第114話 5日目・野良ダンジョン遭遇戦

 仙台の5日目。昨日も今日もダンジョンで連携の確認をした。

 今日は昨日と趣を変えて、伊達さんの指示で編成を変えてサポートチームのメンバーが入ったり、隊列を変えたりしている。

 今回の戦闘で必要というよりむしろ、伊達さんのデータ取りっぽいな。

 

 教えてもらったけど、このダンジョンのダンジョンマスターはクレイゴーレム。

 昨日戦った泥人形のようなゴーレムのさらに大きい奴なんだそうで、大きくしぶとい長期戦は必至の相手であるらしい。


 攻撃方法は大きい拳でのパンチや昨日のような重い泥の塊を撒き散らすというもの。

 泥の塊、と言うと大した事無さそうにも感じるけど、車を押しつぶすくらいの重量はあるんだそうだ。


 となると、やっぱり僕も防御優先の方が良いだろう。

 ただ、後ろをカバーする戦いは檜村さんと組んでいる時と同じだからやりやすい。

 今回は四宮さんもいるし。

 


 今日の訓練を終えた帰りのバスの中。

 行きかえりは会社が小型のバスを出してくれるんだけど、その帰りに不意にスマートフォンが警告を鳴らした。

 周りのみんなのスマホも同じように警告音を鳴らす。


『近隣でダンジョンが発生しました!』

『支援可能な魔討士は援護に向かってください』

 

 スマートフォンの画面に地図が表示される。まだ仙台の地理は分からないんだけど……すぐそばらしい。 


「みんな、戦闘準備を!」


 伊達さんが言う。 

 バスが加速して交差点を曲がった。少し疲れているけど、そんなこと言ってる場合じゃないな。



 暫く走って、広い道の途中でバスが止まった。

 窓の向こうに赤い光が見える。大通りの真ん中に陣取るようにダンジョンが発生しているらしい。


 まだ少し離れているけど、夕方の人通りの多い時間のせいか、ダンジョンの方から人が逃げてくる人が多い。

 悲鳴とか避難を呼びかける警察の人の声が混ざり合っている。

 これ以上は近づけないか。


「みんな!私に続きなさい!」


 漆師葉さんが車を飛び降りて真っ直ぐ野良ダンジョンに向かっていく。

 赤い光が未知の周りのコンビニやビルを包んで、切り立った煉瓦の壁の遺跡の中のように見える。

 道の真ん中に立つ街路樹が赤い光に覆われて柱のようになっていた。


 ダンジョン内には人間の大人くらいの泥のゴーレムがぞろぞろと湧き出していた。

 その奥で赤い地面が隆起するように盛り上がる。ダンジョンマスターらしき大きな奴が姿を現した。

 

「みんな!あたしたちが来たらからには安心しなさい!」


 大声で叫びながら漆師葉さんが走る。歓声が上がって人垣が割れた。

 ダンジョンに入ってすぐに漆師葉さんの手に黒いサーベルが現れる。

 逃げてきた人に押されて小さな女の子が転んだ。お母さんらしき人が慌てて抱き起そうとする。そのすぐ後ろにゴーレム。

 

「ブラックローズ!」


 足元の影から刃のように尖った黒い槍が飛び出した。槍がクレイゴーレムを貫く。

 女の子をお母さんが抱き起した。そのお母さんたちや追われていた人たちが境界に向けて走ってくる。


「片岡!遅いわよ!」


 漆師葉さんがこっちを振り返りながら言う。

 

