第9話 魔討士は時にはスポーツ選手扱いされたりする

 今日は土曜日だ。新宿ダンジョンに行ってから1週間たった。

 なんか最近は檜村さんにつきあって探索したり、なぜかダンジョンに遭遇したりとやたら忙しかった気がする。ダンジョンに遭遇したのは偶然なんだけど。


 戦闘はなんだかんだで結構疲れるから、戦闘があるとその日はもう何もやる気が出なくなる。

 大人の魔討士はビールでも飲んで疲れを癒すのかもしれないけど。僕はまだ飲んではいけない。

 家の父さんもそうだけど、じつに美味しそうにビールを飲んでいるのを見たことが有る。でも、あれはそんなに美味しいものなのか。


 今日は三田ケ谷と一緒に調布で買い物だ。買い物が終わったら、三田ケ谷の先導で裏道の洋食レストランに入った。


「ここは評判いいんだぜ」


 三田ケ谷が教えてくれる。こいつはこの辺の情報にはアンテナが高いというかよく知っている。

 小さめのカウンターと木のテーブルが何席かある木目調の落ち着いたお店。

 キッチンが店内から見えて、ふんわりとしたニンニクとトマトソースのいいにおいが店の中に漂っていた。


 小さめの店内は今はお客さんはいなくて静かなもんだ。ウェイトレスのお姉さんが暇そうにしている。

 洒落た雰囲気だけど、メニューはファミレスっぽい写真つきで分かりやすいし値段も手ごろなのもありがたい。

 僕はオムライス、三田ケ谷はミートソースのスパゲッティをオーダーした。


「新宿に行ったんだろ?どうだった?」

「あれは手ごわいっていうか、今の僕には手に負えないよ」


 新宿ダンジョンのモンスターは詳しく調べてみたけど魔法生物系とでもいうのか。

 ルーンキューブと呼ばれる、ルービックキューブのようなモンスターが多いようだけど、それ以外にも宙に浮かぶモノリスのようなのとか、幾何学模様が入った球のようなやつとか、そういうのが出てくるらしい。

 

 戦った感じでも、距離を開けたところから魔法のようなものを飛ばしてくることが多い。

 檜村さんの攻撃系の魔法は威力は抜群だけど、詠唱というか準備時間が長いのが欠点だ。

 その間は僕があの人を守らないといけないんだけど、2階層あたりに行くと、すでに威力が高いから僕だと一体を止めるのが精いっぱいだ。


 複数に挟まれるようなことが有れば確実に負ける。

 ダンジョンでの負けは死だ。魔討士にだって犠牲者は出ている。だからダンジョンアプリでは勝ち目がない相手の場合は自衛を優先して逃げろ、と表示される。


「あのさ、お前もそろそろ真面目に活動する気無いわけ?」

「俺の能力、不便過ぎるんだよ。知ってるだろ?」


 三田ケ谷が水を飲みながらいつものやる気なさそうな口調で言う。

 三田ケ谷の武器は両手持ち西洋剣グレートソード

 乙類の武器はなんらかの能力を持っていることが多い。三田ケ谷の武器の能力は剣の軌道に質量と言うか斬撃の威力を残すというものだ。


 複数の刃で切り付けているようなものだから威力もあるし、軌道上に斬撃が残るから面の制圧力が高い。一方で剣の間合いに近づかないといけない。

 モンスターの種類にもよるけど、単身で近づくのは結構難しい。

 

