第113話 3日目夜・招かざる来訪者

 3日目も同じように宮城野ダンジョンで戦った。

 昨日よりはテレビ局とかも減っている。まあ毎日取材に来ても仕方ないだろうな。


 昨日は個人の能力の見せ合いに近かったけど、今日は連携に重点を置いて戦った。

 完全な攻撃型の漆師葉さんと出水さんが後ろにいるから、僕も四宮さんと同じく防御を中心に立ち回った方がよさそうだ。



 その日の訓練が終わってホテルに戻る道の途中、あまり見たくない顔の二人組がいた。


「片岡君。少しお話させてもらいたいの」


 あの駅にいた女の人だ。カメラマンをしていた男もいる。

 毎日宮城野ダンジョンの前で集団で演説したりしてるから顔くらいは覚える。

 今日は取り巻きはいなくて二人だけらしい。


「時間はあるわね」


 当然って言う口調でその女の人が言う。

 正直言うとこっちは話すことはないし、結構戦って疲れているから早く食事をして休みたい。

 ただ……こいつらが一体どういうつもりなのかは興味がある。



 その女に連れられて、ファミレスの隅のシートに座った。

 

「どうも、片岡水輝です」


 頭を下げつつ言う。一応名乗っておくべきだろう。


「じゃあ、いいかしら?」


 その女の人がそのまま話に入ろうとするけど。


「あの、名前を教えてもらえませんか?」

「なに、私を知らないの?」


 本当に驚いたって感じで、男と顔を見合わせた。


「知りませんよ」

「まったく、困った子ね。私は相武大学教授、北林佐夜子。こっちは助手の勝田よ。

私は魔討士に関する社会学の著書もあるのよ。テレビにも何度も出ているのに」


 知っていて当然、と言う顔で北林さんとやらが言うけど。

 普通は知らないと思う。


「高校生も色々忙しいんですよ」

 