「そんなことより前見て!前!」


 切り残したゴーレムが迫ってきている。

 四宮さんがいう通り、放っておくと真っ先に突撃しかねないタイプかもなしれない。

 走ってダンジョンの境界を超えた。魔素フロギストンを感じる、ダンジョンの中の空気だ。 


「来い!鎮定!」


 声と同時に鎮定が手の中に現れた。

 クレイゴーレムが泥をまきちらしながらゾンビのように距離を詰めてくるけど。


「一刀!薪風!」


 刀を振る。風の壁が立ち上がってクレイゴーレムを捉えた。ゴーレムたちがバタバタと倒れる。

 小型だから足止めくらいは楽なもんだな。


 ゴーレムの足が止まった所を前衛組がまっすぐに突進していった。

 一部が逃げてくる人たちを手際よく誘導して、一部がにじり寄ってくるゴーレムを止める。

 かなり手慣れたというか、誰も指示を出していないのに連携がきちんとしている。やるな。


「【この旗のもとに集う戦士たちに武運と加護よ在れ。一人も欠けることなく我が元に戻らんことを、我、希うものなり】」


 白い光が体を覆った。体が軽くなった気がする。横を見る四宮さんとかにも同じようになってた。なんだこれ。

 後ろで伊達さんが祈るように目を閉じているのが見えた。あの人の能力なんだろうか。


 前衛が次々と小型のゴーレムを切り倒す。あっという間に残るはダンジョンマスターだけになった。

 3メートル以上はありそうな巨大なクレイゴーレムだ。

 宮城野のダンジョンマスターもこんな感じなんだろうか。


 クレイゴーレムが威嚇するように巨大な手で地面を叩いた。地響きが鳴って拳を受けた車が潰れる。

 丸太のような腕を振り回すと重い風切り音がして、拳が岩壁のようになったビルにぶち当たった。砕けたコンクリートの破片が飛び散る。


 振り回した手から飛んだ泥の塊を受けて、赤い光に包まれた街路樹がへし折れた。

 なんてパワーだ。


「無理するな、下がれ!」


 四宮さんが叫んで距離を詰めていた前衛組が一歩下がる。


「一刀!破矢風!」

「ブラックローズ!」


 風の斬撃と漆師葉さんの影がクレイゴーレムを切り裂く。でも泥のような体がまた元に戻っていった。 

 周りから魔法が飛んで、魔法を食らったクレイゴーレムが後ずさりする。多少はダメージあるっぽいけど、決定打にはなってないな。

 身じろぎして落ちた泥の中から、また小型のゴーレムが次々と立ち上がった。


「キリが無いぞ」

「片岡、小さいのを止めて」


 漆師葉さんが言ってサーベルを顔の前で立てて目を閉じる。


「了解。一刀!薪風!旋凪」

「こんどこそ止めよ!ホワイトジェイティン!」


 漆師葉さんがサーベルの切っ先をダンジョンマスターを向ける。足元の影が赤い地面を伸びて、倒れていたゴーレムの下をそのまますり抜けた。

 ダンジョンマスターの前で地面から黒い影が立ち上がる。

 刃と言うより壁のような影がまっすぐにゴーレムを両断した。



 真ん中で真っ二つになったゴーレムが左右に倒れて崩れる。

 暫く地面の上でじたばたと蠢いていたけど、ゴーレムの姿が崩れて消えてライフコアが残された。

 終わったか。 

 

「どう?」


 ゲームの勝ちポーズのようにサーベルを二度三度と振って漆師葉さんがドヤ顔する。

 あれを真っ二つにするとは……確かに凄い威力だな。


 ゴーレムの姿が崩れてすぐに、周りを覆っていた赤いダンジョンの光が砕けるように消えた。

 元の風景が戻ってくる。あちこちで車が壊れたり街路樹が折れたりしてはいるけど。

 同時に周りから大歓声が上がった。


「すごい!」

「さすがだぜ!」

「ありがとう!助かった!」


「けが人はいませんか?」

「けが人がいたら此方まで来てください!」


 歓声に交じって警察の人がマイクで呼び掛ける。遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。

 見た感じ、酷いけがをした人はいなさそうだな。


「ふん、私たちの力をすれば難しいことではないわね。大したことない相手だったわ」

「しかし……大人気だね」


 本当は嫌われているとか、不満を持っている人も多いとか北林が言ってたけど。

 あいつらが言ってたことと全然違うな。周りから拍手と歓声、それとギルドの名前のコールが起きている。

 団員のみんなが手を振って声援にこたえていた。こういうのはやっぱりうれしいもんだな。


「当たり前でしょ、あたし達はみんなのために戦ってるのよ」


 漆師葉さんが当然って顔で言う。


「お姉ちゃん!助けてくれてありがとうございます!」

「本当に……ありがとうございます」


 声を掛けてきたのはさっきのお母さんと女の子だ。

 女の子の方は転んでちょっと顔に擦りむいた跡があるけど、大したこともなさそうでよかった


「無事でよかったわ。お嬢ちゃん、あなたも私みたいに強く、可愛く、格好良くなるのよ」


 そう言って漆師葉さんが女の子と握手しながら言う。


「凄かったですね!ねえ、あなたが噂の5位の片岡君?」

「ありがとうございます、助けてくれて」


 見ていると、僕にも不意に後ろから声が掛かった。

 高校生か中学生か、制服姿のカップルだ。


「ええ、まあ」


「あんたもさ、魔討士の素質あるんでしょ?」

「まあね」


 短めの髪にちょっとふっくらした彼女さんが言って、細身のメガネ姿の彼氏の方が頷く。


「……俺もやってみるかな」

「そうよ。あたしも自慢できるわ」


 二人が楽し気に言いあっていた。 

 まあ無事でよかったな。



 後始末は全部、ギルドのスタッフがやってくれた。

 この辺は楽で有難いな。簡単にミーティングをしてホテルに引き上げたけど。

 

 ホテルに帰ってふと思った。ここ2日ほど檜村さんから連絡が無い。

 毎日アップデイツでメッセージのやり取りはしていたんだけど、それも沈黙している。

 それに、そろそろクリスマスだけど、どうするんだろう。


 電話を掛けてみると、しばらくコール音があって檜村さんが出た。


「こんばんわ」

「ああ……片岡君。どうかしたかい?」


「もう直ぐクリスマスですけど、檜村さんは来ないんですか?」


 電話の向こうで檜村さんが沈黙した。 


「ああ……いや、ちょっとね、課題が長引いていて……行けたら行くよ。連絡する」


 ……電話越しだけど、何か隠していることくらいは分かった。

 檜村さんは基本的にあまり嘘が上手くない。

 でもそれを深入りして聞くのも気が引ける。言いたくないから言わないんだろうし。


「分かりました。何かあったら連絡してくださいね」

「ああ」


 素っ気ない口調で檜村さんが言って、一方的に電話が切れた。

 何があったんだろう。


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