第60話 5位昇格の重み。

  司会の人が言って歓声がまた大きくなった。

 僕が五位?ちょっと前に6位に上がったばかりだと思うんだけど。


「やるな、片岡。5位はすげぇぜ」


 横に立っている三田ケ谷が小さく声をかけてきた。


「……正直言って僕もびっくりしてる」

「お前が上がると俺もって気になるな。俺も追いついてやるからな。高校生5位コンビを目指そうぜ」


 さっきと言ってることが違うじゃないか、と言いたかったけど。

 三田ケ谷が屈託なく笑って、軽く拳をぶつけ合った。 


「へえ、いいなあ。ねえ、司会の人。僕の昇格は無いのかい?」


「あなたはもう上がいないでしょうが」

「おっと、そうだった」


 宗片さんがおどけたような口調で言って、会場が笑いに包まれる。

 

「現役高校生にして乙類5位は、大阪の清里きよさと芳歌よしか、函館の斎会ときえ将太を始めとした日本でも数名しかいない快挙です。

盛大な拍手をお願いします!」


 司会の人が言って、また拍手が波に様に押し寄せて来た。



 またいろんな人が入れ替わり立ち代わり握手を求めに来てくれたり、お褒めの言葉をくれたりしたけど、ようやく人の波が途切れた。

 顔も名前も知らない大人と話すのは僕には難しいというか、どうすればいいのかわからない。

 机の上には何十枚の名刺が並んでいるけど……申し訳ないけど、全然顔と名前が一致しない。名刺には写真を入れておいてほしい所だ。


「まったくけち臭いよねぇ、5位だなんて。3位くらいまでドーンと引き上げても良かったんじゃないの?彼はそのくらいの強さはあるよ」

「流石にそれは無理ですよ。いくらなんでもね」


 宗片さんが相変わらず手酌で日本酒を飲みながら言う。木次谷さんが苦笑いしながら返した。

 僕としても5位なら嬉しいけど、3位とかにされると流石に場違い感がある。

 3位と言えば完全な上位層で、それこそ風鞍さんとかと並ぶレベルになる。各地方のトップランカー級だ。


「ああ、それと、ルーファさんについては、正式にこちらで身分を用意することにしようと思います。学校に通いたければそれも手配しましょう」

「ほんとうですか?」


「外国の客員ということにして正式に在留許可を出しますよ」

「じゃあ、俺と一緒に学校にも通えますか?」


 三田ケ谷が聞くと木次谷さんが頷いた。

 ルーファさんの顔がぱっと明るくなって、三田ケ谷を顔を見合わせた。


 八王子の探索以降、時々ルーファさんは魔討士協会に呼び出されている。

 ルーファさん自身は自分の村やその近辺の部族の集落から殆ど出ていなかったらしいので、向こうの世界については知っている範囲はかなり狭い。

 あの仮面の騎士たちの国も名前と騎士について断片的に知っているだけだった。


 でもイヴェンガリさんは行商人という職業柄結構広範囲を移動していて世情に詳しいらしい。

 八王子ダンジョンの先につながっている世界がルーファさんやイヴェンガリさんの居た世界であることはほぼ確定したので、その情報収集のために通訳をしているんだそうだ。


「しかし、改めていい仕事をしてくれましたね、皆さん。感謝しますよ。大っぴらに戦果を知らせられなくて申し訳ない」


 木次谷さんが頭を下げてくれる。あの騎士達との戦いのことを言っているんだろう。

 流石に八王子ダンジョンの奥で異世界の人と戦いました、などと言えるわけもなく。その辺は伏せられて、ミノタウロスを全員で討伐したという筋書きで公式発表されている。 


「実際の所、俺は大したことしてないんですけどね」


 また気まずそうに三田ケ谷が言う。

 ミノタウロスを倒すということに関しては、僕等は何もしていない。

 というか宗片さんが一瞬で戦闘不能にしてしまったから、手を出す隙も無かった。


「だからね、君たちは奴らと戦ったじゃないか。気にせず楽しみなよ」

「そうですよ、君たちは実に良い仕事をしてくれました。危険な状況でありながら、冷静に双方に死者を出さなかったんですから」


 木次谷さんがグラスの中身を飲みながら言う。見た感じお茶のようだ。

 

「少なくとも八王子ダンジョンの向こうに何らかの国と言うか世界があることは確定しました。

いずれ彼らと接点をもつことがあるかどうかは分かりませんが……ここで向こうに死者が出ていれば無用の遺恨を生んだでしょう。

ほんのちょっとした遭遇戦の一人の死者がとんでもない戦争を巻き起こすことはいくらでもありますからね」


 真剣な口調で木次谷さんが言う。

 あの場ではそういうことを考えたわけじゃないけど、結果的に正解だったならよかった。


「苦しい状況で冷静な判断をしてくれましたよ。一刀斎だけだったら死人が出てたかもしれない……殺してないでしょうね」

「多分、大丈夫だよ……多分、まあね、多分」


 宗方さんが目を逸らしつつ応える。


「これですよ、まったく」


 やれやれって感じで木次谷さんが言う。さっきから思っていたんだけど、何やらこの二人は親し気だな。



「片岡君、少しいいかな」

「はい」


 話が一息ついて食事に戻ろうとしたところで、また声をかけられた。


「私は四国の魔討士協会の柳原健太だ。5位昇格おめでとう。食事中にすまないね」


 声をかけてきたのは、まだ30歳くらいかなって感じの男の人だ。 

 坊主に近いくらい短く刈り込んだ髪と鋭い目つき。黒のスーツ姿でも分かるくらいのがっしりした筋肉で、いかにも体育会って感じを醸し出している。

 なんとなくラグビーとかやってそう、というよりむしろ乙類で武器を振り回してそうって感じの厳つい感じだけど、喋り方は丁寧というかソフトだ。


「なんでしょう」

「君は高校二年生だろう?進学先を決めていないなら此方の方面にしないか?」


「というと?」

「地方は腕の立つ魔討士は不足している。ダンジョン攻略にも手が回らないことが多いんだ。君のような優秀で若い使い手にぜひ来てほしい。

無論進路についても推薦という形で便宜を図るし、学費や生活はこちらで十分な援助をする。どうだい?」


 今は高校二年生だからそろそろ受験は意識している。

 来年の今ごろはすでに決めていなければいけないだろう。もしかして受験から解放されるのかも……と一瞬思ったけど。

 でも、視界の端にちょっとうつむいている檜村さんが見えた。


「いえ……すみません。僕にはもうパーティがいますんで」

「おっと、困りますよ。彼は東京のエースになってもらうんですからね」


 グラスを持った木次谷さんが話に入ってきた。


「私の前で引き抜きはやめてもらいたいですね」

「いやいや、東京圏以外における魔討士の分布密度には問題があります。空間浸食災害の発生頻度は地方であっても東京で有っても大きな変わりはないというのは統計事実です。知っているはずだ。

にもかかわらず魔討士の人員の偏在は明らかであり、この現状は東京本部の責任どころか、怠慢と言ってもよい水準です。断じて看過できな……」

「まあ、難しい話はここではやめませんか。今日は祝勝会なんですから、楽しく飲みましょう」


 柳原さんが真面目な口調で木次谷さんに言い返すけど。

 木次谷さんが強引に話を制して、柳原さんが若干不満げな顔をした。


「片岡君、是非考えておいてくれ。気が向いたらここに連絡をお願いするよ」


 そう言って柳原さんが名刺を置いてテーブルを離れていった。


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