第58話 紆余曲折の果ての10階層攻略
重い荷物を載せられたかのように、山羊の仮面たちがはいつくばっている。
立とうとしているようだけど、立てそうにない。膝立ちになるのが精一杯って感じだな
何度も一緒に戦っているけど、こんな魔法を持っているとは知らなかった。
「お怪我はありませんか?ミタカヤ様」
「俺は平気だぜ」
三田ケ谷がルーファさんに返事する。赤い衣装のあちこちに切れ目が入っているけど大したけがはなさそうだ。ルーファさんが不安気に体に触れる。
あの人数を向こうに回してしのぎ切れるのは流石だな。至近距離では三田ケ谷は強い。
「大丈夫かい、片岡君」
頷いて返すと檜村さんがほっと安心したように息を吐いた。
むしろ檜村さんの傷の方が心配だったんだけど、ルーファさんが縛ったのか袖の布を使って綺麗に止血されていた。
「……日本語が通じないのが幸いしたね」
彼らを見て檜村さんが言う。
エルマルは反応したけど、山羊の仮面の方が遅れたのはそれが理由か。
黒い靄のようなものをまとわりつかせて動けなくなっている山羊の仮面の向こうにはエルマルの姿が見えた。
あいつは効果範囲から逃げられたらしい。
さすがにこれで終わりか……でも。
「【rendelek !engedd el a varázslatot】」
エルマルが声高く何かを唱えると、白い光が山羊の仮面を包んだ。
地面から湧き出すような光が黒い靄を様な掻き消していく。山羊の仮面たちが武器を杖にして立ち上がった。
ただ、薄れてはいるけど、まだ黒い靄は体に絡みついている。完全に効果が切れたわけではないみたいだけど
……ゲームで言うところの
「やるじゃないか。そっちの剣士もなかなかだし。しかも魔法使いまでいるとはね」
エルマルがメイスを地面に突き刺す。また矛先に石の欠片が集まり始めた。
まだやる気か……
「しかし、あくまで殺さないつもりなのか?流れ者の割には随分お行儀がいいな……お前ら何考えてるんだ?それとも攻撃系の魔法を持っていないだけか?」
訝し気な感じでエルマルがこっち、というか檜村さんを見る。
「いずれにしてもまだ負けてなんか……」
言い終わる前に、何かがきしむような音がして、向こう側の迷宮との境界にノイズが走るように揺らぎ始めた。
★
山羊の仮面の1人がエルマルに何か言う。エルマルが後ろを振り向いて境界線を見た。
「おい……お前等、何をした?」
エルマルが聞いてくるけど。
「僕等は何もしてないよ……むしろ今のアンタの魔法が原因じゃないか」
そう言うとエルマルがもう一度後ろを振り返った。
向こうの灰色の回廊に砂嵐の様のようなノイズが混ざって、景色が崩れていく。鎮定と会った時にも見たような感じだ。
エルマルが足で石畳を一蹴りして、メイスの矛先で地面に線を引くように横に薙ぎ払った。
地面が震える。
一瞬警戒したけど、石畳を突き破るように人の背丈ほどの岩壁のようなものがせり出してきた。
「ひとまず勝負は預けておく、カタオカ
だが、頭を働かせろ。お前ら全員、流れ者なんてやめてボクらの国に来い。ボクの名を言えばだれでもわかる。いいな。それがお前等のためだぞ」
壁の向こうからエルマルの声がした。
「でも、来ないなら、今度会うときは殺すよ」
赤い光のこっち側のダンジョンと、うっすらとした太陽の光に照らされた灰色の石で組まれた向こうにダンジョン。
その境界線を彼らが超えるのが見えた。
境界線の向こうにエルマルの姿が見える。一瞬視線が合った。
次に会う時はあるんだろうか……そう思ったところで、テレビの電源を切ったように境界線が消えた。
★
境界が閉じて、赤いダンジョンの石壁に戻った。
さっきまでの戦いが嘘のように静けさが戻ってくる。誰かがため息をついた。
「ありがとう、片岡君……また守ってくれたね」
「いえ……こちらこそですよ」
あのまま武器での戦闘が続いていたら……あいつらを切るしかなかった気がする。甘っちょろい、と言われそうだけど、その覚悟ができるかは正直言って分からない。
あの魔法のおかげで流れを変えられたな。
「そういえば、なんだったんです。あの魔法」
何度も一緒に戦ったけど見たことない魔法だった。
「いわゆるデバフをかける術だ。重力を数倍にした感じ、らしいよ」
