第32話 本当のダンジョンマスター

 今まで戦った球よりもサイズが一回り大きい。


「こいつがダンジョンマスターか……交戦は避けたかったが」


 伊勢田さんが苦々しげにつぶやいた。二階層への階段はあいつの向こうにある。

 もしかしたら……別ルートがあるかもしれない。ただ、この距離で逃げたら後ろからレーザーでハチの巣にされる位は分かった。

 ボスキャラからは逃げられない。


「すまないが君たちは下がっているんだ」


 伊勢田さんが絵麻と朱音にいう


「長期戦は絶対に不利だ。片岡くん、敵を引きつけられるかい」

「やります」


「檜村さん、君は……」

「分かっています」


 僕らが負ければ絵麻や朱音も無事では済まない。絶対に負けるわけには行かない


「【書架は東南・想像の五列。壱百五拾弐頁五節……私は口述する】」

「行きます!」


 球体までの距離は10メートルほど。


「こい、ターレットライフル!チェシャキャット!」


 伊勢田さんの声が聞こえて僕と並ぶようにドローンのような機械が飛んだ。

 骨組みのような機体に取り付けられた銃が火を噴く。


「マシンピストル!スペイドクイーン!」


 十字砲火が球を捕らえた、と思ったけど、銃弾の当たった場所に波紋のようなものが次々と浮かぶ。

 弾が球の本体まで届いていない。空中になにか膜の様なものが浮かんでいる。


「一刀!断風!」


 走る勢いそのままに、上段に構えた刀をまっすぐ振り下ろす。

 球に届くより前に柔らかい壁を殴ったように刀が沈んだ。波紋が光って刀身が弾かれる。やっぱり結界のようなものが展開されている。

 もう一撃、刀で突きを食らわせるけど、これもぐにゃりとした何かに阻まれた。切っ先が球の直前で止まる。

 後ろから撃ちこまれた銃弾がまた壁で止まった。全然効いてない。


「だめです!」

「下がれ、片岡君!」


 檜村さんの周りを火の粉を纏ったページが旋回していた。


「【天空にて燃ゆる火が地に下りることあらば、世界は遍く黒き灰と化す。其が彼は天頂に縛られる由】術式解放!」


 檜村さんの火の魔法が完成した。後ろに飛びながら顔を手で覆う。

 赤い光が一瞬走って熱風が吹き付けた。

 トロールの上半身を炭にするどころか消し飛ばした魔法。檜村さんの最大火力に近い。これならどうだ。

 

「……くそっ」


 伊勢田さんが吐き捨てるように言う。

 炎が消えたそこには、変わらないままに黒い球が浮かんでいた。



 あれで死なないどころか、まったくの無傷なのか

 あの結界、まずはあれを破らないといけないんだろうけど。


「怯むな!一度で倒せなければ何度でも打ち込む!うち続ければ必ず倒せる!」


 沈みかけた空気を振り払うように、伊勢田さんが叫ぶ。

 球が波打って泡のように分裂した。


「下がれ!」


 伊勢田さんが片手のマシンガンのようなものを撃ちながら叫ぶ。

 空中に浮かぶドローンの銃も同時に火を噴いた。左右から弾幕のように飛ぶ光弾も球の直前で波紋を残すだけだ。届いてない。

 

「一刀!破矢風!」


 気合を入れて刀を振り下ろす。強い風をイメージして。風が吹き抜けて刃が飛ぶ。

 球の直前で大きく波紋が浮かんだ。それに合わせるようにまた伊勢田さんが引き金を引く。

 水面に雨が降り注ぐように波紋が次々と浮かぶけど……でも球体は無傷。

 さっきのあれはこっちの攻撃をかき消す感じだったけど、こいつは純粋に硬い。


 本体から分裂した小さな球がそれぞれ波打った。やばい。

 球がそれぞれ光を発して、レーザーが次々と飛んだ。

 二発刺さったけど、かろうじて身体能力覚醒フィジカルアデプトの防壁が止めてくれる。白い光がほとんど消える寸前まで行って、また戻った。


「伊勢田さん!」

「大丈夫だ」 


 後ろから悲鳴が上がる。

 伊勢田さんが片手で銃を撃ちつつ肩を抑えて下がった。軍服のようなジャケットの方に穴が開いている。


「【貴方の痛みは私の痛み!貴方は一人じゃない!】」


 朱音が叫ぶ。

 青白い光が伊勢田さんの肩に集まって、伊勢田さんが驚いたように肩を見つめて肩を動かした。 

 朱音の治癒術か。


「効いてますか?」

「助かった。支援感謝する」


 朱音が安堵したように息を吐く。

 試験のときには使っただろうけど、実践では初のはずなんだけど……ぶっつけ本番で使えるとは。おしとやかと思ってたけど結構度胸あるな。

 絵麻がもどかしげに拳を握っているのが見えた。


「近づくな!グレネード!スノウドロップ!」

「一刀!巻風!」


 伊勢田さんの手のマシンガンが消えて、かわりにずんぐりした銃が現れる。打ち出されたグレネードが次々と爆発した。

 一呼吸遅れて僕の風が逆巻く。

 爆風と風の壁を押しのけるように球が空中を滑るように突っ込んできた。足止めにもならない。


「クソ!」

「食い止めます!」


 でも接近戦ならまだましだ。距離を開けてレーザーをばらまかれると全滅待ったなし

 二段突きを刺して、上段から切り下す。でも柔らかい壁を貫けない。まったく刃が届く気配がない。


「硬すぎる!」


 もう一撃。突きの姿勢に変えようとしたとき、球が波打った。

 本体から突然小玉が飛び出してくる。躱せない。とっさに刀で受け止める。


 吹き飛ばされそうな衝撃。足に力を込めて踏ん張ったけど……目の前の球に波が走った

 ……後ろに飛ぶべきだった。ゼロ距離。

 目の前で何かが光った。

 

「片岡君!」








「どうした……何を寝そべっている」





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