第59話 祝勝会にて。
分厚いワインレッドの幔幕が目の前に釣り下がっていて、ステージの方からはざわめきと明るい照明の光が差し込んできていた。
正直言って戦いの前より緊張する。大きく深呼吸した。
横を見ると、流石に普段は飄々としている三田ケ谷も緊張した顔で制服のネクタイを直している。
宗片さんは暇そうに伸びをしていた。こっちは前に戦った時の同じく和風の衣装に着物をマントのように引っ掛けていて、表情とかも前と同じだ。
こういう場面は慣れっこなんだろうか。
「では、拍手でお迎えください!八王子ダンジョン10階層攻略の英雄。
皆さまご存じ、国内一位。宗片``一刀斎``十四郎。
銀座の英雄、片岡水輝君。それに乙類の新星、三田ケ谷宗助君の入場です」
一際拍手が大きくなった。
「さあ、行くよ」
宗片さんが言って明るく照らされたステージにさっさと歩きだした。三田ケ谷と顔を見合わせて僕等も続く。
ステージに出ると、波のように声援と拍手が押し寄せて来た
「やあ、みんな。声援ありがとう。でも僕等にすれば簡単なことさ」
宗片さんが手慣れた感じで手を振るけど。
ステージの下から視線が突き刺さってきて、拍手の波で押されてる気分になる。
僕はやっぱり小市民だ。横の三田ケ谷も手を振りつつ表情は硬かった。
★
今日は新宿の高級ホテルの八王子ダンジョンの10階層攻略の祝賀パーティに来ている。
気楽に食事を楽しめるかと思ったんだけど、会場に来たら僕等もステージの上に引っ張り出された。というか宗片さんに引っ張り出された。
檜村さんも誘われたけど、断固拒絶した。
宗片さんも王様は女の子には優しいのさと言って無理強いはしなかったけど、僕等の拒絶は却下された。
ルーファさんは魔討士協会の意向でステージには上がっていない。
さすがに彼女が公式に目立ち過ぎるのはダメということらしい。ダンジョンの向こう側には異世界がある、なんて公表はできないだろう。
とはいっても今回の八王子での接触も偶然だったみたいだし、自由に行き来できるという感じではないけど。
二人はステージの一番前で拍手してくれていた。三田ケ谷が小さく手を振って、ルーファさんが応える。
その後はなにやら魔討士協会の偉い人とか東京都の偉い人とかが色々と話をして、僕等はステージの上でただ立っているだけで、スポットライトの光が妙に熱く感じた。
★
ステージでの紹介が終わった後は会食になった。
堅苦しい場が終わって、いろんな人の挨拶攻勢がひと段落ついて、ようやく解放された気分になる。
立食形式というのか、広々とした会場の外側にはたくさんの料理が並べられていて、それを自由にとってちょっと高目のテーブルで食べるって感じだ。
僕等は専用のテーブルを貰えているので、空きテーブルを探す手間がないのは楽でいいな。
「これ、旨いぜ」
三田ケ谷がとってきた肉を僕の皿に分けてくれる。
箸を入れると解けるくらい柔らかい肉は口に入れると脂身と肉の繊維とビーフシチューのようなこってりしたソースの味が口いっぱいに広がった。
牛肉っぽいけど、こんな柔らかいのは食べたことないぞ。脂の味が強いんだけど食べやすい不思議な感じだ。
付け合わせのマッシュポテトにはソースがしみ込んでいてこれも美味しい。
テーブルの向かい側では、ルーファさんが三田ケ谷となにか話しながら骨付きの鶏肉をナイフで器用に切り分けていた。
皿には肉とか魚とかが沢山盛られていてる。
相変わらず仲がいいというか、間に入り込めない空気を作っているな。
「これも美味しいね。食べているかい、片岡君」
檜村さんが魚を焼いたのをフランスパンの上に乗せたものを僕の皿においてくれた。
小さなピースを手で取って美味しそうに頬張る。僕もさらに乗せてくれたものを食べた。
かりっと焼かれた魚の皮とパンの表面の歯ごたえと柔らかい魚の実、オリーブオイルかなんかの香りとさっぱりした香草の組み合わせが美味しい。
檜村さんは今日は今まで見たことないシックなワンピースを着ていた。
ダークブルーの生地のロングワンピースは肩口や胸元が蔦が絡むような模様入りのレースになっていて肌が透けて見えるんだけど……ライトと服の青に白い肌が映えて、ちょっと目を逸らしてしまう。
あの鷹の仮面に斬られた腕は治癒術師に回復系の魔法をかけてもらったらしくて傷跡が残ることもなく治ったらしい。
しかし、さっきからパスタとかサラダとか色々食べているけど、どれも今まであんまり食べたことないレベルの味だ。