「なんで今まで使わなかったんです?」
結構便利そうにも思えるけど。
「見ての通り効果範囲が大きい術でね。何度か前衛を巻き込んだんだ。それに効果がない場合もあってね」
ちょっと気まずそうに檜村さんが言う。
まあそういうことが有れば使いにくいかもな。
それと、魔討士のセオリーとして、戦闘はなるべく短く終わらせるべし、というのがある。
長期戦になるとモンスター相手だと体力的に不利だし傷を負う可能性も上がる。
なので、デバフをかけるタイプの支援魔法より直接ダメージを与えられる攻撃魔法の方が優先度が高い。
この風潮が丁類の支援系魔法使いの逆風になっている。
「やあ、こっちも終わったかい?」
話をしていると、宗片さんが一刀斎を肩に担いだまま、扉を上げて出てきた。
頬と着流しにわずかな切り傷がついているけど、傷を負った様子は全くない。
「そっちは大丈夫ですか?」
「二人倒したけど、あの鳥の仮面の奴が仲間を引きずって境界を越えて行ったよ……まあ死んではいなんじゃないかな。
ぶっちゃけ逃がさないこともできたんだけどさ、さすがに女の子の背中を斬るのは僕でも気が引けるんだよね」
恐ろしいことをしれっというな。
ただ、この人の場合、ただ軽口を叩いているのかマジなのかうかがい知れないものはある。
「強かったですか」
「山羊はしょーもない雑魚だったけど鳥の方はちょっとはマシだったかな……でも君程じゃなかったよ、片岡君」
「……そうですか」
この人がどの程度真面目に言っているんだか分からないけど。
鷹の仮面が僕と同じ程度と考えるなら、魔討士のランク的には4位から5位辺りって所なんだろうか。
僕の戦った感想もそんな感じだ。相性は悪かったけど敵わないほどの力の差は無い。
ただ、もう一度戦った時に勝てるかというと……剣の腕とかそういうのより僕の覚悟の方が大事な気がする。
「あれ……どうします?」
三田ケ谷が言う。
指さす先の石畳には山羊の仮面が転がっていた。誰かが落としていったらしい。
「まあ貰っていこう。せっかくのドロップアイテムだし」
そう言って宗片さんがひょいと仮面を拾い上げる。
顔の下半分を覆うような仮面は金色がかった金属製で、毛並みや巻き角の細工はかなり精巧だ。
しかし、ドロップアイテム扱いはどうかと思う。
今から思えば一人でも捕まえられればいい情報源になったのかもしれないけど。正直言ってその余裕はなかった。
仮面を落としていってくれてよかったな。あいつらがいたという証明はこれだけなわけだし。
「……あいつらは何なんだったんですかね」
「それを考えるのは僕等の仕事じゃないよ、僕等の仕事は戦う事」
興味なさそうな感じで宗片さんが言う……まあそうかもしれない。
向こう、というかルーファさんの居た世界だったのは間違いなさそうだけど。
その境界線ももう消えて赤い光のダンジョンに戻っていて、さっきまでの境界線があった痕はない。
エルマルの話を聞いている感じ、あいつらが意図的に門を開けてきたとかそういうのではなさそうだけど
……偶然向こうのダンジョン的なものとつながったのか。
ルーファさんや前に会ったイヴェンガリさんもこんな感じでこっちに来たのか。
何か法則性はあるのか。
ただ、確かにここで僕等が考えてもどうなるもんでもないか。
「さて、帰ろうか」
宗片さんが言う。
来た時の押しつぶされそうな重苦しい圧力はもう感じなくて、赤い光を放つ薄暗い回廊は前のままだったけど、ただの長い廊下って感じになっていた。ミノタウロスを倒したからだろうか。
モンスターが現れる気配もない。
この回層まではミノタウロスがダンジョンマスターで、倒したからモンスターはもう出ないということなのかな。
「これで八王子は10階層までは攻略済みだね。良かった良かった。
三田ケ谷君だっけ?君もよく戦ったようだね。見どころがあるよ。早く上まで上がってきてくれ。僕と戦おうじゃないか」
にこやかに宗片さんが笑って、三田ケ谷の肩を叩く。褒められた三田ケ谷が嬉しそうにしているけど。
……宗片さんが言うところの、僕と戦う、の意味をこいつに教えてやりたいところだな。
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