第112話 2日目・それぞれの思い・下
四宮さんの先導で透明の屋根がかかったアーケード街を抜けた。
人通りが多くて道も広い。駅にも近いし仙台の中心街なんだろうって感じがする。
連れていかれたのは、アーケードの外れにある牛タン専門店という看板と店頭の赤い大きな提灯が目立つ店だった。仙台には初めて来たけど、牛タンが名物なのは僕も知っている。
暖簾をくぐって四宮さんが入っていく。
まだ開店したばかりなのか、あまりお客さんはいない。
四宮さんが気軽な感じで店員さんと話すと、すぐに座敷の奥の席に案内してもらえた。
仕切りが付いていて、個室風だ。
メニューを見て手際よく四宮さんが注文する。店員さんとも顔見知りっぽいし、もしかしたらよく来ているのかもしれない。
少し待っていると、焼いた牛タンを乗せた丸い皿が次々と運ばれてきた。塩や味噌のいい香りが漂う。
「今日はもちろん俺のおごりだ。食べてくれ」
「ありがとうございます」
こういう場面では遠慮はいらないかな。
牛タンを一口かじる。厚みがあるのに柔らかくてなんとも美味しい。炭の香りがして香ばしいな。
「なかなかいいだろう?」
「ええ、美味しいです」
結構長く戦っていたからお腹が空いていた。
四宮さんも同じだったのか、しばらくは二人とも食べるのに集中していて、出てきた皿があらかた開いたところでようやく一息ついた。
「改めて、来てくれてありがとう、片岡君」
追加を注文して四宮さんが改まった口調で言う。
「というと?」
「君を呼んだのは俺なんだよ……正確に言うと、前衛の相棒を欲しいといったんだけど、まさか高校生最強の一角が来てくれるとは思わなかった」
「そうなんですね」
他にも前衛のメンバーがいるのになんで呼ばれたのか、と言うのが少し疑問だったんだけど。
そう言う事情だったのか。
「俺は恥ずかしながらあまりダンジョンマスターとの戦闘経験がないんだよ。だから、そういう人を希望したんだ。君はあるんだろう?」
四宮さんが聞いてくる。
多分このダンジョンマスターというのは定着したダンジョンのダンジョンマスターのことっぽい。
「ええ、三回ほど」
銀座のダンジョン、学校での戦い、それにこの間の倉庫での戦い……思いかえすと結構戦っているな。
八王子のミノタウロスは宗片さんが一人で倒してしまったからノーカウントだろう。
「実は俺はね、一年前にあの社長にスカウトされて会社を辞めて専業魔討士に転職したんだ。
仕事を辞めて専業になるってのはけっこう勇気がいるんだよ。俺には妻と子供もいるからね」
四宮さんが言う。
家族持ちの魔討士なのか。今までいろんな魔討士に会って年上の人も居たけど、家族持ちの人はいなかった気がする。
「だから、俺としては結構大事なんだ、この戦いは。
このダンジョン攻略が上手く成功すれば、東北のあちこちのダンジョンの討伐の依頼が来るだろうからね」
「なるほど」
「そういうことで。宜しく頼むよ、片岡君。俺も勿論全力を尽くすが、頼りにしてるんだ」
そういって四宮さんが深々と頭を下げてくれた。
伊達さんはダンジョン攻略をビジネスとして成立させたい、と言っていた。
これを成功させて、どんどん手を広げていきたいんだろうな。
「ところで……一本吸っていいかな?」
四宮さんがスーツの内ポケットからオレンジ色の紙のケースを取り出した。
煙草かな?
