第103話 その後の顛末~七奈瀬君~
何日か休んで学校に復帰した。
あの戦いについては公式には何も発表されてなくて、ニュースを追っていたら倉庫街でちょっとトラブルが起きた、というのが少し流れただけだった。
休んでいたのは体調不良、ということになっていたけど。
魔討士として戦ったんだろうということはみんなも分かっていて色々聞かれた。
ただ、前回の銀座や八王子での戦い以上に今回は言えないことが多い。
興味津々って感じのクラスメイトの質問を適当にはぐらかしておいた。
なんか話せない事ばかり増えて行ってる気がする。
◆
学校から帰るとなぜかダイニングに七奈瀬君が座っていた。絵麻や朱音もいる。
今日は藍色のブレザー姿だ。襟の星マークがおしゃれだな。どこの制服なんだろう。
なんで君が此処に?という言葉を咄嗟に飲み込む。
「あ、お帰り。アニキ」
「やあ、片岡水輝さん。この間は素晴らしい戦いぶりでしたね」
七奈瀬君が優しげな顔に微笑みを浮かべて言う。
「魔討士協会の指示で何人かが妹さんの護衛任務にあたることになったんです。僕もその一人なので、その挨拶ですよ」
本性を感じさせないさわやかな笑顔で笑って七奈瀬君が絵麻の方を見る。
「絵麻お姉さん、改めてよろしくお願いしますね」
「こんな有名なかわいい子があたしについてくれるんだよ。役得よね」
絵麻が嬉しそうに言う。
確かに丙の2位な上に、テレビでも時々見かける有名人で、ついでに言うと見た目だけならかわいい美少年だ。
ミーハーの面目躍如だな。
絵麻はあの時のことは覚えていないらしいけど、前後の事情は聞いている。自分の能力のことも。
結構大ごとのはずだけど、でもあんまり精神的に引きずってないのは救いだ。
気にしても仕方ないよ、だってそういうことなんだもん、ということらしい。
「付きまとわれるのは迷惑かもしれませんけど……」
「そんなことないよ。あ、あたしのことは絵麻ってよんでね?」
「そちらのお姉さんももう資格持ちなんですよね?」
「ええ、朱音です。七奈瀬さんや兄さんには全然及ばないですけど」
朱音がちょっと困ったような感じで応じる。
「そんな、僕は長く戦ってるだけですよ。それに回復術使いはとても貴重です。僕が怪我したら宜しくお願いしますね」
口調もテレビとか動画で見る時と同じだ。見事な猫のかぶり方だな。
もう少し適任者はいないのかと言いたいけど……中学生で一定の戦力となるとそんなにいるはずもないのか
「ねえ、何かあったら君があたしを守ってくれるのよね」
そう聞かれて七奈瀬君が一瞬戸惑ったような顔をした。
「ええ……ああ、そうですね。はい、勿論ですよ。僕に任せてください」
「ありがとう!頼りにしてるね」
絵麻が嬉しそうに笑った。
◆
帰り際、二人になった時。
「言うまでもないけど、余計なことは言うなよ」
にっこりと笑いつつ怖い口調で七奈瀬君が言って帰って行った。
……やっぱり見事な偽装だ
◆
その週末。
「やあ、お待たせしたね」
檜村さんがアパートから出てきた。
先日は色々とあまりにもあり過ぎたから、改めて一緒に遊びに行こうと言う事になった。
「今日は二人きりですよ」
「うん、そうだね」
檜村さんが嬉しそうにほほ笑む。
そもそもここの所集団で行動することが多かったのは、パトリスたちの差し金だったし。
今日は檜村さんは黒のロングコートに、幾何学模様が入った茶色のロングマフラーを巻いている。
緩く巻いたロングマフラーが口元を隠していて、覗くように見上げてくる目がなんとなく小動物風で可愛い。
「一つお願いがあるんだが……いいかい?」
「なんでしょう」
檜村さんが手袋を外して俯いた。
「……手をつないでほしい、君から」
意を決したって感じで、真剣な口調で檜村さんが言う。
「それで……できれば今日はずっと手をつないでいたい」
檜村さんが恥ずかしそうに言うけど。
「あの……僕より年上ですよね」
「なんだい、悪いかい?年上がこんな風にいうのは。いいじゃないか、言っても」
檜村さんが不満げに頬を膨らませた。
普段冷静な分ギャップがすごいというか酷いというか。
「分かりました、じゃあいいですか」
手をつなぐだけならキスするよりは緊張しないな。
「……恋人繋ぎがいい」
檜村さんが小さな声で言う。横に並んで指が振れそうになった時。
「まったく、いったい何をしているんだ、お前ら」
突然後ろから声が掛かった。檜村さんが慌てて手を引っ込める。
誰かと思ったら七奈瀬君がいつの間にか立っていた。
◆
「お前ら、一応少しは有名人なんだろ。僕ほどじゃないにしても。見てるこっちが恥ずかしいよ。やっぱりバカだな」
やれやれって感じで首を振って、七奈瀬君が歩いてくる。
前と同じ黒のベレー帽にコート姿だ。
「ああ、安心しろ。護衛は他の魔討士がついててくれてるからね」
「そうじゃなくて、なんで君がここに?」
「ああ。それか」
七奈瀬君がなんとも偉そうな感じで頷く。
「僕の人生でお前らほどの馬鹿に会ったことはない。その行動に興味がある。だから観察することにした」
「はあ」
「それにお前らみたいなバカは野良ダンジョンで戦ってお人よしを発揮して死にかねない。
そんなことにならない様に僕が守ってやると言っているんだ。分かったか?」
相変わらず小生意気な口調だけど……どうやらついてくるといいたいらしい
檜村さんが何かに気付いたように七奈瀬君を見下ろした。
「そんなこと言って……一緒に遊びに行きたいんだろう?」
わざとらしく眼鏡の位置を直しながら檜村さんが言って、七奈瀬君の顔がちょっとこわばった。
「そんなはずあるか、遊びなんて関係ない。一緒に行きたいなんて勝手に決めるな」
「とぼけなくてもいいよ?分かってるからね」
「お前らを観察するってだけだと言ってるだろうが」
「大人ぶってるけど……君もまだ子供なんだねぇ」
檜村さんが頭をなでるようなしぐさをして、七奈瀬君が怒ったように手を振って下がる。
「黙れ、鈍足魔導士。口を開けなくしてやるぞ」
「ふふん、構ってほしいなんて君もなかなか可愛い所があるじゃないか、七奈瀬二位」
意趣返しと言わんばかりに意地悪そうな口調で檜村さんが言って、七奈瀬君がムキになって言い返す。
僕より上位というか丙類最強クラスの魔法使いと僕より年上のなんとも不毛なやり取りを見てるとなんだかな、と思うけど。
……まあいいか
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