第124話 9日目・魔討士協会の役割・下

 さっきまでざわついていたスタジオが水をうったように静まり返った。

 向かい側の席で北林が真っ青な顔になっている。


「突然片岡君が襲ってきて投げとばした……というのはずいぶん違いますね……勝田さん、貴方が最初に手を出しているようですが。

それに何というか……随分お元気そうですね。骨が折れたとか、そう言う話ではありませんでしたか?」

「こんな映像は……捏造だ!私達を陥れようとしている!」


 勝田がヒステリックに叫んだ。


「映像なんていくらでも作れる!これはフェイクだ」

「ほう、なるほど」


 木次谷さんが勿体ぶって言う。


「映像は作れる、証拠にならない、ですか」


 言ってから勝田が口を抑える。北林がその横で気まずそうに項垂れていた。

 完全に自爆だな。語るに落ちる。

 勝田がすごい目でこっちをにらんだ。一瞬机を飛び越えてとびかかってくるかと思ったけど。

 

「余計なことは考えない方がいいよぉ、そこの君。全国ネットで恥の上塗りをしたくないだろ?」


 宗方さんが勝田を制するように口を開いた。

 勝田が立ち上がったところで固まる。


「いいかい?魔討士で5位まで来る人ってのは一つや二つは生きるか死ぬかの修羅場をくぐってるんだよ?

君みたいに自分で危ない橋の一つも渡らないくせに高校生相手にイキッちゃうような人が勝てるわけないでしょ」


「片岡君、何か言いたいことはありますか?」


 木次谷さんが言ってくれる。みんなの視線がこっちに集まった。


「一つ、漆師葉さんからの伝言を伝えておく。

あたしは可哀そうなんかじゃない。被害者でもない。あんたに憐れまれる理由は無い、だってさ」



 生放送はバタバタと終了になった。

 スタジオの裏に戻ったけど、まだ興奮が冷めやらない感じでフワフワした気分だ。頭が少し熱い。まさかこんな風になるとは思わなかった。 

 深呼吸して気持ちを落ちつかせていると、顔を真っ赤にした北林と勝田が駆け寄ってきた。


「こんなことをして……私を誰だと思っているの、唯で済むと思っているの?」


 木次谷さんを睨んで北林が脅すような口調で言う。

 木次谷さんが鼻で笑った。


「やれやれ……貴方たちはどうやら勘違いしているようですね」

「なんですって?」

「魔討士協会が資格の管理とライフコアの金勘定だけしている事なかれ団体だと思ったんですか?ちょっと圧力をかけたらペコペコ謝罪するとでも?……だとしたら、それは大きな間違いだ」


 木次谷さんが凄みのある口調で言う。


「私たちは魔討士の統括団体です。彼らは私達皆のために命を張って戦ってくれている。それは高校生5位であろうが、60歳で能力に目覚めた9位であろうが同じだ。

私たちはダンジョンでの彼らの危険を減らすことはできない。

だからこそ、それ以外のすべての危険から彼らを守る、それが私たちの務めだ」


 普段の温和な口調とは全く違う、威圧感のある口調で北林が黙り込む。


「貴方たちがどんな運動をしようとも、どんな思想を持とうとも私達が関知するところではない。止める権利もない。我々に干渉するのも構いませんよ」


 そう言って木次谷さんが言葉を切った。


「ですが……いいか、魔討士に直接絡んでくるならば容赦はしない……分かったか?」


 北林が何か言おうとしたけど、木次谷さんが冷たい目で北林を見下ろす。

 重たい空気に耐えかねたように北林と勝田が一歩下がった。


「ところで……こんなところにいていいんですか?」


 木次谷さんがスマホを操作して北林に見せた。北林の顔がさっと強張る。


「……何をしたの?」

「特に何もしてませんよ。貴方たちがしたのと同じようなことはしましたが」


 木次谷さんがそっけなく言う。北林と勝田が自分のスマホ見て慌てたように顔を見合わせた。


「それと、今晩の東京での7時からの対談番組ですが。お二人とも出席をお待ちしてますね」


 木次谷さんが満面の笑みを浮かべていう。

 北林と勝田がドアの方に逃げるように歩き去って行った。



 慌ててドアの方に消えていく二人を見て、木次谷さんがこっちを振り返った。


「すみませんね。確たる証拠を集めるのに少し時間がかかってしまいました。

片岡君、伊達さん。誠に申し訳ない」


 木次谷さんが頭を下げてくれた。

 普段の口調にもどっていて、さっきまでの雰囲気もなくなっている。


「あんな映像、どこから手に入れたんですか?」

「それは、まあ秘密ですよ、片岡君」


 木次谷さんが柔らかく笑ってはぐらかすように言う。

 まあ色々とやり方はあるんだろう……聞かない方がいいらしい。


「これで……収まるんですかね」

「大丈夫ですよ……各方面に手をまわしてありますからね。抜かりはありません」


 木次谷さんが意味ありげな口調で言う。何をしたんだろうか。


「それに、あれほど明確な証拠ですし、録画と違って生放送での失態は隠しようがないですからね……だからこそ生放送にしたんですよ。

あの動画をネットで拡散するように手配もしています。今頃SNSでは騒ぎになっているでしょう」


 木次谷さんがちょっと怖い笑みを浮かべた。さっき見せたのはそれか。


「あと、今日の夜に東京でもう一件、彼等との対談の番組をセットしてあります。勿論彼らは出席しないでしょうから、改めて大々的にさっきの映像を流しておきますよ。

所属大学や関係機関にも魔討士協会の名前で厳重に抗議します。まあ学者としては終わりでしょうね」


 木次谷さんが温和な口調で言うけど……容赦なさすぎる。口調が温和な分、逆に恐ろしい。

 とはいえ、あいつらが漆師葉さんにしたこととかを考えれば、同情する気にもならないけど。


「ああいう連中はメディアの使い方が上手いですが、同じ手で反撃されることは想定していないんですよね。なんともわきが甘い。

それに、逆恨みして後で何をするか分かりませんしね。厄介な敵は一太刀目で確実に息の根を止める。それは交渉事でもダンジョンの中の戦闘でも変わりませんよ」


 木次谷さんが言う。

 宗方さんは頷いているけど、僕の横で伊達さんがちょっと引いたって感じの乾いた笑みを浮かべていた

 優しそうに見えるけど……意外に怖い人なんだな。



 そして、あの放送があった後。

 夜のニュースから次の日のワイドショーまで、今までの北林の話に上書きするように、あの日の映像が繰り返し流れた。

 そして、次の日には何もかもなかったかのようにこの話は消えていた。


 代わりに朝のニュースから、伊達さんの会社が仙台のダンジョンを攻略したニュースが大きく取り上げられた。

 その翌日、仙台市役所で簡単に祝勝のセレモニーがあって、僕の仕事も終わった。


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