第50話 覚醒イベントはやっぱりなかった。

「僕等でここで戦うんですか?なぜ?」

「僕は王様だよ。仕事はしたんだからさ、このくらいの我儘はいいでしょ?僕の楽しみに付き合ってよ」


 人懐っこい笑みを崩さないままに言う


「モンスターは単純でね。知恵もなくただデカい武器を振り回し爪で殴ってくる。それだけだ。

危険も解せず、一太刀入れたら怯えて下がる。あんなの戦いじゃないよ」


 そう言ってやれやれって感じで首を振った。


「恐怖をコントロールして戦うことができるのは人間だけさ。そういうの相手じゃないと楽しみがない……君と戦うためにここまで来た。さあ戦ろう」


 表情は変わらないけど口調は真剣そのものだ……どうやら本気らしい

 拒否は受け入れてくれそうにないし、逃げるのも無理なのは分かる。扉にたどり着く前に僕の首が落ちるだろう


「ああ、でも、勘違いしないでほしいんだけど、殺し合いをしたいわけじゃない。そんなことしたら楽しみが減るだけだからね」


 そう言って一転して醒めた目で僕を見た。


「でも、腑抜けた動きをしてたら……そうだなその後ろの魔導士さんを切っちゃうかも」


 檜村さんが息を飲むのが分かった。頭にかっと血が上る。


「……そんなことはさせない」

「そう、それでいい。君が本気できてこそ意味がある……もちろん、そんなことをする気はないよ、邪魔しなければね」


 また普段の笑顔に戻った……今のは脅しかな。


「死んでほしくははないけど殺すつもりで切るから、君も気合いいれてきてね」


 矛盾に満ちたことを平然とした顔で言ってくれる。


「あの……」


 檜村さんが宗片さんに声をかけて、宗片さんが訝し気にそっちを見た。


「せめて彼に防壁をかけさせていただきたい。そのくらいは……」

「ああ、それはいいよ。便利なもの持ってるね」


 檜村さんが宗片さんに軽く頭を下げて僕の前に立った。

 黙って抱きしめるように僕の手を取る。僕の手を握る手が震えていた。


「【書架は……南東・理性の七列・五十二頁21節。私は……口述する】」


 普段は流れるような詠唱だけど、今日はたどたどしい。


「【『災いは影のごときものなれば、光満つれば其はおのずと退くが理』……術式解放】」


 白い光が薄く僕の体の表面を覆う。

 あの人の斬撃相手だと無いよりはましってレベルかもしれないけど。


「片岡君……」

「大丈夫、分かってます」


 言いたいことは分かる。というより痛いくらいに伝わってきた。

 硬い表情で檜村さんが僕を見上げた。


「準備はいいかい?」

「……はい」


 刀を構えようとしたところで宗片さんがポンと手を打った。


「そうだ……ここなら恐らく声が届くよ。君の刀に」


 宗片さんが言う。


「呼んでみたらどうだい?話せるかもしれないよ」


 鎮定に呼び掛けてみる……か。

 死んでほしくないけど、殺すつもりで振ってくる。その言葉に嘘はないだろう。

 嘘をつくタイプじゃなさそうだし、矛盾してるけど、どっちも本音というか。事故ったらごめんね、ぐらいのニュアンスなんだろうなと言う気がする。


 今は少しでも生き残る確率を上げたい。

 恥ずかしいとか言っている場合じゃないな。目をつぶって、大きく息を吸った。


「鎮定!聞こえるか!」

「……呼んだかな、片岡殿」


 気が付くと、あの時の小屋の中にいた。



 前と同じように小さな小屋には竈に火が燃えていて、窓からは日の光らしきものが差し込んでいた。

 この外がどうなっているのかちょっと気になる。


「もう一度君に会えてうれしいよ、11代目の使い手、片岡殿……だがゆっくり話している暇ななさそうだな」


 鎮定が真剣な表情で言う。


「あれは相当の手練れだな……私の使い手が戦った中でもあれほど異能の太刀筋を持つものはいなかった」

「少しでも何かないかい。役に立つこと、なんでもいい」


