第57話 異世界の騎士と対峙する・下

 風切り音を立てて岩の塊が降ってくる。

 でも、ここは下がるわけにいかない。  


「一刀!断風!磐斫いわはつり!」


 いつもの切り裂くイメージじゃなくて、圧刃の刀身で叩き切るイメージ。

 風を纏った刀身が真っ向から岩の塊のようなメイスの矛先と衝突した。

 重い感触が柄に伝わるけど、そのまま強引に前に押し込む。


 手ごたえが不意に無くなった。メイスの先端の岩の塊が砕けて、岩の破片がばらばらと周りに散らばる。

 檜村さんの小さな悲鳴が聞こえたけど、後ろに目をやると岩が飛んだりはしてなかった。


 ……一か八かもいい所だったけど成功した。

 鎮定も折れていない……鎮定の叱責が聞こえた気がするけど、気のせいだろう多分。

 失敗してたらどうなったかは考えたくないな。それより。


「今……後ろを狙ったのか?」

「卑怯だ……とか言うつもりか?」


 戦闘に卑怯もクソもないから後衛を狙うのは反則でもなんでもない。

 でもやられて平気というのとはまた違う。

  

「いや、そんなつもりはない」


 僅かなにらみ合いの後、そいつが首を振ってすぐに立ち位置を変えた。


「ボクは騎士だ。騎士たるものそんな小賢しい策は弄しない。済まないね」


 今までのなんか偉そうな口調から一転して、やけに素直にわびの言葉が出てきた。

 熱くなった頭を醒ますように大きく息を吸う。怒ってる場合じゃない。心は冷静に。いつも師匠に言われてることだ。


 またあのデカイ戦槌を作られちゃ不利だ。 

 いつでも風を打てるように上段に構えるけど……そいつが、何かするわけでもなくメイスを肩に担ぐように構えた。


「そういえば、おい、お前、名前は?」

「は?」


「名前だよ、聞いてなかったな。名前くらいはあるだろ?」

「そっちが先に名乗りなよ」


 また偉そうな言い草に戻っていて若干イラっと来たけど。

 それより、なんかこの場で言われるままに先に名乗るのは主導権を握られてるみたいで嫌だ。


「流れ者が生意気だな。まあいい、ボクに失態があったからね、それに免じて先に名乗ってやる。

ボクはエルマル・バートリー。サンマレア・ヴェルージャ王国の正騎士。鷹の位階、7席だ」


 ドヤ顔で言われるけど。

 そう言われても、偉いんだか偉くないんだかはよくわからないな。

 エルマルが、今度は僕を名乗れとばかりにじろりと見る。

 

「片岡水輝。日本の魔討士、乙類第6位」


 エルマルが首を傾げた。


「傭兵じゃないのか?ニホンとやらの騎士か?」

「騎士じゃないよ」 

「そのマトウシってのは何なんだ?騎士じゃないのか?位階もあるんだろ?」


 エルマルが不思議そうな口調で聞いてくる。

 でもここで日本の魔討士と騎士の違いについて話しても仕方ない。


「まあいいか……なあお前。カタオカとか言ったか、どこにも仕えてないんだろ?なら流れ者みたいなもんだよな」

「いや、そうじゃない」


 と言っては見たものの、エルマルは聞く気がなさそうに話を続ける。


「騎士じゃないんだろ?なら、ボクの国に仕えな」



「は?」


 一瞬何を言っているのか分からなかったけど。


「いい話だろ?流れ者の傭兵なんかしててもいずれは食い詰めて野盗になるのが関の山だ。

下賤な流れ者かと思ったけど、騎士の心根を持っているようだしな」

「あのね……ちょっと」


「お前くらい腕が立つならすぐに鷹の位階に上がれる。

安心しろ、ボクらの王様は身分とか気にしない。それにボクも口をきいてやるよ」


 こっちの言う事を聞かずにエルマルが続ける。

 異世界の騎士団からスカウトされるとは思わなかった……でも、さすがに、いいですよなんて言えるわけはないぞ。


「いや、それは……」

「でも断るなら、やっぱり踏みつぶすしかないけどね。まあ気が変わるなら死ぬ前にしなよ」


 エルマルが肩に担ぐようにしていたメイスを無造作に振り下ろした。ごつごつした矛先が石畳を撃つ。

 空振りかと思ったけど地面が下から突き上げられるように震えた。

 やばい。

 

