第106話 仙台からのお客さん・下
期末テストも終わった週末。
今日は伊勢田さんからお呼びがかかった。なんでも頼みごとがあるらしい。
動画の撮影をした日以来だったから、家までたどり着けるかちょっと心配だったんだけど、案外覚えてるもので、渋谷駅から松濤のマンションまでたどり着けた。
インターホンを鳴らすとすぐに伊勢田さんが出迎えてくれた
「久しぶりだな、片岡君。活躍は聞いているよ」
「お久しぶりです、伊勢田さん」
伊勢田さんが以前と同じ感じで親し気に笑って中に入れてくれる。
最近のこの人の動画は八王子だけじゃなくて、東京以外のダンジョンのものも配信されるようになってきた。
魔討士の普及活動の一環何だろうな。
グルメツアーみたいな町巡りの動画も配信していて、その動画も随分人気があるらしい。
相変わらず熱心な人だと思う。
奥の部屋、前にピザを食べた部屋は前と同じように大きめのテーブルとソファが置かれているだけの割と簡素な部屋だ。大きめの窓からは明るい昼の日光が差し込んできている。
七瀬さんもいて、軽く会釈してくれた。
そして、今日はもう一人いた。ソファに座っていた人が立ち上がる。すらりとした細身の体の黒いパンツスーツ姿の女の人だ。
この人が多分用事の相手なんだろう。
その人が目を細めて値踏みするように僕を見た。
女の人なのは体形で分かったけど、ちょっと濃いめの眉と鋭い目線の中性的な顔立ちだ。
奇麗な黒髪を真ん中で分けて後ろで短く束ねている。
白い額と清潔な感じのシャツが、ピシッと着こなした黒のスーツと黒髪とできれいにコントラストを描いていた。
落ち着いた感じではあるけど、ふんわりした感じの檜村さんとはまた違った雰囲気だ。
ちょっと冷たさを感じさせる、厳しい教師とかドラマで見るようなキャリアウーマンとかそんな感じっぽい。
「初めまして、片岡さん。私は
その人が見た目そのままの事務的な口調で言って頭を下げてくれた。こっちも頭を下げる。どこかで聞いた名前だな。
その人が緑色の名刺をすっと差し出してきた。
「仙台で魔討士の
緑の名刺の英語のロゴと紋章を見て思い出した。
伊勢田さんが見せてくれた動画に入っていたロゴだ。仙台の魔討士の集団だったかな。
良く見るとスーツの襟にも、名刺と同じ紋章をかたどったバッジがつけられている。
「今日はわざわざご足労くれたこと、感謝します」
礼儀正しい口調だ。
年上の人からこんな風にかしこまって言われると、逆になんとなく気が引けてしまうぞ。
「それで……今日は一体何の用なんでしょうか?」
「これはビジネスの話なので単刀直入に言います。片岡君」
「はい」
「今、私の会社は仙台市から委託を受けて、仙台の宮城野区の定着したダンジョンの攻略を目指しています。
今は詰めの段階なのですが、最期のダンジョンマスターの討伐パーティのメンバーに加わってもらいたいのです」
伊達さんが言う。そういえば動画でそんなこと言っていたな。
ダンジョンマスターとの戦いまで来ているのか。
「そして、戦闘に関する報酬についてですが」
「はい」
「総額50万円を提示します」
◆
報酬という単語に何となく返事してしまったけど、金額を聞いて固まりそうになった。
50万円?
