第121話 7日目・僕の知らない所で起きていること・上 

 アルラウネの姿が消えてライフコアが残された。ダンジョンが崩れるかと思ったけど、特にその気配はない。

 本来のダンジョンマスターというか、クレイゴーレムの気配もない。あのアルラウネに倒されたんだろうか。


 熊男の方も特に動じた様子はないし、姿が消えたりもしない。ダンジョンが崩れないのは、こいつらの世界とつながっているからかな。

 そんなことよりも。

 

「大丈夫ですか?」


 地面に倒れたままの四宮さんに駆け寄る。

 抱き起すと苦し気な息遣いが漏れた。ワイシャツとコートに真っ赤なシミができている。

 ダンジョンの事は今はいい。一刻も早く帰らないと。


「これを傷に塗れ」


 熊男が腰に下げた瓶を渡してくれた。

 蓋を開けると、ドロッとした液体が出てくる。青臭い草のような匂いが漂った。なんだこれ?


「赤熊の脂に阿片と薬草を混ぜ込んだ我が家秘伝の傷薬だ。その程度ならこれでなんとかなる」


 そう言いながら熊男が自分の傷にそれを塗り付ける。

 これは……ポーション的なものなのかどうなのか。


「誰であれ后種フョンシューと戦う戦士は我が同胞だ。信じろ」


 疑わし気な目で見る漆師葉さんを一瞥して熊男が言う。

 ここで毒を渡す意味はないか。棘を抜いて粘液を腹と肩の傷跡に塗り込む。


 どうなるかと思ったけど、棘で空いた穴があっという間に埋まっていって血が止まった。

 四宮さんの乱れた息遣いが収まる。漆師葉さんと出水さんが安心したようにため息をついた。

 四宮さんが傷口を訝しげに撫でる。


「大丈夫ですか?」

「ああ……痛みはほとんどない……これはすごいな。少し分けてほしいくらいだ」


 四宮さんが頷いて言う。服が血まみれのままだから結構シュールな光景だ。顔色はまだあまり良くないけど。

 しかし、これは便利だな……ちょっと見直した。


「ありがとう、助かった」


 そう言うと、熊男が僕を睨んだ。なんだ?


「お前のことは知っているぞ、大風老師ダイフォンラオシィ……そう、カタオカ、そうだな」

「そうだけど……なんで知ってるの?」


「聞くが良い。我が名はグイユウ。皇帝陛下に仕え都の北天門の守護を担う、赤熊右衛の第三火師なり」


 高らかに熊男……グイユウと言う名前らしい……が言って僕に向かって斧を構えた。


「お前に決闘を申し込む。戦士として請けてもらいたい」



 グイユウが言うけど。

 ついさっき会った異世界の熊男に決闘を申し込まれる理由が分からない。


「お前の武勇は見事だった。

音に聞こえた風使い、大風老師ダイフォンラオシィ、その剣舞けんばいに偽りなし。お前がいなければあいつを倒すことはできなかっただろう」


 斧をこっちの向けたままグイユウが言う。


「だがこの機会、逃すわけには行かぬ。ここで会ったは我が帝のお導き」


「いったい何のことだかさっぱり分からないんだけど……何言ってんの?」

「とぼけるな、白狼左衛旅帥、シューフェン公の妹……あの麗しき白き牡丹のような姫君、フェンウェイ様を娶るという話ではないか。知らぬとは言わさん!」


 デカい体そのままの野太い声でグイユウが言う。

 何のことかと思ったけど……あの新宿の道場であったシューフェンの妹さんか。


「婚儀の準備も進んでいると聞くぞ」


「ちょっと!片岡!何よそれ」

「ちょっと待て。なんだそりゃ」


 グイユウが言うけど、完全に初耳どころじゃない。 

 