「先にも申した通り、かくせいいべんと、などと言うものは無いのだ。残念だが……我が主よ、だが助言するくらいはできる」

「教えてくれ」


 周りの景色にもうノイズのようなものが少しずつ混ざってきた。

 この場にいれる時間は短い。直感的に分かった。


「あの太刀がいかに長かろうとも、風司かぜつかさの力により我らの方に間合いの利はある。であるが決して下がってはならない。間合いは活かすのだ、甘えてはならん

最も間合いに優れた槍使いも突くときは前に踏み出す。後ろに活路は無い。活路は常に前にある」


 これは師匠も前に言っていたな。恐ろしくても前に踏み出せ。

 前に出れば勝ち筋はあるが、下がれば死ぬ時間が少し伸びるだけだ、と。

 前に戦った時に模擬刀でも斬られるかもという殺気を感じた……そして、今回は本物の刀だ。でもやるしかないのか


「もう一つ。風を使うときは言葉に出せ。

我が主よ、風を操るに肝要なのは鍛えた体でも太刀筋の速さでもない。心象の強さだ。君が11代の使い手の中で最も優れているのはそこだ。

そしてそれを操るためには言葉は大事なのだ」

「そうなの?」


「戦の時の鬨の声は無意味ではない。言霊の力を侮ってはならぬ」


 鎮定がこれまでになく真剣な顔で僕を見る。 

 詠唱とか中二病っぽいとか言っている場合じゃないか。周りのノイズが激しくなる。此処までか。


「思うがままに私を使ってくれ……君の望みに必ずや私は応えよう」


「じゃあ行くよ」

「私を一人にしてくれるな。我が主、片岡殿。まだ君と戦っていたい故に」



 目を開けると、またミノタウロスの間に戻っていた。

 赤い光が目に入ってくる。ミノタウロスはまだ死んでないようで、苦し気にもがいていた。


「今、話せたかい、君の刀と」

「ええ」


 今回は前と違ってはっきりと実感がある。


「やっぱり君は特別だよ、片岡君。君は僕の見えている世界を共有してくれる」


 そう言って、宗片さんが刀を横に構えて何かをつぶやいた。

 空中から浮かび上がるように刀身が姿を現す。やっぱり長い……2メートル近くはありそうだ。


「さっきも言ったけど、僕がやりたいのは真剣勝負であって殺し合いじゃない。だからこの能力は今は使わないよ」


 そう言って刀を横に構える。

 刀身が見えるのはありがたい。刀が見えないままだったら初太刀さえ躱せない気がする。


「でも君は全力で来てくれ

一応言っておくけど、僕を切っても恨んだりはしないよ。地上に戻ったら、ミノタウロスと相打ちになったとでも言ってくれていい。

大けがをしても君のことをどうこう言うつもりはないし、迷惑は掛からないよ」


 あっけらかんというけど、安心しましたから遠慮くなく切りますね、なんて言えるわけはない。

 ただ、全力で行かないと。勝てる勝てないとかじゃなくて、生き延びられる相手じゃない。

 鎮定を正眼に構える。

 宗片さんが刀を肩にかけるように担いだ


 前の試合の時も、今回のダンジョンでの戦いを見ても分かったけど。

 今の僕ではこの人のカンの良さを掻い潜って当てることは出来ない。駆け引きで勝つのも無理だ。

 なら小細工抜きで、よけきれない攻撃を当てに行った方がいい。


 先に仕掛けてこい、とばかりに宗片さんが手招きした。

 刀を上段に構える。心にイメージを描け。風を操るイメージ。今までと違うもの。そうでなくては勝てない。

 視界の端に自分の体を抱きしめるようにしている檜村さんが見えた。死ぬわけにはいかない。

 

「一刀、破矢風」


 いつもは何も考えずに振っていたけど。

 今までのように刃状に風を作るのではなく、風の壁をぶち当てるイメージを頭に描く。


鼓打つづみうち!」


 刀を振り下ろす。風が巻いて石の破片を吹き上げた。





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