第51話 決闘

  宗片さんが一歩右に避けたけど、着流しが翻って体が大きく傾いだ。よろめくように後退する。

 手ごたえあり。ぶっつけ本番だけどうまく行った。もう一発。


「破矢風!鼓打つづみうち!」

「やるね!」  


 もう一度、刀を振り下ろした。風が音を立てる。髪が浮いて風の塊が飛んだ。

 宗片さんの突き出だした切っ先が螺旋の様な軌道を描く。風が散らされたのが分かった。

 でも特に驚きはない。この人ならこのくらいはやるだろうな。


「いくよ!」


 長刀の切っ先が突き出された。鋭い刃は模擬刀とは迫力が違う。

 一つ目を避けたその時には、目の前に次の切っ先が迫っていた。

 一発目は陽動か。刀を立てて受け止める。耳元で金属音が鳴った。下がりたくなるけど後ろ脚を踏ん張って止まる。


 つづけさまに突きが飛んできた。

 突きに合わせて刀を振り下ろして、なるべく前で払うようにして捌く。


「へえ……受け刀に風を纏わせているのかな?」


 感心したように宗片さんが言う。

 これもぶっつけ本番だけど、やってみたら出来た。ただ、突きを少し逸らす程度でしかないけど。

 必ず君の力になる、という言葉の通り、鎮定は僕のイメージ通りに風を操ってくれている。


「さあ、まだまだ!」

 

 これはかなり消耗が激しい。刀が重く感じる。

 受けに回りたくないんだけど、突きが鋭すぎて踏み込めない。破矢風を使ったら、風が届く前に刺されそうだ。

 切っ先を弾いても、切っ先が流れるように弧を描いて突きの軌道に戻ってくる。

 ……さばき切れない。


「一刀!薪風」


 後ろに飛び様に刀を横に振る。

 風が唸るような低い音を立てて風の壁が立った。長刀の切っ先が流れる。

 宗片さんが少し驚いた顔をして刀を構え直した。

 とりあえず仕切り直しだ。


「全然違うじゃないか、前と。さすがは風使い。ここにわざわざ来たかいがあったよ」


 宗片さんが満足そうに笑った。あっちも全く動きが違う。

 突きの早さもそうなんだけど、前みたいな誘うような遊びの斬撃が全くない。

 

 切っ先の間合いギリギリの鋭い突きから、長い刀身が変幻自在に太刀筋が変化してくる。まるで鞭のようだ。

 それに、軽く振っているように見えるのに、師匠の打ち込みのように重い。受けるたびに手のひらに衝撃が伝わってきた。

 

 前に戦った時を思い出す。

 僕の動きはこの人には見え見えと言うか、避け方も見切られている。さっきもそうだけど、守勢に回ったら勝ち目はない。


 そしてただ弾くのでは、柳のように散らされる。

 でも、こうすればいいんじゃないかという対策は考えていた。間合いギリギリに立って刀を上段に構える。 

 狙いは一発目。

 

「ほら、どうしたの!」

「一刀!断風!」


 突きに合わせて、風を刀身に纏わせる。

 八相の構えから刀を振り下ろす。加速した振り下ろしが長刀の突きを上からたたいた。

 狙いは石畳。長刀が当たって高く跳ねた。これなら受け流せない。


「おお、こう来る?」


 跳ね上がった刀に振られて宗片さんの体勢が後ろに倒れ込むように崩れる。

 大きく踏み込んだ。これなら届くか。

 宗片さんが刀を手放した。空中を長刀が漂うように舞って、崩れた体勢のまま後ろに転がった。横凪がその真上を空振りする

 躱された。


 そして、刀を離したけど、落ちてこない。一瞬目線を上にやるけど何もない。


「おいで、一刀斎」


 宗片さんが後ろに転がって立ち上がった時には刀が手の中に現れていた。

 ……一度刀を消して、もう一度作り直したのか。

 こういうことも出来るって聞いたことはあるけど、あれだけスムーズにできるとは。


 宗片さんが刀を構え直した。感心してる暇なんてなかった。


「隙ありだ!」


 咄嗟に刀を立てる。目の前で火花が散った。でも防ぎきれてない。

 受けた突きから、長刀が横薙ぎに移行してきたのがスローモーションのように見えた。体を逸らす。

 

「片岡君!」


 檜村さんの悲鳴が聞こえて、硬い物が頬を強くなぞって行った。フラッシュのような光が散った。背中が氷を詰められたように冷える。

 頬に手をやるけど……痛みは無いし血も流れていなかった。

 檜村さんの防壁が止めてくれたのか。助かった。


 檜村さんがしゃがみ込んでいるのが見えた。

 不思議な視界だ。目の前の宗片さんに集中しているはずなのに、それでも周りの空気が感じ取れる。


「あぶなかったね、じゃあ次だ」


 他人事のように宗片さんが言う。

 やっぱり受けに回ったらだめだ。攻めて押し潰す。

 突きが飛んでくるけど刀で逸らした。刀身がぶつかり合って顔の間近で金属音が耳を打つ。


 そのまま一歩踏み込む。すぐそばに真剣の刃があるのに、不思議な事に恐怖は感じなかった。

 触れ合う刀身から次の動きが伝わってくる気がする。


 一刀斎の長い刀身が巻き込むように回される。それもなんとなく分かってた。

 握りを緩くして力を流してさらにもう一歩踏み込む。こっちの動きを読み切ったように突きがまっすぐ向かってきた。

 まだ刀じゃ届かない。でも風なら間合いの中。


「一刀!薪風!裾払すそはらい!」


 風の塊で足を払うイメージで鎮定を振る。


「おお!」


 イメージ通りに、地面すれすれを風が吹き抜けた。

 宗片さんの体が格ゲーの足払いを受けた時のように宙に浮く。目の前に迫っていた切っ先が流れた。


「貰った!」


 今度こそ。一歩踏み込んで、刀を真上から振り下ろす。

 一瞬、宗片さんが笑うのが見えた。長刀の切っ先が地面に触れて体が跳ねる。鎮定の刀身が石の床に当たって甲高い音を立てた。

 絶対当たったと思ったけど、体をかすめただけだった。曲芸のように飛んだ宗片さんが着地する。

 あの体勢から躱すって、バケモンか。


「……ちょっと甘いんじゃないかな、片岡君。今、風を使っていれば躱せなかったよ」

「……僕だって殺すつもりはないですよ」


 とっさに強がりが出たけど……薪風から断風に連続では繋げなかったのが本当の所だ。

 でも、鍛えれば出来るかもしれない。まだ僕は強くなれる。

 

「ふふ、言うじゃないか……素晴らしいよ。片岡君。動画でみたのより全然強いね」


 楽しそうに笑いながら宗片さんが言った。

 鎮定と話せたからなのかもしれない。今までより風を上手く使えている。


「君は、そうだね……どれだけ低く見ても3位の中位くらいの強さはある。僕が保証するよ」


 そういって、宗片さんが構えを解いた。


「ねえ、片岡君……どうだい?楽しくないかい?」

 

 正直言って、そういう気持ちはある。怖くないわけじゃないけど、それを上回るほどの高揚感と興奮。

 そして、感覚が研ぎ澄まされていっているのが分かる。

 戦い始めて何分経ったのかわからないけど。10年分も修行をしたように感じる位だ。


「……まあ、少しだけ」

「そうだろう?さあ、もっと楽しもう」


 宗片さんが楽し気に笑って刀を構え直す。

 その時。ミノタウロスがひときわ大きな悲鳴を上げた。



 断末魔のように体を捩って、巨体が地響きのような音を立てる。それに檜村さんの悲鳴が重なった。


「なんだい、まったく」


 不満げに宗片さんがミノタウロスの方を向く。

 

 ミノタウロスの巨体が、モンスターを倒した時と同じく薄れて消える。

 傷で限界を超えたのかと思った……ここまではいつも通りだったけど。

 その陰から二人分の人影が現れた。


 檜村さんが地面に倒れていて肩を抑えている。

 そしてその横には檜村さんを見下ろすように一人の人影がたっていた。

 






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