第82話 あなたと共にいたければ・下
いつの間にか日が傾いてきた。赤い夕陽が屋上を照らしている。
木次谷さんとシューフェン達はみんなで出ていった。
食事をとりながら何か話すらしい。さっきまでの感じだと穏便に行くとは思えない。というか、険悪な空気になりそうだけど、どうなることやら。
小田桐さんについては自由意志ということでサンマレア・ヴェルージャに戻ることが認められた。
通訳というか大使的な扱いになるらしい。
校庭には警察だの救急車だのマスコミだのが来ていて、頭の上からはヘリコプターの羽根の音が聞こえてくる。
アラクネと戦った二階の廊下はめちゃくちゃだししばらくは休校になってしまいそうだな。
クラスメートたちが無事だといいんだけど。
エルマルとの再会、シューフェン達との立ち合い、そして知恵のある魔獣との戦い。ダンジョンの向こうには別の世界があって、行き来もできること。
あまりにも色々ありすぎた。体育館で試合をしていたのが遠い昔のように感じるぞ。
「ねえ、片岡君」
戻ってこない檜村さんにメールを書いていたら、不意に鏑木さんが声をかけて来た。
「なに?」
「君はさ……分かってるよ。檜村さんが好きなんだろ?」
鏑木さんが唐突に超絶直球で聞いてきた。
「……まあね」
どう答えていいか混乱してしまったけど、さっき言われて思った。
改めて言われてみるとそうなんだと自覚できる。
「そんなもんあったりまえじゃろーが。好きじゃないもんのために命なんて張れるかい」
風鞍さんがあっけらかんとした口調で口を挟んできた。
「そりゃあの、あたしだって2位の責任感ちゅーのはあるからの。皆の為に戦うぞ。
じゃがの、本音を言うならあたしだってこいつのため以外に魔獣共の前になんて立ちたくないわい」
風鞍さんが言う。いくらなんでもぶっちゃけすぎじゃないだろうか。
高天神さんが困った様な照れたような顔をする。
「風鞍さん。あなたは乙2位なんですよ。僕等の目標でもある。もう少し……」
咎めるような口調で斎会君が言うけど。
「君は真面目じゃのー、斎会君よ。じゃがお前らもな、ドラゴンの前に立ってみりゃ分かるわ。ありゃ本当におっかないんじゃぞ」
「だよねー」
砕けた口調だけど、真剣な感じで風鞍さんが言う。
風鞍さん達が討伐した呉のドラゴンは西日本最大級のダンジョンマスターだったらしい。そんなのと向かい合ってどう感じるか……ちょっと想像できない。
鏑木さんが僕の顔をみた。
「好きなら好きって言っちゃえば?……でないとボクが君に好きって言っちゃうよ」
「は?」
「さっきも言ったでしょ、ボクは君みたいな人が好きだね。ボクが君を好きなのは勝手だろ?」
本気なのか煽っているのかよくわからない口調で鏑木さんが言った。
◆
メールを打っても返事が返ってこなかったけど、しつこく電話していたらつながった。
アラクネが現れた中庭に檜村さんが一人で立っていた。
校舎の壁は爪で穴だらけにされていて、大穴が開いた二階は警察の手によって黄色いテープが貼られていた。
改めて見ると中々ヒドイ。
「そう言えば、試合の後、どこに行ってたんですか?探したんですよ」
たまたま中庭にいるのを見つけれたからよかったけど、シューフェン達と檜村さんが単独で戦ったらとてもじゃないけど勝てなかっただろう。
ばらけた状態で蟲との戦いになっていたかもしれないし。
檜村さんが黙り込んだ。
「あの?」
「……あの可愛い子が君にキスをしたとき……」
鏑木さんとの戦いの後か。見られていたのか……というか見られていて当然か
「妬ましくて……君がどこかに行ってしまうんじゃないかと」
そう言って檜村さんが俯いた。
「私は……本当に嫌な女だね、うんざりするよ」
そう言って檜村さんがくるりと僕に背を向けた
僕が何か言わないといけない場面だなってことくらいは分かる。
「さっき風鞍さんが言っていたんですよ……好きな人の為だから体を張れるって」
当たり前のように言葉が出た……自分でもちょっと驚いてしまう。
僕も強くなって少しは自信も付いたんだろうか
「勿論みんなのために戦いますよ。一応魔討士ですから……でも僕が守るのは檜村さんだけです」
檜村さんは黙ったまま何も言わなかった……普通に言ったつもりだったけど、声が小さくて聞こえてなかったのかな、と思ったけど。
「それは私もだよ……君だから信じて詠唱できる」
そう言って檜村さんが振り返った。
「私も……君が好きだから………気が合うね」
檜村さんが近づいてきて、僕を見上げた。
「今日は……リードしてくれるかな?私の前衛」
「リードしていいですか?」
掌を合わせると指が絡み合った。
「男の子の手だね」
上目遣いになって檜村さんが目をつぶった。
今、何をすべきかはもちろん分かっているけど……いざこの場になるとやっぱり緊張する。
ほんのわずかな距離が遠く感じたけど、唇を近づけるだけで体温が伝わってくる気がした。
眼鏡に当たらない様に気を付けて唇を寄せる。柔らかくて少し濡れた感じが伝わってきた。
かすかに暖かい吐息が唇と頬に触れる。
かすかに開いた唇。舌の先と舌の先がかすかに触れ合った。
ぴったり密着した華奢な体が震えて、細い指にきゅっと力が入る。
うっすら瞼を開けてみると、頬を染めた檜村さんの顔が見えた。
眼鏡越し見える長い睫毛に縁どられた目元は普段と全然違う感じで、なにか見てはいけないようなものを除き見た気がして目を閉じる。
どちらからともなく唇が離れた。
檜村さんが息を吐く。
「ひとつ……苦情を言っていいかい?」
「なんでしょう」
「………ずいぶん待たされた……ずっとアピールし続けたつもりだったんだけどね」
「あー、すみません」
「………すごく恥ずかしかったんだぞ」
俯いていて目元は見えなかったけど、頬が真っ赤に染まってた。夕焼けのせいでは多分ない。
僕も人のことは多分言えないけど。
「私ももっと強くならないとな」
「まずは僕が4位になりますよ。待っててください」
「違うよ。順位なんかじゃない……もっと強く、早く、正確に魔法を使えるようにならないと」
そう言って檜村さんが眼鏡の位置を直す。普段通りの目が僕を見た。
「君に守られるだけの花でいるわけにはいかないよ……一応年上なんだからね」
「はい」
「それに、私は君の前に立って守ることはできないが……私だって君に傷ついてほしくないんだ。忘れないでくれ」
「……ありがとうございます」
檜村さんが満足げにほほ笑んだ。
守りたければその人の前に立て、か。言われてみればあまりのも当たり前のことなんだけど。
色々とよくわからないというか、僕等とは全く価値観が違う相手だったけど、シューフェンの言っていたことでこれだけは納得いくものだった気がする。
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