第101話 彼の過去について

 戦いが終わった二日後、魔討士協会に呼ばれて新宿に行った。

 今回戦った敵の聞き取り調査ってことらしい。


 今回のは明確に人間、というか絵麻を狙って仕掛けてきた。

 それに、人間が敵に回る可能性があるというのは重大事だと思う。


 さすがに状況が状況だけにパトリスやカタリーナのこと、というか聖堂騎士団が日本でこっそり活動していたことも発覚してしまった。

 単なる野良ダンジョンでの戦いのことだけじゃなく、影響が大きい戦いだったな。


 新宿の協会に行ったら木次谷さんが出迎えてくれた。

 すぐに応接室に案内してくれて、コーヒーが出てきた。


「今回は色々と大変だったね。大丈夫だったかい?」

「まあ何とか」


 特例を貰って今は学校は休んで家でのんびりしている。

 痛みもまだあるけど、それより体の芯にまだ疲れが残っている気がするな。


「君が無事でよかったよ。援護が間に合ってこちらも安心した」

「ああ、そうなんですか?」


 これについては何となく察しがついた。どうやら彼は自主的に来てくれたわけではないらしい。

 というか、あんな倉庫街に彼が偶然来るはずもないか。


「協会専属の魔討士がいてね、何かが起きたら派遣する仕組みがあるんだよ。

まあ、魔討士の活動は自由意志に任されているんだが、ただそれだけでは対応できない状況がある。こちらとしても色々考えているんだよ」


 木次谷さんが言う。

 もう少し人選を考えてほしかった感もあるけど……一番近かったとかなんだろうか。

 それに彼がいなければ僕らは全滅して絵麻を連れらされた可能性も高かった。

 ただ。


「なんなんです?動画とかの外の顔と違いすぎませんか?」


 いわゆる表に出ている彼のイメージ、礼儀正しい明るい少年、というのとはかなり違った。

 木次谷さんが少し考えこんで僕を探るような視線で見た。


「これは秘密にしてほしいんだが、いいかい」

「ええ」


「彼は目の前で両親と妹を野良ダンジョンで魔獣に殺されている。4年前だ。その時に能力に目覚めた。そして家族を殺した魔獣を皆殺しにした。

ダンジョンマスターは今の水準でも結構強いレベルだったらしいが、それをものともしなかったそうだ」


 それは少しだけどこかの雑誌か何かで読んだ気がする。

 悲劇の天才少年、みたいな取り上げられ方だったな。


「その時点で既に今と同じに近い強さだったと聞いている。恐らく当時は日本で最強の魔討士だっただろう。

その後、各地のダンジョン討伐で目覚ましい成果をあげてくれた。具体的には日本全国で30か所の討伐をしている。今ほど深いダンジョンではないが」


 ……凄い数字だ。

 討伐実績なら宗片さんにも負けてないんじゃないだろうか。

 1位になれてないのは、なんとなく人格面の問題だろうなという気がする。


「素晴らしい働きをしてくれたし、十分な報酬が支払われたよ。ただ、それが原因で彼の周囲でいろいろと起きてしまってね」


 木次谷さんが曖昧な口調で言う。

 何が起きたのか……は何となく察することができた。


 目の前で親が魔獣に殺されるだけでも大変だっていうのに、突然降ってわいたような大金が彼の周囲の大人たちに影響しなわけない。

 子役で成功した俳優のようなものかもしれない。


 それに金だけじゃない。あれほどの強さで見た目もいい。

 別の意味で利用しようとするやつも多かっただろうなというのは想像がつく

 あの戦闘時の捨て鉢な態度や、金や功績点に拘る姿も無理ないのかもしれない。


「我々にも問題はあった。魔討士の制度ができるまでは殆ど個人の能力に依存して対応していたし、当時ダンジョンを攻略できる強さを持った使い手はほとんどいなかったからね。

ダンジョンのことは分からないことだらけだった。それ以外にはどうすることもできなかった」


 木次谷さんが淡々とした口調で言う。

 檜村さんもそんなこと言っていたな。


 僕はその頃のことをあまり知らない。

 そもそもその時は戦うなんて考えても居なくて、ダンジョンなんてものはテレビの向こう側の話、映画の設定みたいなものだった。


「今は親類とは切り離して、魔討士協会の関係者が彼と同居している。

なかなか難しいが……あれでも少しづつ良くなっているらしいよ。昔はもっと酷かったそうだ」


 あの時彼が言っていたこと。なんでお前らだけって言ってたけど、今ならその意味が少し分かった。

 手を貸してくれなかった気持ちも。


 彼は多分自分の手で妹や親を助けられなかった。助けてくれる人もいなかった。

 だからこそあんなふうに言ったのかもしれない。


 同じように身内を助けられない姿を見たかったのか、助ける姿を見たかったのか、それは分からないけど。

 でもその呪いのような気持ちから彼が少しは解放されてほしいと思う。







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