第102話 その後の顛末~カタリーナとパトリス~ 

 数日後、パトリスから連絡がきた。一度帰国するらしい。

 せっかくの縁だから見送りに来てほしい、というパトリスの言葉を受けて成田空港までわざわざきた。

 何が折角の縁なんだかわからないけど、学校は休みで暇だからまあいいか。


 人影もまばらな昼下がりの空港の隅の方にカタリーナとパトリスがいた。

 傍らのキャリーバッグがいかにも旅行前って感じだな。


「やあ、片岡君。来てくれてありがとう」


 パトリスは今日も白いシャツと紺色のジャケットを完璧に着こなしている。

 ……本当の同じ年なのか?5歳は年上に見える。

 まあ僕には黒人というか外国人の年齢は分かりにくいんだけど。


 カタリーナはベージュのロングコートにブレザーと動きやすそうなパンツ姿だけど、これまた大人びて見える。

 同じ年にはやっぱり見えない。

 

「君のとりなしのおかげで今回の我々の活動は目をつぶってもらえた。魔討士協会と聖堂騎士団テンプルナイツの協力もできるようだよ。感謝する」

「それはよかったね」


とりなし、というほどではないけど。

 絵麻を助ける時に協力してくれたことだけは話した。


 二つの組織間の力学は僕にはわからないけど、情報の共有はあった方が良いと思う。

 ダンジョンの向こう側にはいろんなのがいるんだろうけど、あの蟲と今回の魔素文明の連中は明らかに人間にとっては共通の敵だと思うし、人間同士でいがみ合ったりしても意味はない。


「カタオカ、ちょっといい?」

「なに?」


 カタリーナが声をかけてきたからそっちを向くと、なんか長細いものが放り投げられてきた。

 とっさに受けとるけど。


「……なにこれ?」

「借りてきたのよ。アンタの武器でしょ」


 よく見ると訓練施設でよく使う特殊素材の刀だ。

 カタリーナがキャリーバッグに立てかけていた長い袋から胸くらいまである長さの棒を取り出して僕に突きつけてきた。


「ここで一本勝負ナサイ」

「あのね……此処は空港だけど?」


 今いるのはターミナルで通路の隅だからベンチと案内板が設置されているだけの広い空間だ。

 昼下がりの中途半端な時間だからなのか、あまり周りに人はいない。

 でも売店とかレストランでは食事してる人は居るし、カウンターの中にはスタッフさんの姿も見える。

 

 言ってはみたけど、カタリーナは棒を下ろす気配が無い。

 パトリスが止めてくれないかと思ったけど、彼が申し訳なさそうに首を振った。


「今はプライベートだからね、好きにさせてモラウわよ」


 そういってカタリーナが槍のように棒を構える。


「あのね、ちょっと……」

「問答無用!」



 カタリーナが踏み込んで、短めの棒を振り回してきた。

 反射的に刀で受ける。硬いものがぶつかり合う音が妙に高く響いて、周りの注目が集まるのが分かった。

 ベンチで暇そうにしていた人たちが集まってくる。


「ホラ!どうしたノ!」


 踊るように左右にステップを踏みながら回りながら棒の左右で打ち込んできた。クルクルと棒が目まぐるしく動く。

 握りを長めにとって棒の両側で攻撃してきたかと思ったら、剣のように片側を持って打ち込んでくる。

 刀と槍の中間のような動きだ。 


「やあっ」


 気合の声と同時に棒をまっすぐ構えてカタリーナが突っ込んできた。

 とっさに刀で穂先を受け止める。


「甘い!」


 突き出された棒が巻くように刀を跳ね上げてくる。

 手の中から刀が飛んで、人垣が割れてそこに刀が落ちて弾むのが見えた。


 一瞬目を切った間に、棒で軽く胸を突かれて尻餅をついた。

 倒れたところで目の前に棒の先が突きつけられる。転がったまま降参って感じで手を上げた。



 周りから歓声と拍手が上がった。

 まあなんというか……良い見世物だっただろうななどと妙に冷静に考えてしまう。

 カタリーナが馬乗りになるように僕の体の上にしゃがんだ。


「どう?アタシのカナリア諸島流棒術パーロ・カナリオは」


 カタリーナが僕を見降ろしながら言ってくる。

 こっちも集中できてなかったけど……ダンスのような奇麗な動きだったし打ち込みも速い。

 状況が状況だけに集中できなかったけど……もう少し普通な状況できちんと戦ってみたいな。 


「あの時はネ、ちょっと油断しただけヨ。アタシが弱いとか銃を撃つだけなんて思わないでね」


 あの時というのは、宮下公園の時の事か。


「そんなこと思ってないよ」

「ならイイの」


 ただ今のは一連のは明らかに不意打ち臭いだろ、と思ったけど言わないでおいた。


「これで一勝一敗だからネ」

「いや、あのね」


「一勝一敗、ソウよね?」

「あっはい」


 見下ろされたまま言われる……下から見上げると胸が目立つな。


「で、カタオカ、アンタほどの男やられっぱなしってわけにはいかないわよね。それに一対一なんだから決着は付けないとイケナイでしょ?」

「そうかな?」

「そうでしょ?」


 ぐっと顔を近づけてきて、念を押すようにカタリーナが言う。

 長い金髪が顔に触れて、かすかに甘い香りがした。


「2本目までは日本でやったからね、三本目はアンタがスペインに来なサイ。半年以内にね」

「スペイン?」


「戦いはホーム・アンド・アウエーが世界の常識デショ、良いわネ」


 言うだけ言うと、カタリーナが立ち上がって手を伸ばしてきた。手を取るとぐっと強い力で引っ張られる。

 華奢だけど豆だらけで硬い手のひらだ。鍛えているなってことが伝わってくる。

 カタリーナの指に力が入った。


「……いつまで握ってんノヨ」


 カタリーナが言うけど……むしろカタリーナの指に力が入っていて解けないんだけど。

 暫くして大袈裟な仕草でカタリーナが手を振り解いた。くるりと身を翻して、傍らのキャリーバッグを曳く。


「半年ヨ!カタオカ!男なら約束は守りナヨ!」


 歩き去りながらカタリーナが言って搭乗口に向かって行った。


「……気に入られたようだね」


 パトリスが言うけど……どうなんだろうか。


「ちなみに今回は一時帰国だ。留学生という扱いできたからまた戻ってくるよ」

「ああ、そうなの?」


「さすがに、留学に来て2週間もしないうちにいなくなるのは不味いだろう?しばらくは私達が日本の魔討士協会との交渉窓口という立場になりそうだ」

 

 なるほど。

 確かに着て2週間でいきなり留学生が二人とも帰国していなくなるなんてのはおかしいか。


「まあ、それはそれとして、だ。よかったらこっちに来てほしい。日本もいいが、フランスもいい所だよ」


 そういってパトリスが手を差し出してきた。その手を握り返す。

 パトリスが生真面目な顔に笑みを浮かべた


「今回は有難う。騎士の名においてこの借りはいずれ返す……また会おう、日本の風使い」

「こちらこそ、またね」

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