 お前の事なんて知ったことじゃない、と言わない程度に理性はある……なんかもう帰りたくなってきたな。

 ウェイトレスさんがコーヒーを運んできてくれる。


「それで、話と言うのは何ですか?」

「そうね、単刀直入に言うわ。今のあのダンジョンの攻略から降りてもらいたいの」


「……なんでです?」


 わざわざスカウトされてお金まで貰う以上、そう簡単に降りるのは無責任だろう。

 それに、あの病院の近くなんていう厄介な場所にあるダンジョンを攻略できるのはいいことだと思うけど。


「いい?本来はこういう仕事は国が担うものなのよ。それなのに高校生の貴方たちが戦わされている。

可哀そうに……あなたたちはね、あの伊達に利用されているの、搾取されているのよ」

「はあ……」


「それに、貴方はちょっと活躍してヒーロー気分かもしれないけど、あなたが妙に目立つと貴方に感化されて、同じように利用される子供が増えるのよ。つまり迷惑なの」


 学校の先生のような口調で北林が言う。


「でも、分からないのは仕方ないわ。あなたは子供だからね。被害者なのよ。だから、私たちが正しく導いてあげないといけない。

だからすぐに断りなさい。魔討士とかいういびつな制度も辞退しなさい。これは貴方の為にいってあげているの」

「はあ」


「あの漆師葉さんとかいう子もそうよ。可哀そうに。

あんな足を出したはしたない性的な格好をさせられて、見世物みたいにさせられているのよ。女性をあんな風に使うなんて差別だわ」


 漆師葉さんの隊服のことを言ってるんだろう。

 まあ確かにあのミニスカとかはやりすぎ感あるけど。


「あなたも自覚しなさい」

「いや、あれは多分自分で好きにやってると思いますよ」


 あれはどう見てもやらされてる感じじゃないと思う。


「分かってないわね、そもそも……」


 そういって北林が演説をし始めた。

 色々と話しているけど……グダグダ長々としていて要領がつかみにくい話だな


「……とにかく、貴方たち高校生が戦わされていることも含め、今の制度には重大な問題が多数あるわ」

「いや、僕らは無理やり戦わされてはいませんけど」


 ようやく口を挟めた。

 魔討士協会は魔討士に戦うことを強要はしない。

 この点は一貫していて、能力を持っていても戦うも戦わないは自由だ。

 僕も戦わされているわけじゃない。


 登録しているのに逃げてばかりだとライセンスを剥奪される時もあるけど、それこそ真っ先に野良ダンジョンから逃げるとかしない限りはそんなこともない


 訓練施設はあるけど、戦い方も特になにも指示はされない。

 でも、今回このチームに参加して思ったけど、だからこそ魔討士は集団で組織的に効率的に戦うってことができてないんだろうな。


「分かっていないわね、それは……」


 言い返したけど、また北林が話し始めた。僕の言ってること聞いてたのかな。

 3分ほど長々と一方的にしゃべってようやく話が終わった。



 好き勝手喋って、ようやく北林が静かになった。話が一区切りついたらしい。長すぎて既に最初の内容を忘れそうだ。

 コーヒーを飲むとずいぶん温くなっていた。


「で、あなたは一体どうしたいんです?」


 正直言うともううんざりなんだけど。


「今の魔討士の制度は直ちに解体して、適切な制度を作る必要があるわね。間違ったものは放置できないわ」

「でも今の魔討士が皆を守ってるわけでしょ」


 高校生が魔討士として戦うのはまああまりいい顔はされないのは知っている。うちの親もきっとそうだろう。

 ただ、年が若い方が能力に目覚めやすい傾向もあるようで高校生や大学生の魔討士はかなり多い。

 そして、今の時点でも魔討士の頭数は足りていない。


「魔討士が戦わなかったら、ダンジョンはどうするんです?」

「自衛隊がやればいいんじゃないかしら。

それに、私たちは有識者として社会の間違ったことを指摘するのが仕事よ」


 当たり前って顔で北林が言って、横で勝田が相槌を打つ。

 偉そうに言っているけど、何もしてないも同然だな。


 そもそも自衛隊が出来れば苦労しない。

 ダンジョンの魔獣には自衛隊とかの武器、普通の銃とかが通じない。だから魔討士が戦っている。

 風鞍さんのように自衛隊にも魔討士部隊はあるようだけど。


 今の制度が完璧なのか、僕には分からない。

 ただ……友達が亡くなったと言っていた伊勢田さんのことを思い出す。

 理想で人が救えるならいいけど、実際は誰かが戦わないといけない。


「それにね、見なさい、これを」


 北林がスマホの画面を見せてくれる。SNSの画面が映っていた。

 魔討士協会の改革を、高校生を戦場に送るな、とかいうハッシュタグ付きの投稿だ。それなりにハートマークがついてる。

 どうやら写真は宮城野ダンジョンの前っぽいな。写真には緑の隊服を着た僕等が映ってる


「で、これがどうかしたんですか?」

「ヒーロー気取りかもしれないけど、貴方たちは自分が思うほど皆に支持されていないのよ。むしろ嫌われているの。分かる?」


 スマホの画面をスクロールさせながら北林が僕を見て勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「でもね……私は分かっているのよ。貴方は賢いわ、片岡君。私が言っていることが正しいとことが分かるはずよ」


 北林が猫なで声で言ってテーブルの上で僕の手を取ろうとしたけど。とっさに手を引いた。

 嘘を言ってるとかじゃなくて、単に口だけでそう言っているってのを感じる。あからさまに気持ちが籠っていない、白々しい口調だ。


 どうやって席を立とうか。

 考えつつしばらく黙っていると、北林が不快気に舌打ちした。


「まったく子供はこれだから困るわね。あの漆師葉といい、あなたといい、これだけ言っても搾取されている自覚が無いの。助けてあげると言ってるのに。

ならはっきり言ってあげるわ。間違ったことはやめなさい、と言っているのよ。いい、やめなさい」

「あなたの言うことを聞く必要を感じませんね。もういいですか?」


 もう聞く価値は無さそうだな。カップに残っているコーヒーを飲む。

 北林が不快そうに顔をゆがめて僕を睨んだ。

 

「口の利き方に気をつけなさい。高校生のくせに」

「そっくりそのまま返しますよ、命令口調はやめてくれませんかね」


 何が正しいか、どうするかは自分で決めることだ。それは高校生でも大人でも関係ない。

 父さんや母さんなら兎も角、こいつに指図されるいわれはない。


「困った子ねぇ……お金が欲しいの?なら払ってあげてもいいわよ」 

「あのね……僕等を……魔討士を舐めるなよ」


 風鞍さんのセリフじゃないけど、魔獣の前に立つのは恐ろしい。

 金を目的に戦う人もいる。多分四宮さんもそうかもいれない。

 だけど、金の為だけに戦うことはできないと思う。僕らは目的は違っても、自分の意志で戦っている。


「おい」


 帰ろうとしたけど、勝田が立ち上がって通路を塞ごうとしてきた。

 緊張感に気付いたのか、ウェイトレスさんが堅い表情で僕等を見ているのが見える。


「どいてくれます?」

「高校生だからと言って優しくしてやれば、あまり調子に……」

「……やめなさい、勝田」


 北林が静かに言って手でどくように示す。勝田が不満そうに道を譲った。

 

「せっかく教えてあげたのに、分からないなんて、残念だわ」


 北林が言うのを無視して店を出た。

 








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