……そう思うと怖かった」
檜村さんが小声で言う。
「でも……いま君に教えてしまったから……もう意味がないね」
傷か。
風鞍さんも顔に傷がある。あの人は後ろにいる誰かを守った傷だから、と気にして無いようだった。
気にするようなことなのか、僕には分からないけど……でも檜村さんにとっては気にすることなんだろうな。
「すまない、今は……まだ抵抗があるんだ……でも、君が好きなのは本当なんだ。信じてほしい」
檜村さんが言う。
「分かってます……大丈夫」
そう言うと檜村さんが安心したように息を吐く。
檜村さんが眼鏡をとって一歩踏み出してきた。
「君にキスしたい……いいかな?」
返事をするより早く檜村さんが体を寄せてきた。抱き寄せられて柔らかい唇が押し付けられる。
押されるぐらい強く檜村さんの華奢な体がぴったりと張り付いた。
唇を割って暖かい舌が差し込まれてくる。
柔らかい感触と熱い体温が厚手のワンピース越しに伝わってくる。太ももが絡みついてきて体がぴったり触れ合った。
なんか、人が変わったかと思うくらい積極的だ。
舌が絡み合うたびに檜村さんの体がこわばって背中に回された手に力がこもったり、体からふっと力が抜けたりする。
どちらともなく唇が離れた。
名残を惜しむように檜村さんが顔を近づけてきてもう一度唇が触れる。離れ際に温かい吐息が掛かった。
「今は……これが精いっぱいなんだ」
「ああ……はい」
「君にだから……こんな風にしてるんだから、はしたないとか思わないでくれよ」
「ありがとうございます」
頬を真っ赤に染めて檜村さんが言う。
こっちも頭がふわふわしている……我ながらマヌケな返しだな。
「ところで……片岡君」
「なんでしょう?」
「次は……君から迫ってほしいんだが」
檜村さんが俯いたまま言う。
「だって……私ばかりこんな風に言っているのはズルい……これじゃまるで私がはしたない子みたいじゃないか。それに……たまには君に迫られてみたい」
「迫るって……壁ドンでもしろと?」
「……それもいいかもしれないな」
檜村さんが真顔で言った。
とは言われても、個人的にはそういうのは柄じゃないというか、やっている自分が想像できない。
「あと……前に少しだけ呼んでくれたみたいに、下の名前で呼んでほしい」
檜村さんが言う。
それは一時期だけ確かにやってみたんだけど、どうにも気恥ずかしくてなんとなく元に戻ってしまった。
「じゃあ僕の事も水輝君とか呼べます?」
「……水輝……君」
小さく呟いて檜村さんが首を振った。
「……やっぱり……恥ずかしいな。うん、これは今後の課題にしようじゃないか」
◆
頭がぼーっとしたまま家を出た。
さっきの積極的なキスの感覚、離れたくないって感じでしがみついてくる感じが、普段の檜村さんらしくなくてそのギャップがまた良かった。
外のひんやりした空気で少し頭が冷える。そう言えば家にも連絡を入れておかないと。
地下鉄の駅に向かう途中、ポケットの中のスマホを出そうとしたときにスマホが震えた。
定時のニュースサイトの配信告知かと思ったけど、立て続けに何度もバイブレーションがする。
何か大きな事件があったんだろうか。
スマホをポケットから取り出す……画面に大きく表示されていた記事を見て一気に頭が冷えた。
『先ほど京都市で発生した偶発的空間浸食、通称野良ダンジョンで大きな犠牲が発生しました。ダンジョンは討伐されたものの、複数の死傷者が出ています。未確認ながら、死者は5名、負傷者多数。死者のうち魔討士が3人です。
また魔討士のうちには6位が1人含まれており、政府及び魔討士協会は……』
◆
本章はこれで終わりです。長々とお待たせして誠に申し訳なく。
あとは漆師葉さん視点の幕間と、異世界側の設定を書きます。
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