 こいつは何度か八王子のダンジョンに行ったはずだ。最初は僕より熱心だったくらいだし。

 でも、その時のことは教えてはくれない。あまりいい経験ではなかったんだろうってことくらいは分かる。

 それからぱったりと魔討士としての活動は止めてしまった。


 僕はまだ風を使って遠くを切れるからまだいいけど、乙類は距離を詰めるためにはなにかしらの支援が必要なのだ。

 そして、支援を受けながら前に出て敵を攻撃を受け止め、乙類が前で戦っているうちに丙類が魔法で止めを刺す。

 この関係は相互補助的なのだけど。乙類は武器を使って戦うという継戦能力と引き換え一撃の威力を欠く傾向がある。だから決定力が無くて、見下されやすい。


 単独での状況打破能力があるのは甲類だ。

 かなり雑な区分だけど、丙類の魔法が遠距離10、乙類の武器が近距離10としたら、甲類は遠距離、近距離両方とも8くらい、と言われている。

 離れても至近距離でも戦える彼らは確かに強い。ただ、先日の如月何某なにがしも甲類だったわけで、どうも印象がよろしくない。


★ 


「お待たせ!」


 話をしているところで、ウェイトレスさんではなくて、スポーツ刈りで黒いTシャツを着た30歳くらいのマスターが料理を運んできてくれた。

 木の机に皿が並べられる。


「兄さんたち、あれかい?魔討士?」


 気安げな口調でマスターが聞いてくる。話を聞かれていたらしい。


「そうですよ。こいつは結構強いんですよ」


 三田ケ谷が冷やかすような口調で言う。


「ランクとか教えてもらっていいかい?」

「乙種の6位だっけ?」


 最近上がったので6位で正しい。


「俺は乙の9位です」

「やっぱりなぁ。ようこそ。俺の店に来てくれて嬉しいよ。がっつり食って力をつけて行ってくれよな」


 僕の前に置かれたオムライスには馬鹿でかいハンバーグが添えられていた。

 写真にはそんなのは載っていなかった。というか、ハンバーグが乗っていて皿の大きさが写真の倍くらいある。

 こげ茶色のデミグラスソースに浮かべられたようなオムライスが皿からはみ出しそうだ。


「こんなの頼んでないですよ」

「いいってことさ。これは俺からのサービス。俺は魔討士には感謝してるんだよ」


「そうなんですか?」

「俺は一度助けられたんだよ。下北沢だったけどさ、よく覚えてないんだが鎧をきた骸骨みたいなのに殺されかけたんだよ。そしたらスーツ姿の魔討士が助けてくれてね」


 マスターが言いながらスープのカップを置く。

 コーンとクリームの香りがふんわり漂った。

 

「しかも乙類だろ。あんな化物と一番近くで渡り合うってのは一番勇気が無いとできないポジションさ。男の中の男だぜ」

「乙類には女の子もいますよ」


 三田ケ谷が横から茶々を入れる。


「おっと失礼。じゃあその人には女の中の女っていうさ」


 マスターが笑って言った。

 乙類は魔討士の中では扱いが悪かったりするけど、傍から見るとこういう評価になるわけか。そう言って貰えると嬉しい。


「冷めちまうぜ。さあ遠慮せずに食っていってくれよ。お代わり自由だ」


 マスターが言う。ただ、遠慮してる、というわけじゃなくて、あまりのサイズに驚いているって感じなんだけど。

 そして、ハンバーグの大きさが三田ケ谷と結構違う。これはランクの差なのかどうなのか。


「うーん、俺もまじめに討伐活動を……でもハンバーグのためにってのはちょっとな」


 三田ケ谷が面白そうに言う。

 ハンバーグにはチーズがたっぷりかかっている。

 一口ナイフで切って食べると、粗挽きの肉の歯触りがして、甘い脂ととろけるチーズがふんわりと口の中に広がった。

 ちょっと酸味のあるデミグラスソースが脂の重たさを和らげてくれる。


 一緒にオムライスを食べると、ほんのりしたバターとケチャップで味付けらえたピラフととろりととろけた卵の柔らかい味が肉に絡む。

 パラっとした米にちょっと粗目に刻まれた玉ねぎやニンジンが混ざっていて、いいアクセントになっている。

 評判がいいというだけあってうまい。うまいんだけど


「どうだい、兄さん、うちのハンバーグは」

「おいしいです」


 量が多すぎるのは問題だ。僕の顔より大きいぞ。

 しかも肉がぎっしり詰まっていて、見た目以上にボリュームがある。なんとも肉々しいハンバーグだ。


「お代わりするかい?」

「いえ、それは結構です」

「男たるもの食わないと。戦いに負けちまうぜ」


 マスターがなにやら残念そうに言う。食わないとダメだ、というのはある程度同意するんだけど。程度ってもんがある。

 オムライスと合わせてメニューの倍くらいの量を平らげることになってしまった。


「少し引き取らないか?」

「いやいや、せっかくのご厚意だぜ。食べろよ」

 

 三田ケ谷が首を振るけど、その表情がこれ以上は食べられない、と言っていた。三田ケ谷のハンバーグも僕のほどじゃないけどかなり大きかったから食べきるのは大変そうだ。

 デザートのサービスは断って、コーヒーだけもらうことにしたけど。


「なあ兄さん、サイン書いてくれないかい?」


 コーヒーを置きながらマスターが言った。


「サイン?」

「ああ、うちに来てくれた魔討士さんにはああやって書いてもらってるんだよ」


 そういって指差した壁には大きめの色紙がずらりと並んでいた。

 動画配信者の伊勢田蔵人のが一番上に張ってある。


「さあ、記念に」


 有無を言わせずって感じで色紙とマジックを渡される。

 といっても、サインなんて考えたこともなかったから適当に名前を書いてごまかした



 年相応に食べる方だと思うけど、流石に今日は晩御飯は入らなかった。

 部屋のベッドに寝転んでいると、聞き慣れたアップデイツのメッセージ着信音が聞こえた。


『やあ、片岡君。これは見たかい?』


 檜村さんのメッセージにはアドレスが添付されている

 開けてみると、今日行った店のSNSアカウントだ。僕のサインの画像が貼られている


「行ったことあるんですか?」

『一度ね』


「サイン書きました?」

『それは拒否したよ』


「でっかい料理は出てきましたか?」


 そういうとしばらく返信が止まって画像の添付されたメッセージがきた

 30センチはあろうかという巨大なパフェの画像が添付されていた。アイスクリームと生クリームとイチゴやメロンが山のように盛られている。

 一応男女で出すものは分けているのか。


「食べましたか?」

『残すのも失礼だからね。次の日は食事抜きにしたよ』


 今までの感じだと檜村さんは甘いものが好きそうだけど、それでもこれはきつかったらしい。


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