「なんだ、その言い草は。あの方が不満なのか!」

「そう言う話はしてない」

「異界の祖人にあの方を渡すわけにはいかん。お前より俺の方が強いことを示し、あの方に今一度婚儀を願い出る」


 一体ソルヴェリアとやらで何をやっているんだ。

 当事者を無視して先走るのは止めてくれ。


「俺はあの方に惚れている……俺こそが四海で唯一人のあの花を守る者でありたい」


 真剣な口調でグイユウが言う。


「だからこそお前と戦いお前より強いことを証明しなくはならん……武人の情けがあらば、この決闘、受けてもらいたい」

「その誰かの取り合いでここで決闘してどうすんのよ。それにそんなので切りあったら死ぬじゃない。バカじゃないの?」


 漆師葉さんが言う。

 グイユウが黙って腰に下げていた革の鞘を斧の刃にかぶせた。


「僕は降りるっていうのだめなの?」

「それでは意味がない。我が国の習いだ。男が華に想いを告げるにはそれを守るにふさわしき強さを証明しなくてはならない」


 グイユウが真剣な顔で言う。

 面倒だしソルヴェリアの習慣に付き合う理由もないけど。


 でもなんというか、真剣にフェンウェイさんのことが好きなのは伝わってきた。

 ……真面目に相手しないといけないか。


「いいよ」

「ちょっと!片岡!」


 漆師葉さんが抗議するように言うけど。


「あんた、お人好しすぎるわよ!バカじゃないの?」

「受けてくれて感謝する、大風老師ダイフォンラオシィ


 グイユウが一礼してバカでかい斧を上段に構えた。

 革の鞘をかけてくれたとは言っても、僕の身長より長いあの斧で殴られれば骨折くらいはするだろうし、下手すれば死にかねない。


「僕の刀に鞘は無いんだけど」

「構わん。あの方のため、力及ばず死するとしても後悔はない」


 グイユウが言うけど、はいそうですか、と切るわけにもいかない。

 かといって、接近戦で峰撃ちにする手加減するほどの余裕はないし、そんな簡単な相手じゃないのはさっきの戦いを見て分かった。

 バカでかい斧を振り回す筋力、そして巨体だけど見た目よりかなり速い。


 ……となればやることは一つか。鎮定を正眼に構えて、五歩ほどの距離をとって向き合う。

 グイユウが斧を引き絞るように構えた。

 黒い髭と髪に縁どられた顔には真剣な表情が浮かんでいて、小さめの目が僕を挑むようにまっすぐ見ている。

  

「……そういえば、一つ聞いていい?」

「なんだ?」


「何歳なの?」


 がっしりした見上げるような巨体に、顔の下半分を覆う黒い髭。

 見た目的にはフェンウェイより結構年上に見えるんだけど……その辺はいいんだろうか。

 気が抜けたって顔でグイユウが僕を見た。


「21だ。それがどうかしたか?」

「ええ?僕より若いんですか?」


 出水さんの驚いたような声が聞こえる。僕も同感だ。

 かなり年上に見えたけど若かったシューフェンもだけど、年の取り方が違うんだろうか。

 何を言っているんだか分からないって顔で、グイユウが首を振った。


「それで終わりなら……誰か、開始の合図を願いたい」


 グイユウが言う。

 心配そうな顔で四宮さん達が僕を見る。うなづいて返した。


「では……試合開始!」



「いくぞ!」


 グイユウが大声で叫んで斧を振り上げた。

 こっちは地面を蹴って後ろに飛ぶ。


「一刀、薪風、薙舞なぎまい!」


 足元に風が巻き起こって体が浮いた。

 風に乗ってグイユウとの距離が一気に開く。初手で下がるなんて、師匠には怒られそうだけど。


「させんぞ!」


 意図を察したのか、グイユウがまっすぐ距離を詰めてくる。

 巨体の割に速い。でもこの距離ならこっちの方が先手だ。

 風を落とすなら、適当ではなくしっかり狙って。宗方さんに言われたのを思い出す。


「一刀、破矢風!天槌」


 頭の中でイメージを描いて刀を振り下ろす。

 正面から風が飛んでくると思ったのか、グイユウが斧を薙ぐように振り回した。でもそっちじゃない。風の塊が空中から降り注ぐ。


 一発目と二発目が踏み込みの先に落ちた。グイユウがつんのめるように姿勢を崩す。

 足が止まったところで頭上から3発目と4発目が命中してグイユウが地面に潰れるように倒れた。


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