第100話 誰かを助けるために理由は必要なのか

 空気が震えて、貫かれたコアがぐにゃりと歪んだ。コアの周りに文様のようなものがチカチカと明滅する。

 悲鳴のような音を残して、古いテレビを消す時のようにコアが消えた。


 残響が消えて、周りに浮かんでいた巨大なキューブがばらばらと崩れる。

 赤いダンジョンの光が消えて周りが一気に暗くなった。ほこりっぽい空気が肌に触れる。


 天井からぶら下がっている電球には半分くらい明かりがついていて、暗い中でもそこら中に散らかるコンテナの残骸が見えた。

 壁には僕と七奈瀬君が明けた大穴。その穴からかすかに明かりが差し込んできている。

 遠くの方から車のエンジン音が聞こえた。


 戦いの行きがかり上とはいえ派手に壊してしまったけど、周りに気を遣う余裕は全くなかった。

 誰の持ち物か知らないけど、魔討士協会から保証が出るはずだから勘弁してもらいたい。


 スマホのライトでもつけようかと思ったけど、不意に強い白い光がついた。


「全員、無事か?」


 カタリーナがマグライトを持っていて、パトリスが呼びかけてくる。


「どうにか」


 戦いが終わったら痛みと疲労がのしかかってきた。

 あちこちが殴られたように痛い。鎮定を握り続けていた手のひらを見ると赤い跡が残っていた。

風を使いすぎて熱を出した時のように全身が重たい。


 カタリーナが何か所かやられたらしく、顔をしかめながら体に触れているけど。

 他の特に被害はなさそうだ。


「車の様子を見てくるよ」


 そういってパトリスが出て行った……このまま置き去りにしたりしないだろうな

 

◆ 


 パトリスたちが出て行って、倉庫の中が静かになった。

 

「相変わらず発動は呆れるくらい遅いけど、破壊力だけなら僕より上だな。そこだけは認めてやる」


 七奈瀬君が言って僕をじろりとにらんだ。


「で、お前。幾らほしいの?」

「なにが?」


「あの時、僕を守ったのはカネのためだろ。感謝はしないけど代金は払う。幾らほしいのか言いな。僕は金持ちだからね」


 あの時って何のことかと思ったけど。キューブを止めた時か。


「そんなつもりはないよ」

「はあ?なら、なんで守った?」


「特に理由はないけど……一緒に戦ってるんだからさ、守るのは当たり前じゃないか?」

「僕はお前の兄弟でも何でもない、ただの他人だろ?意味が分からない。あの時点で僕が倒れると勝てないからか?」


 とげとげしい口調で七奈瀬君が続ける。


「それはあるかもしれないけど」


 確かに、あの時七奈瀬君が倒されたら、とてもじゃないけど勝つのは無理だっただろう。

 絵麻を抱えて逃げるのは難しかっただろうし。 

 ただ、あの時、そんなことを考えては無かったな


「なら、あれか。恩を売って僕にランク上げの手伝いをさせるつもりか?まあそのくらいならしてやってもいいぞ」

「ああ、なるほど」


 その発想はなかったな。


「本当に理由はないよ。単にとっさに手が出たってだけ」


 檜村さんが同意するように頷く


「そんなことしたら自分やこの女が危なくなるとか思わなかったのか?」


 七奈瀬君が檜村さんの方を一瞥する。


「ああ、でもその辺は目配りしていたんだな。なるほど……意外に戦術眼があるのか。一応は五位まで来てるだけあるってことか。褒めてやるよ」


 一人でなんか納得したかのように七奈瀬君が言うけど 


「そういうわけじゃない」


 あの一瞬、そこまでは考えが回らなかった。とっさに体が動いたとしか言いようがない

 あの時僕が止めるしかなかったわけだし。


 檜村さんが阿吽の呼吸というか、僕の動きを読んで防御をかけてくれていて助かった。

 あれが無ければ雷撃か何かを食らって、戦線が崩れた可能性もある。

 最初の防壁の展開も速かったし、さすがだな。

 

「つまり……お前は何も考えずに助けたのか、僕を」


 七奈瀬君が疑わしげな眼で僕を見る。


「まあ結果的にはそうかな」

「本当に……何も考えなかったのか?他人だぞ?」


 念を押すように七奈瀬君が聞いてくる。

 檜村さんと顔を見合わせて頷いた。七奈瀬君が一瞬涙ぐんだように見えたけど。


「バカか、お前。呆れたな。真正のバカだ。救えないバカだ」


 すぐまた元の通りの辛辣な口調に戻った。大袈裟な口調で手を広げて頭を振る。

 確かに僕より上位ランクだけど、其処までバカバカ言わなくてもいいと思うんだけど。


「まったく、丙の上位に高校生の最上位帯がこんな考えなしのバカぞろいじゃ魔討士業界の先が思いやられるよ」


 そんなことを言いながら七奈瀬君が倉庫の外に出て行った。

 

◆ 


「そういえば……一ついいかい、片岡君」

「はい」


 全員いなくなって静かになった倉庫で檜村さんが声をかけてきた。


「なんです?」

「あの時……少しだけ心配したんだ。あいつが誘ってきたとき」


 何のことかと思ったけど。代理人とやらにならないか、と言われた時か。


「確かに……まあちょっと魅力的でしたよ」


 正直言うと師匠の訓練はかなりきつい。時々投げ出したくなる時はある。

 あいつの言葉を信じるなら多分僕の風の力が倍になるってことらしいし。

 僕だって楽に強くなれるなら、楽をしたい気持ちが無いわけじゃない。

 でも。


「ただ……それで例えば宗方さんに勝てたとして、それで満足かなと」


 結果だけみるなら、僕の風の力が倍になるなら例えば宗片さんや風鞍さんにも勝てるかもしれないけど。

 それで勝って喜べるだろうか。それは僕の力じゃない。ズルして勝っても意味はないと思う。


「そうか」


 檜村さんが言って僕を見つめてきた。


「やっぱり君は……うん、素敵だ……とても」

「ああ……それは……ありがとうございます」


 言われるこっちも結構恥ずかしいぞ。

 自分の言った言葉の意味に気付いたように、檜村さんが目をそらした。


「ところで、もし……」


 そう言って檜村さんが恥ずかしそうに俯いた。


「……私があんな風に捕まってしまったら……私のためにも戦ってくれるかな?」


 俯いたまま小声で聞いてくるけど。


「もちろん。でも捕まらないようにしてくださいね」


 そういうと檜村さんがふっと微笑んだ。


 遠くからパトカーか消防車のサイレンの音が近づいてきた。

 この倉庫は無人だったみたいだけど、もう夜とはいえ周りには人もいた筈だ。カタリーナの銃声や七奈瀬君や僕の倉庫の壁を破る音はさぞかし静かな倉庫街に響いただろう。

 ……家まで送ってもらえると助かるな。


 絵麻をもう一度見るけど、相変わらず平和そうな顔で寝ている。

 なんかちょっと腹が立ったけど……こんな風に思えるのも勝ったからだ。

 まあ良しとしよう。




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