第122話 7日目・僕の知らない所で起きていること・下

 風がダンジョンの狭い通路を吹き抜けていった。

 グイユウが地面に倒れたまま動かない……威力は絞ったから死んではいないだろう。頑丈そうだし。


「今のは……一体」


 暫くして、グイユウが顔を上げて僕を見た。

 ……普通は初見なら当たるよな。あれを躱す宗方さんが変だと思う。


「これで終わりでいいよね」


 そう言うとグイユウが頭を振りながら立ち上がって頷いた。


「さすが大風老師ダイフォンラオシィ……俺の負けだ」


 シューフェンもだけど、こいつらは相手の強さはすんなり認めるな。

 真っ向から斬り合わずに風を使って倒してしまったわけで、彼としては不本意だと思うけど。

 この辺は潔いというか、負け惜しみを言わないのは好感が持てる。


「だが、お前の風はこの程度ではないだろう……加減したのか?」


 グイユウが鋭い目で僕を睨んで言った。


「侮辱する気はない。勘違いしないで。ここで僕とあんたが殺し合っても誰の得にもならない」


 グイユウがどう思うかは分からないし、こいつらの流儀には反するかもしれない。

 でも、僕としては恨みもない人を切る気は無いし、お互い怪我をしないように治めるならこれが一番だったと思う。


「……それにここで僕が切られても貴方が切られてもフェンウェイさんが悲しむでしょ。守るべき花を泣かせていいの?」


 そういうと、グイユウが衝撃を受けたって顔をしてうなだれた。


「あのわずかな間でフェンウェイ様の心にまで思いを巡らし……俺を傷つけないやり方で退けたのか」


 グイユウががっくりと膝をつく。


「……その武勇に心意気、シューフェン公が認めただけある。さすが大風老師ダイフォンラオシィ……完敗だ」


 偉く大袈裟な感じでいってグイユウが立ち上がった。

 正直言ってそこまで色々考えていたわけではないんだけど……なんか思い込みが激しそうなタイプだな。


 シューフェンもフェンウェイも相当マイペースと言うか押しが強いというかタイプだったけど、文化の差なんだろうか。

 そして、どうやら僕には勝手なあだ名がついているらしい。

 

 シューフェンほどの速さは無かったからよかった。

 こっちの風に慣れられて斧の間合いに入られたらこんな風には行かなかっただろう。

 この場でどっちが怪我をしても意味がないわけで、とりあえずお互い怪我無く終わってよかった。

 それに鎮定を人を切るのには使いたくない。



「ところでこのライフコアはどうするんです?」


 アルラウネのライフコアはまだ床に転がったままだ。


「お前らが不要というなら俺がもらい受けたい……我が部下の墓前に捧げたい」


 グイユウが言う。

 そういえば部下が倒されたとか言っていたな。


「どうなんです?」

「まあ、我々としてはダンジョンマスターが倒されてダンジョンが消えれば問題は無い、と思う。それにちょうどそこにも一つ残っているし」


 四宮さんが地面を指さす。

 言われてみると、アルラウネがいたところの後ろにはもう一つ大きめのライフコアが残っていた。

 あれはクレイゴーレムの分なんだろうか。

 

 赤と黒がまだらのように混ざったダンジョンの壁にノイズが混じるように揺らぎが出てきた。

 ぎしぎしと何かが軋むような音がする。ダンジョンが崩れそうだ。グイユウが周りを見た。

 

「此度の助力、感謝する。卿らとくつわを並べて戦えたこと、我が戦歴の誇りとしたい。

剣士殿、堅牢なる剣技は見事。そして味方をかばう勇は武人の鏡。

道術師殿、千の弩にも勝る道術の力、侮りがたし。我が蒙を啓いてくれた。

そして女傑殿、華の美と武人の威を兼ね備える姿、並ぶものなく例える言葉なし」


 斧を傍らに置いてグイユウが詩を詠むように朗々と言う。

 今までのラフな口調とはだいぶ違うな。最後にグイユウが僕の方を見た。


「……婚儀まではまだ間があると聞く。俺は武を磨きあの方に相応しきものとなる。

必ずや次はお前を倒す。そしてあの方に我が想いを告げる」


 グイユウの口調が元に戻った……なぜ僕に対してだけそうなる。

 グイユウが来た方を振り返ってアルラウネのコアを拾い上げた。


「そして、異界の武人たちよ。

后種フョンシューはいずれお前らの国にも現れるであろう、備えを怠るな」


 そう言ってグイユウがダンジョンの奥にもどっていった。

 あっちの方に向こうの世界とのつながりがあるんだろうな。


 もう一つ残ったクレイゴーレムのライフコアを拾う。

 勝ったのは良かった。ダンジョンは攻略出来た。これで伊達さんとしても会社としても文句なしだろう。

 ただ、色々と不味いことになってる気がする……僕のせいではないんだけど。


「さあ、引き揚げましょう。勝ててよかったですね」


 できる限り普通っぽく言っては見たけど、三人ともがごまかされるかって感じで僕を見ていた。


「アンタって本当にお人好しよね……ってそれはまあいいわ、聞きたいことが一杯あるわよ、片岡」

「ああ、その通りだ」


「片岡……フェンウェイって誰なのよ」

「そうだ。彼は一体何なんだ?知り合いだった、というか、君はあいつらのことを知っていたのか?」


「それにあの球根みたい魔獣はなによ。知性がある魔獣なんて聞いたこともないわ」

「あれ、獣人?でしたよね。もしかしてダンジョンの向こうには別の世界があるんですか?これは夢が広がるなぁ。猫耳美少女とかいたりするんですか?」


 三人が堰を切ったように話し始める……どこまで説明していいものやら。

 


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