「討伐への参加について30万円を保証します。20万円はダンジョンマスター討伐成功時に。この条件でいかがでしょう」
「そんな大金は……高校生にはちょっと」
頼まれるところまでは予想の範囲内だったけど、お金の話は予想外だ。
「というか、伊勢田さんの紹介なら戦うのは構いませんけど」
「いえ、受け取ってもらわないと困ります」
静かだけどはっきりした口調で伊達さんが言う。
「私はダンジョンの攻略をビジネスとして確立させたいと考えています。この宮城野ダンジョンの攻略はその第一歩目なのです」
そういえばそんな話を伊勢田さんが言っていたな。
「戦いに参加する全ての魔討士に正しい対価を払い、ダンジョン攻略をビジネスとして成り立たせるのが私の目指すものです。
片岡君、あなたの気持は大変ありがたいです。でもそれではだめなんです。腕の立つ……5位の魔討士が安く請けてくれたからたまたま上手くいった、と言われてしまっては意味が無い」
結果的にうまく行けばいいと思うんだけど……そういうもんじゃないらしい。
「檜村さんも一緒に行ってもらっていいですか?」
「それは遠慮してください」
はっきりした口調で伊達さんが拒絶した。
「なんでです?」
「恥ずかしながら丙類4位の魔法使いを雇うと予算をオーバーするので」
「じゃあ僕の取り分減らせばいいのでは?」
そういうと、伊達さんがまた首を振った。
「これは君に払うにふさわしい額と判断しています。高校生2年生にではなく、乙類5位に対してのものとして、です」
素っ気ないというか淡々とした口調だけど……静かな中でも何となく熱意は伝わってきた。
「どうでしょうか?」
「分かりました……返事は少し待ってもらえますか?」
「はい。ただ、少し事情がありまして、返事は早めに頂きたいと思います]
そう言って、伊達さんがまた軽く頭を下げてくれた。
どうやら攻略を急ぐ理由があるっぽいな。
でも、僕も仙台まで行くなら冬休み中でないと難しいからちょうどいいのかもしれない。
◆
伊達さんはそれだけ言って帰っていった。
というか、席を外してくれたんだろう。
「なんか……生真面目な人ですね」
「そうだな。前よりもっとお堅い感じになったな」
伊勢田さんが言う。
動画サイトの印象とかはもっと明るい感じだったけど。でも社長さんなんてのはそんなものなのかもしれない。
「あの人自身は戦えるんですか?」
「丁類の6位だ。能力は詳しくはしらないが」
伊勢田さんが答えてくれた。
丁類の魔討士はかなり能力にばらつきがあって、朱音のような治癒術師も、藤村のような支援特化タイプもそうだし、カタリーナのような武器に魔素を纏わせて戦うタイプも多分丁類になる。
どんな能力なんだろう。
鍛えた感じはなかったから前衛を張るとかそういうのではなさそうだけど。
「まあ……できれば前向きに考えてやってほしい」
「はい」
◆
自分一人では決めきれないので、翌日師匠にも相談しにきたけど。
「いいじゃねぇか……そんなもん即決でいいだろ。何をためらってるんだか分からねえぞ」
練武場で他の人の稽古を眺めている師匠からは予想通りの返事があっさりと戻ってきた。
まあ師匠はそういいそうだとは思っていた。
ただ。
「イマイチ実感がわきません」
50万円という金額もそうだけど。
今までは自分のために戦ってきた。というかこんな風に頼まれて戦うなんていうのは初めてだから、今一つ実感がわかないというのが本当のところなんだけど。
師匠がやれやれって感じで、大げさに首を振った。
「欲のない奴だな、まったく。お前はもっとガツガツしろ。強くなるためには大事なことだぞ。
金を稼ぎたいでもランク上げたいでもいいがな、斯く在りたいという欲こそが人を強くする。明鏡止水だの禅の精神だののお題目で強くなれやしねえよ」
師匠が真顔で言う。相変わらずな人だな。
「それにだ、金額にばかり目が行っているようだがな。
お前に金を払って依頼するってことは、お前の力が欲しいってことだぜ」
師匠が練武場を横目で見ながら言う。
「たとえば、だ。誰かからお前が好きだって言われたらうれしいだろ?」
「まあ……それは確かに」
「あえてお前を選んでいるってことはそういうことだぞ。お前の能力を知ったうえでお前じゃないとダメだと言われてんだ。それはお前が積み上げてきた戦果だろ。もっと誇れ」
確かにそういわれるとそうなのかもしれない。
「ただ、この額ってことは結構大変なのでは?」
この間の話だとダンジョンマスターとの戦闘が確定しているわけだから、そりゃ楽なはずはないけど。
「まあ、そうかもな。だがそれも含めてお前の実力を認めているってことだろ。
それに……依頼されて戦うってことは恐らくお前にとっていい経験になる」
「というと?」
「依頼されて戦うってことは、お前には役割が求められる。ただ戦えばいいってもんじゃない。
誰かのために責任を果たし、皆のためにすべきことをする。そういう環境で戦うことはお前を成長させてくれるはずだ」
一転して真剣な口調で師匠が言う。
「行ってこい。
今後も刀を握るなら、いろんな場数を踏んで、どんな状況でも戦えるようになっておけ」
僕が倒されれば、後ろにいる檜村さんや他の人にも危険が及ぶ。
前に立つものは名誉あるもの、そして責任を負う者。
容易く倒れる壁に花を守る資格はない。
シューフェンや風鞍さんの言葉が思い出される。
しばらくは魔討士として戦うだろう。檜村さんを守りながら。
それならいろんな経験をしておくことは悪くないか。
「それに金があって悪い事は無ぇだろ」
「それはそうですけどね」
そういうと、師匠がにんまりと笑った。
「そういえば、もうすぐクリスマスじゃねぇか……あの魔法使いの姉ちゃんをスイートルームにでも連れ込めばどうだ?高校生だと難しいかもしれないからな、俺が予約を取ってやるぞ」
そう言って師匠が僕の肩を叩く。
真剣そうな雰囲気だったのに、やっぱりこの人は相変わらずだ……どこまで真面目なのかそうじゃないのか、はっきりしてほしい。
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