第125話 10日目・戦いの終わり
年末まであと1日、全部片が付いて東京に帰ることになった。
色々とあって予定より随分長びいた感じだな。
仙台駅のホームまで、伊達さんと漆師葉さん、それに四宮さんが駅まで見送りに来てくれた。
東北な上にまだ九時前で朝早いからかなり寒い。
伊達さんと漆師葉さんはいつも通りの隊服姿、四宮さんはスーツ姿だ。
漆師葉さんのミニスカートは見ているこっちが寒くなるな。
あの日以降、ニュースで宮城野ダンジョン攻略の話は大々的に流れて、伊達さんの会社の名前も一層有名になった。
ダンジョン攻略会社の快挙って感じで、全国ニュースにもなったほどだ。
おかげで隊服姿の伊達さん達は前にもまして目立っていて、周りでこっちを見て囁き合っている人が結構いる。
伊達さんは素知らぬ顔だけど、漆師葉さんが愛想よく手を振っていた。この辺は相変わらずだ。
グイユウの事や知恵を持つ魔獣のことは伊達さんとアタックチームの4人だけの秘密になっている。
伊達さんによれば、木次谷さんから、今回の討伐は意義が大きいため討伐点に格別の加算をする、という申し出があったらしい。
まあ口止め料ってことだろう。
「今回はありがとうございました。片岡君」
伊達さんが手を差し出してくる。握手すると、ぎゅっと強く握られた。
「こんなことが無ければ、もっと賑やかに祝勝会をしたかったのですが……残念です」
伊達さんが言う。年末の押し迫った時期だからダンジョン攻略のセレモニーも割と簡単なものになってしまった。
本来のスケジュールとあの連中とのゴタゴタが無ければもっときちんとしていたんだそうだ。
正式に年が明けたら早々に公式な祝賀会をするらしいんだけど、流石に正月を仙台で迎えるのは親の許可が出ないだろう。
というか色々あったから一刻も早く帰ってこいって感じだし、檜村さんのことを考えると、僕にも早く帰りたい。
電話を掛けても出ないし、メールも返信がない。
北林たちが何かをしたっぽいのは分かるんだけど……一体あいつらは何をしたんだ。
「報酬は魔討士協会を通じて片岡君の口座に振り込みます。源泉徴収票は近日中に送りますね」
「なんですか、それ」
伊達さんが苦笑いした。
「報酬の明細書ですよ。分からなければ魔討士協会に聞けば対応してくれると思います」
「なるほど」
この辺はよくわからないけど、流石に現金手渡しなんてことは無いか。
「ところで片岡君……東北の大学に進学しませんか?
わが社も大きな実績が出来て今後はダンジョン討伐の仕事が増えます。是非君にはここに来て私達と戦ってほしい。チームの方が、野良で戦うよりは安全かつ確実に稼げると思います」
伊達さんが真剣な口調で言う。
「檜村さんも一緒にどうですか?あちこちから仕事のオファーが来ていますから、ようやく、丙類4位の魔法使いにも正当な対価を払えるようになりました」
感慨深げに伊達さんが言う。
そういえば今回檜村さんが不参加だったのは、報酬を払えないから、と言う事だった。
「考えておきます」
「この調子で……10年後に魔討士の資質を持つ人がいまよりも積極的にその能力を生かして、私の会社が就職先になってくれればいいんですが」
「……10年ですか」
偉く気が長い話だな。
「世界は急には変わりませんよ。ゆっくり、少しづつでも理想に向かって進む。それが結果的には早い、と私は思っています。ゆっくり進めば、間違えた時に軌道修正もしやすいですからね」
「そうそう、ようやくこれで会社も大きくなって、安心できる。家族持ちは大変でね。社長、宜しくお願いしますよ」
四宮さんが意味ありげに言って、伊達さんが苦笑いした。
四宮さんは怪我の気配はもうない。あの薬はよく効いたな。
エルマルには脳筋だのと言われてたけど、この辺は侮りがたいというか大したもんだと思う。
「ありがとうございます。あの時庇ってくれて」
あの時、かばって貰えなかったら僕もどうなっていたか分からない。あの戦いも。
それに、家族の話を聞くと本当に無事に終わってよかった。
「咄嗟に体が動いた……まあ俺も男だってことかな」
「その言葉は聞き捨てならないわね、四宮」
伊達さんと漆師葉さんがじろりと四宮さんを睨む。
「おっと失礼、俺も戦士だってことかな」
四宮さんがおどけたように手を振った。
「しかし、君の風は……なんというか皆の背を押す風だね」
四宮さんが火をつけてない細巻きを指でいじりながら言う。
「……詩的ですね」
「オッサンだからね。年の功だ」
「そういえばさ……あんた、結構強いのね、片岡」
「ああ、それは俺も思ったよ、俺にはあんな上手くはできないな」
漆師葉さんが言って四宮さんが相槌を打つ。
あの勝田を投げたことを言っているんだろうけど。
「刀とかがなくても、横にいる友達や彼女を守れるようにしておけ。それが男の義務だ、といわれたんだよ……師匠に」
剣術以外にも柔術系の格闘技も師匠に教えてもらっている……とは言っても格闘技自体はダンジョンでの戦いでは全然役に立たないんだけど。
でも師匠の方針で、投げだの打撃だのは練習させられてる。
「ふーん……彼女ね」
漆師葉さんが上目遣いで僕を見た。
「ねえ、片岡。一つ聞いていい?」
「なに?」
「せっかく強くてさ、高校生で数少ない乙類5位なのに、なんで偉そうにしないの?もっと、なんていうか……自慢しても良いと思うのよね、あんた強いんだし」
漆師葉さんがからかってるとかじゃなくて本当に不思議そうな口調で聞いてくる。
「多分それは……風鞍さんや宗方さんを見たからかな」
最初にあの人たちに会った時よりも僕は強くなれたと思う。
だからこそあの人たちの底知れない強さがもっとわかるようになってきた。
「自分より明らかに強い人が居るんだから、偉そうにするのもなんだかねってさ」
「ふーん、謙虚なのね」
「でも、いつかは超えたいと思っているよ。謙虚ってわけじゃない」
相手が1位でもなんでも負けっぱなしではいたくない。
『9時18分発、はやぶさ218号東京行きが間もなく発車します、ご乗車されるお客様は……』
乗車を促すアナウンスが流れた。そろそろ行かないと。
「それじゃ、ありがとうございました」
違う仲間と一緒に戦う、責任をもって与えられた役割を果たす。それは特別な経験になる。
師匠が言っていたけど、確かにいい経験になった。
「ねえ、片岡……私の技に全部花の名前がついていたのは気づいた?」
「一応気付いた……一部分からないのもあったけど」
「この花の名前の技が本当の切り札なんだけど……まあ、使うまでもなかったけどね」
そう言って、漆師葉さんが細い紙片を渡してくれた。
何かと思ったけど、青い小さな押し花が飾られた栞だ。
「これは上げるわ……花の名前はあとで調べてみてみなさい、いいわね」
教えてくれても良いと思うんだけど、教えないと言わんばかりに漆師葉さんが一歩下がった。本当に最後まで相変わらずな感じだな。
発車ベルが鳴ったから新幹線に乗り込んだ。ドアが閉まる。
ガラスの向こうで伊達さんが一礼して、四宮さんが軽く手を振ってくれるのが見えた。
色々あったけど……ようやく終わったな。
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