第33話 覚醒イベントなんて都合のいいものはないらしい

「戦場において無様に寝転がるとは……殺してくれといっているようなものだぞ」


 地面、というか小さな小屋の様な建物の床と言うか地べたに寝転がっていることに気づいた。

 さっきまでのタイル張りのようなダンジョンじゃない。


 地面に転がる僕を、白い平安時代を思わせる衣装をきた男の子が見下ろしていた。黒い四角い冠のようなのをかぶっている。

 バサバサの長い髪を後ろで結んでいて、整っているけどちょっと彫りの浅い顔はほんのり日焼けしていた。

 僕と同じくらいの年だろうか。服も含めて、初めて見る人だ。


「……君は?」

「初めて会えたな、11代目の使い手よ。私は珠桜すおう鍛冶司かじのつかさ鎮定」


「鎮定……って君は僕の刀?」

「刀、と呼ばれるのは心外だ。私は鎮定だ」


 現実とは思えない状況だけど……不思議とこんなこともあるかなっていう感じで受け入れられた。

 でも。 


「……僕は死んだのかい?」

「そうではない」


 彼が首を振った。いったいどういう状況なんだ。

 死んで幻を見ているのでないなら、レーザーの着弾の衝撃で夢を見ているのだろうか。


「ここは『力』が強いからな。初めて話ができた」


 僕の質問には答えてくれないまま、鎮定が自分の話を続けた。


「……ダンジョンの奥だから?」

「だんじょん、とはこの彼岸の如き場所のことをいうのだろうが……それもあるが、君の妹は『力』を寄せる天稟を有している」

「なにそれ?」


「稀にそういうものがいるのだよ。狐憑きとか依代などともいわれる周囲の『力』……君達の言葉で言うならマソというのか、それを引き寄せる体質の物が」 

「そうなんですか?」


 絵麻にも魔討士の素養はあることは分かっているんだけど……さほど強くはないとも聞いていた。

 ただ、魔討士の力にそんなのがあるなんて聞いたこともないけど。 


「この天稟は自分ではわかりにくいが故に、他者に利用されやすい。気遣ってやるべきだ」


 真剣な口調で鎮定が言って、静かに僕を見た。何やら発言を促されているようだけど、なにを言えばいいのか。

 沈黙が続いて、小屋に静寂が下りる。囲炉裏で薪が燃える小さな音だけが聞こえた。


「……なんか力を貸してくれたりしないんですか?」

「なにか、とは?」


「世にいう覚醒イベントとか、そういうのじゃないんですか?」


 わざわざこんな風に会っているんだから、何かそういうことを期待してしまうけど。


「かくせいいべんと、とは何だね?」

「なんというか……隠された力が解放されるとか、そういうの」


 彼が整った顔に何を言っているんだといわんばかりの表情を浮かべた。


「刀が突然切れるようになったりするわけは無かろう。少しは考えてくれ、11代目の使い手よ。

私の力はいつだって貴方次第だ。私の力はすべて貴方とともにある」


 鎮定が呆れたような言う。

 確かにそりゃご尤もで返す言葉もな正論だけど……でも、それじゃあいつにはとても勝てないってことじゃないか。

 僕の心を見透かしたように、鎮定が言葉をつづけた。


「話が主よ、君の剣技は我が歴代の使い手の中では聊か未熟だが……」

「冷静な顔でそういうことを言うのは止めてほしいんだけど」


 さっきの球に全然攻撃が通らなかった時点で結構自信喪失中だというのに。


「失礼した。だが我が使い手の多くは齢を重ねた歴戦の武芸者たちであったが故に致し方ないこと……それに」


 そういって鎮定が顔をしかめた


「君の先代、10代目は酷かった。私を折ってしまったからな」

「ああ……そうなの?」


「それに、私が明応3年に生まれて以来500年余だが、私の風の力を使うことについては君が最も長けている」 

「……本当に?」


 そう言われてもピンとこない。


「偽りは申さん……今までの使い手は私をただ刀として扱ったが、君は違うようだ」

「でも、あいつには傷一つ付けれらなかったよ」


 刀で切ってもダメだったし、風の刃をぶつけてもあの結界を破れる気がしない。

 鎮定がそれを否定するように首を振った。


「私の力はこの程度ではない……そして、君ならそのすべてを引き出せる、その素養がある」


『片岡君!!』

『兄さん!』


 本当に?ともう一度聞き返そうとしたけど。

 不意に上から……と言う表現がいいのかどうかわからないけど、声が聞こえた。檜村さんと……朱音の声だ。


「呼んでるね」

「そのようだ」


 周りの景色にノイズの様なものが混ざり始めた。指先に痺れるような硬いものが触れるような感覚が戻ってくる。


「行かないと」


 僕が行って……勝てるか勝てないか、それは分からない。

 でも僕が死んでいないなら……ここで現実逃避をしているわけにはいかない。檜村さんも、絵麻も、朱音もいるんだから。

 

 鎮定の整った顔に満足げな笑みが一瞬浮かんだ。

 しかしダンジョンなんてもんが現れて、モンスターと戦うなんてこともしたけど……自分の刀と話すなんてことがあるとは。今までで一番現実離れした体験だったな。

 

「10代目の使い手が私を折って……私は死んだはずだった。君がなぜ私を手にしてくれたかは分からないが……11代目の使い手よ。会えてよかった。ともに戦えること、嬉しく思う」

「僕は片岡だよ。片岡水輝」


 そういうと鎮定が面食らったような顔をして深々と頭を下げた。

 

「失礼した、我が使い手。片岡殿……私を使いこなしてくれ」

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