「ええ、いいですよ」
父さんが煙草を吸うから、個人的にはあまり抵抗はない。
ただ、絵麻や朱音は好きじゃないらしく、家では庭でひっそり吸っている。今は吸う場所が少ない、といって愚痴ってるのを聞いたことがあるな。
四宮さんが茶色の細い煙草に、洒落た銀色のライターで火をつけて、煙をふうっと吐き出した。
父さんが吸うちょっと鼻を突く煙草の香りじゃなくて、不思議なお香のような香りだ。
「細巻きだよ、悪くない香りだろ?これが俺の唯一の贅沢でね。パパは大変なんだよ」
◆
その後に追加の料理が出てきた。
サラダに、ゆでた柔らかいタン、それにごはんまで一通り頂いて、十分に満腹になった。
あんまり牛タンを食べる機会は無かったんだけど、わざわざ連れてきてくれただけあって美味しい。
いつの間にか時間がたってお客さんも増えてきた。
四宮さんは静かに細巻きを吹かしながら、焼いたタンをつまんでいる。
「一つ聞いていいですか?」
「何でも聞いてくれ」
「あの能力なら……もっと攻撃にも出れるんじゃないですか?」
この人の能力は今日見た感じだと剣の軌道に魔力の斬撃を残すものっぽい。多分三田ケ谷の能力に近い気がする。
でも、割と攻撃的というか前に出たがりの三田ケ谷と違って、四宮さんは受けに徹していて自分からは殆ど攻撃には出なかった。
「多分……それをやっていたら俺はアタックチームに選ばれてないだろうね」
四宮さんが言う。
「もし、俺がソロで魔討士をやるなら、もっと攻撃的に戦うと思う。
でもこの会社には俺より攻撃向きのメンバーがいるからね。なら、彼らを守って活かす方がいい。自分のランクを上げるより、組織の中で役割を果たす方が役に立てる……それを社長は評価してくれた」
四宮さんがもう一本の煙草、というか細巻きに火をつけて僕を見た。
「片岡君……君は自分がどこまでいけるか、考えたことがあるかい?」
「いえ……あんまり」
「俺はよく考えるよ。この年になるとね。そして、俺にはわかるんだ。俺はそんなにはランクは上げられないだろうなってね」
そう言って四宮さんが静かに言う。
二つ隣の席から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「例えば……君に俺が勝てると思うかい?」
今日見た感じだと……悪いけど勝ちに徹して風で間を取れば負けることはないだろうとは思う。
接近戦なら分からないけど。
「命がけで功績点を稼ぎに行けば上に上がれるかもしれないが……俺は死にたくない。会社のために全力で戦うが命はかけたくない、英雄にもなろうとも思わない。
ダンジョンで死にたくは無いんだ。死ぬときは……嫁と娘に看取られたい」
静かな口調で四宮さんが言う。
戦っている時、死を意識しないかといえば、無いとは言えない。ただ、現実感はあまり無い。
根拠は無いけど自分は大丈夫だという気持ちもある。
「壁を破って例えば6位より上に上がれるのは本当に特別な奴だけだ。剣に選ばれたもの。君のようなね。
そしてうちにもその候補がいるのは分かるだろ?」
「ええ」
漆師葉さんの事だろう。
あの能力は、風で相手を斬る僕の能力とは少し違う。切り口を見た感じ、影にその部分を取り込んで切断しているっぽい。
硬そうなゴーレムでもやすやすと切り裂いていた。
風の壁を立てて防御するようなことはできないっぽいから、かなり攻撃に偏っているけど。間合いも長いし、地面を影が伸びていくから射線も通しやすい。
あの能力は相当なものだと思う。
「我が社の我儘お姫様。あの子も恐らく6位の壁を破れる逸材だ。だから俺は彼女を守る役割を選んだ。
それにこれは俺のためでもある。俺がこの会社で長く戦うためには強い戦力が必要だからね。
それにあの子はどうもね……強引に前に行き過ぎる。俺が前衛に居て蓋をしている方が安全だ」
四宮さんが言う。
確かに今日は中衛で影の刃で攻撃していたけど、何度か前に出て影を纏わせたサーベルでゴーレムを斬っていた。
甲類らしく接近戦も出来る、と見せたかったんだろうけど。
ただ、思い切りが良いのはさておき、後ろから見ていると足さばきが危なっかしくて冷や冷やした、というのが正直な所だ。
まあ、普段見ている剣士が師匠とか宗片さんだから、そう思うのかもしれない。
「誰だって目立ちたい。ランクを上げたい。そう思う。
だが強い個人が集まるだけでは、チームは、会社は強くなれない。弁えて自分の役割を果たすものも必要だ。それが強いチームを作る……とオッサンは思っているのさ」
「大人ですね」
「国分の言う通り、おっさんだよ。
まあ一応一番年上だからね……頭を使わず戦ってるだけじゃリストラされてしまう」
そう言って四宮さんが細巻きを灰皿に押し付けた。
白い灰がふわっと舞う。
今まで会った人たちはどっちかというと自分のために戦っているって感じの人が多かったけど、この人は家族のために戦っているのか。
机に置かれた四宮さんのスマホの画面には奥さんとお子さんらしき写真が表示されていた。
戦う理由は人それぞれか。
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