ステージの上にの上がらされたのは予想外で少し嫌だったけど、この料理を食べれただけで来た甲斐はあるかもしれない。
★
「楽しんでますか?皆さん」
パーティが始まって一時間ほど。声をかけてきたのは木地谷さんだった。後ろには宗片さんもいる。
「ありがとうございます」
「俺たち何もしてないんですけどいいんですかね」
三田ケ谷がちょっと気まずそうに言うけど。
「君達だって戦ったろ?こういう時はね、偉そうにしておくんだよ、気にしちゃいけない」
杯で日本酒を飲みながら宗片さんが言う。
「それにね、いい経験になったろ、三田ケ谷君。片岡君」
「それは、僕もそう思います。ありがとうございます」
「そっちもそうだけど、どう思った?ステージに上がったときに」
「緊張しましたね……なんというかふわふわした感じでした」
三田ケ谷が答える。概ね僕もおんなじ感想だ。
「あのダンジョンにしても、この会にしてもね。この空気を知るだけで意味があるのさ。
戦いにおいて大事なのはね、平常心だよ。空気に流されず、浮つかず、押しつぶされない、その心根こそが大事なんだ」
大きめの盃に手酌で酒を注ぎながら宗片さんが応える。
素焼きの大きめの徳利に大きめの盃と着流しという組み合わせはなにやらゲームに出てくる無頼の侍のようだ。
「そのことに比べればね、武器の能力とかなんて実にどうでもいいことなんだよ。今日のことも含めて、いい経験になったろ?」
それは分かる気がする。
あの時も夢中だったけど、不思議なことに平常心は保てていたし、だからこそ戦えた。パニックになってたら生き残れなかった気がする。
しかし……びっくりするくらいまともなことを言ってるな……とは言わないことにした。
「ねえ片岡君、今君はとても失礼なことを考えたんじゃないのかい?国内一位のこの僕に対して」
そう言って宗片さんが肩を組んできた……鋭い。鋭いのは戦いのカンだけじゃないのか。
「ちょっと今思ったことを言って貰おうかな」
「ここで皆さん、大事な発表があります」
言い訳を考えようとしたとき、不意にマイクの声が会場に響いた。
★
絶妙のタイミングだな。助かった。
皆がステージに注目して、会場が静まり返る。
ステージにそばの司会台にライトが当たって、司会の人がちょっと勿体ぶるように間を置いた。
「八王子ダンジョン10階層の攻略の功績をたたえまして……まずは三田ケ谷宗助君の7位昇格!」
アナウンスが入って、会場がどっと沸いて大きな拍手が上がった。
レベルアップのファンファーレのように、わざわざ効果音のようなものまでスピーカーから流れる。
「三田ケ谷君は本格的な活動開始からわずか2か月程度で7位。異例のスピード昇格です!」
「やるね……でもレベルが上がっても強くなるわけじゃないぞ」
「分かってるさ。まあ上がればそれは嬉しいんだけどな」
ランクが上がってもステータスが上がって強くなるわけじゃない。でもやっぱり節目の数字を乗り越えると嬉しいもんだ。
しかし、こいつはルーファさんと会ってからようやく真面目に戦い始めたわけで、大した速さで上がってきているな。
「でもさ、ランクはどうでもいいんだよ、本当のところは。あいつが俺を認めてくれるだけでいい」
ルーファさんに聞こえない様に、三田ケ谷が小さくつぶやいた。
毎週のように訓練施設でルーファさんと三田ケ谷は稽古している。一対一でよく試合をしているけど、今の所は多分三田ケ谷の大幅な負け越しだ。
「負けてられないっていうかさ……」
ルーファさんは可愛らしい容姿と小柄な体とは相反してかなり戦いでは勇ましい。
戦闘の時も果敢に円弧剣を持って敵中に突撃していく。あの武器は間合いが長い物じゃないし、確かに強いんだけどそれでもひやひやするときはある。
狼を操作してくれるだけで結構助かるんだけど、戦士とはこういうものだ、という強い信念があるっぽくて切り込みを止める感じはない。
「俺が弱くてさ、ルーファが怪我とかしたら……流石にしんどいよな」
こいつは、本当に彼女のために戦ってるんだな、と言う感じがする。
宗片さん、伊勢田さん、戦う理由は人それぞれだな。
「そして……もう一人。片岡水輝君の乙類5位への昇格をここで皆さんにお知らせします!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます