第44話 八王子ダンジョンについての検討・下
三田ケ谷が電話してくるといって外に出ていった。
ルーファさんはポテトパイを小さくフォークで分けて大事そうに食べている。
「そういえば、一つ聞いていい」
「はい、なんでしょう?」
ルーファさんが顔を上げて僕を見る。
「なんで戦うときはその衣装なの?」
ルーファさんは、普段は檜村さんのおさがりを貰っていてオシャレを楽しんでいる感じがある。
でも戦闘の時は必ず初めて会った時の衣装に着替える。
赤色にエキゾチックな刺繍が入った、民族衣装と言うか僕の眼から見るとファンタジーっぽいロングコートに飾り布。
鮮やかな赤色に細かい刺繍が入っていて、これがとても目立つ。
三田ケ谷もセット同じようなのを着ているので二倍目立つ。
最近は三田ケ谷の衣装もルーファんさんが縫っているらしく、頭に巻く飾り布がバンダナからお手製の刺しゅう入りのものに変わっていた。
「この衣装は、祖先に見せるためです。戦士として勇敢に戦っていることを。勇敢に戦っていることを示せば、祖先が私たちを守ってくれます」
いつも通りの生真面目な口調でルーファさんが答える。
「帰りたいとか思わない?」
はじめて会ったあの時から2か月ほど。
なんだかんだで全然違う環境に突然来たわけだし故郷の衣装を着続けるあたり、ホームシックのような感覚はあっても不思議じゃないと思う。
でもルーファさんが首を振った。
「いえ……不思議な事でいっぱいですけど、皆さんのおかげで慣れてきましたから。
それに……村の皆には申し訳ない気持ちもありますけど……こちらに来れて、私は幸せです」
ここではお腹を空かせて辛い思いをすることはありませんから、とルーファさんが付け加えて、また一口パイをスプーンですくった。
「私は、何事もなければあそこで
ルーファさんがちょっと硬い口調で言う。
「戦士は食事とかは優先的にいただけますが……代わりに化外の獣と戦い、戦士同士で契りを結んでその力を次代に伝える義務があります」
年齢の数え方が同じかわからないけど、多分年齢は絵麻や朱音とほとんど変わらない。その年で結婚だと戦闘だのとやっているんだから。
それだけで過酷な世界だったんだろうな、ということはわかる。
「恋物語の歌をきいたことはありました……でも私には縁がないものだと、そう思っていました」
そう言って、空っぽになったパイ皿をルーファさんが名残惜しそうな目で見る。
「あの、もう一皿頼んで……」
「ああ、いいよ」
檜村さんが店員さんに声をかけてもう一皿、ポテトパイを頼んだ。
ルーファさんがちょっと恥ずかしそうにうつむく。よく食べるけど、会ったときからちょっとふっくらしたって程度だ。
でも、もとが不健康に痩せていた感じなので、今のほうが健康的だと思う
「太らないですよね」
「毎晩、武器の型稽古をしているよ。かなりハードにね。私には真似出来ないな」
檜村さんが小さく答えてくれる。
ルーファさんが厨房の方にちょっと目をやって、また話し始めた。
「片岡様もご存じでしょう。化外の獣と相対した時の空気を。お前を殺すという殺意を」
「ああ、それはわかる」
ルーンキューブ、ゴブリン、トロール、先日戦った銀座のあの球、どれも共通しているのは敵対的であること。
そして押しつぶされるような威圧感、刃のように突き刺さる殺気をはなっていること。
質は違うけど、それぞれが伝えてくる。敵意を。
まあこの威圧感は師匠にもある。ただ、師匠のは刃とか殺気ではなくて、壁ってイメージなので質が違う。
目は口程にも物を言う。という言葉があるけど、空気は口程にモノを言う、だと思う。
「でも、ここで初めて知りました。暖かい湯のような空気もある、と」
そう言ってルーファさんが何かを思い出すように幸せそうに微笑んだ
「ミタカヤ様はもちろん言葉にもしてくださるのですが、それがなくても気持ちが伝わるんです。私が大事だと。私があの人にそうお伝えすると、胸の奥があたたかくなるんです」
「はは、なんというか……聞いている私が恥ずかしくなってしまうね」
超絶惚気話なんだけど、ルーファさんは気にしてないようだ
檜村さんがちょっと頬を染めて俯いている。
ソファの上で小指が絡む。手の甲に手のひらを重ねると、檜村さんが僕の方を見て少し微笑んだ。
そして、いつの間にか三田ケ谷が後ろにコーヒーのカップを持って立っていた。
「……そんな風に言い合ってるわけ?」
「はい。ミタカヤ様が言ってくださるのですから、私も私の心をお伝えするのは当然だと思います」
「ほーう。そんな風にいつも言ってるんだ。イメージ変わるな。どういう話をしてるかちょっとここで言ってみないか、三田ケ谷君」
動画を冷やかしてくれた意趣返しをしてみたけど。
そう言うと、三田ヶ谷が顔を逸らして、ルーファさんが不思議そうな顔をしてそれを見ていた。
★
「ところで、もう一つ聞いていいかな」
「はい、なんなりと」
二つ目のポテトパイを平らげて流石に満足したのか、お茶を飲みながらルーファさんが言う。
三田ヶ谷は頭を冷やしてくると称してまた出ていってしまった。
「ルーファさんとあったあの時のダンジョンと、今日の八王子のダンジョン、似ていると思う?」
伊勢田さんの話によると、日本のダンジョンは3系統。
八王子とあの時のは似ている気がするんだけど、ルーファさんとしてはどうなんだろう。
「似ていると思います。私が見たことが有る化外の獣も現れていますし」
はっきりとした口調でルーファさんが答えてくれる。
「随分と唐突な質問だね」
檜村さんがカプチーノを飲みながら聞いてくる。
先日、伊勢田さんのところで話したダンジョンの系列のついて話すと、檜村さんが首を傾げて考え込んだ。
「あの時と同じだとしたら、八王子のダンジョンは何らかの接点になるような気がするんですよね」
「なるほどね……となると、ルーファ一人の問題ではなくなるな」
ルーファさんがあのダンジョンを経由してこっちに来たということは、八王子ダンジョンを経由して他の人が来る可能性だってあるってことだ。
魔討士の協会に言うべきだろうか。
ただ、当のルーファさんはあまり関心がなさそうな感じでお茶を飲んでいた。
「帰れるとしたら、帰りたいと思う?」
もし八王子のダンジョンがもとの世界との接点になっているとしたら。ルーファさんは帰れるかもしれないけど。
改めて聞いてみたけど、ルーファさんが首を振った。
「今の私の居場所はあの方の隣です。そこ以外にはありません」
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