「一刀!破矢風!鼓打!」


 バックステップして刀を振り下ろす。

 同時に石畳が地雷が爆発するように砕けた。破片が散弾のように飛んでくる。

 巻き起こった風の弾が石礫とぶつかった。相殺するように風が消えて、石の破片が地面に落ちる。


「へえ、やるじゃないか。やっぱり殺すには惜しいな」

 

 もう一度エルマルがメイスを振り上げた。

 また来る。炎とかならともかくとして、重い速いの物理攻撃は風だと止めにくいから、こいつと僕とは相性が悪い。

 ……ダメだ。余裕かまして手加減して制圧できる相手じゃない。


「くそったれがぁ!」


 横では三田ケ谷が4対1で戦っている。

 大剣を振り回すたびに残る斬撃の軌跡で辛うじて牽制できているけど、防戦一方なのは分かった。


 三田ケ谷の太刀筋も明らかに鈍いというか迷いがある。

 向こうはこっちを殺すつもりでも、こっちは人を切り殺すのは流石に抵抗がある。

 

「カタオカ様、ミタカヤ様!」


 どうにか打開策をと思ったけど。

 後ろから不意にルーファさんの声が響いた。



「魔法が行きます!気を付けて!」

「【書架は東・記憶の3列。二十五頁三節。私は口述する】」


 ルーファさんの警告の後に、檜村さんの詠唱が後ろから聞こえた。

 どういう魔法を使う気か分からないけど……この状況を打破できる何かがあるんだろう。

 ならやることは一つ。いつも通り詠唱の時間を稼ぐ。


「一刀!薪風!裾払!」


 風が足を払うように巻く。体制が崩れてエルマルがよろめいて後退した。

 慌ててメイスを構え直して僕を鋭い目で睨む。


「なあ、お前……さっきから思ってたんだけど、その剣は飾りなのか?まさかボク相手に手を抜いてるのか?」

「そういうのじゃないよ……僕の役割があるってだけさ」


「【光届かぬ谷底にあるは不帰の牢獄。命尽きるまで汝はここに留まることとしれ。

肉が朽ちて躯となり、嘆きの声は闇夜に溶け、名は奈落に消えようとも】」

「お二人とも!下がって」


 ルーファさんが叫んだ。

 三田ケ谷がそれに合わせて大きく剣を横に薙ぎ払う。白い軌跡を避けるように山羊の仮面の足が止まった。

 三田ケ谷が後ろに飛び退さる。


「一刀!薪風!」

 

 下がり際に刀を振った。エルマルも慌てて後ろに飛ぶ。

 風が横凪に巻いて、何が起きたか分からないって感じで立ち竦んでいた山羊の仮面を巻き込んだ。バランスが崩れる。

 その一瞬で十分。

 

「bolond!!lépj vissza!」

「【嵌められし足枷は外されること無し】術式解放!」


 エルマルが叫ぶと同時に詠唱が終わった。

 穴だらけになった石畳に黒い四角形を描くように線が走る。

 山羊の仮面の連中が慌てて下がろうしたけど、それより早く枠内を覆うように黒い霧が吹き上がった。

 黒い靄のようなものが兵士たちを包み込んで、霧が晴れた時、黒いものが纏わりついた兵士が押しつぶされるように膝をついていた。



 最後の異世界語というかハンガリー語は


「ばか!下がれ!」 


です。

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