第8話 僕が戦う理由は

 一撃斬撃を浴びせるとルーンキューブの一面を構成する立方体が砕けた。キューブの隙間から内側の赤い核が見える。

 ルーンキューブの面がルービックキューブのように回転した。黒い表面に鎌のような模様が浮かぶ。


「【ガーディアンシステム!コード02!】」


 後ろからの声と同時に、目の前に半透明の六角形の盾が浮かんだ。

 ルーンキューブの鎌の模様が光ってレーザーのような斬撃が盾の表面で光る。透明なのは便利だけど見えすぎてちょっと怖い。

 盾がレーザーを止めてガラスのように割れる。


「【ぶん殴るわよ!】」


 物騒な言葉と同時に後ろから小さな光球が飛んできた。

 光球が一瞬空中で静止して軌道を変える。次々と正確にルーンキューブのコアのようなところをとらえた。小さな光が立て続けに瞬いて、空中に浮いたキューブがぐらりと傾ぐ。

 ルーンキューブがまた面を変えようとするけど、この間があれば十分。


「一刀!断風たちかぜ


 一歩踏みこんで刀を上から振り下ろす。わずかな手ごたえがあって、風をまとった刀がルーンキューブを真っ二つに両断した。



 ルーンキューブが砕け散ってライフコアが転がる。

 しばらく周りを窺うけど、黒いタイルに覆われた新宿二階層にとくに敵の気配はなかった。


 今日は新宿ダンジョンに来ている。

 勿論一人ではなくて、放課後退魔倶楽部の1年生コンビ、藤村浅黄と篠生しのう六華むつかさんと一緒だ。


「ふう、やっぱり緊張しますね」


 ライフコアを拾うと、後ろで藤村が大きくため息をついた。


「余裕じゃないですかぁ?ねえ、片岡先輩。藤村はビビりすぎ」


 やれやれってしぐさをして軽口を叩いてるのは篠生さんだ。殆ど面識はなかったんだけど、今日は協力してくれた。

 黒い髪をバンダナで纏めている。背は小さいけど、活動的な感じでなんでもバスケ部と兼任らしい。

 吊り目がちの挑むような目つきに勝気そうな顔立ちが、なんとなくちょっと噛みついてくる猫を思わせる。

 

 衣装は二人とも動きやすそうな紺のジャージでそろえている。

 背中に同じロゴが入っているけど、なんでも藤村が自前で放課後退魔倶楽部のユニフォームとして手配したんだそうだ。部長の責任ってことらしい。 

 

「で、どうですか?先輩」

「たぶんもう大丈夫だと思う」


 スマホアプリで暫定的な討伐評価点を確認する。

 多分、もう6位に昇格できるはずだ。


 今までさほどランク上げには執着していなかった。

 もちろん意識はしていたけど、ぼちぼち戦って自然に上がればいいかなっていう、自己満足程度のものだったんだけど。


 新宿で如月に高校生の7位と見下されたのは腹が立った。それに、檜村さんまで馬鹿にされたような気がした。

 高校生の部分はどうしようもないけど、ランクだけなら自分で上げることができる。


 本当のところは、ランクと能力はあまり関係が無い。

 ランクは実戦経験を示してはくれるけど、経験値を貯めればステータスが強くなるゲームの世界じゃないから、ランクが高い=強いではない。


 資格だけ取って大して討伐点稼ぎに意欲を燃やさない人もいるので、ランクが低くても強力な能力を有する人はいる。

 ただ、能力は道具みたいなもので、経験を積めばうまく使えるようにはなるし、素晴らしい能力も使いこなせなければ宝の持ち腐れになる。

 こんなわけで、ランクが高いと一般的には強いという風にみられる。


 魔討士の義務はいわゆる野良ダンションを駆除することだけで、定着したダンジョンへの攻略は義務じゃない。

 ただ、ランダムに現れるダンジョンに遭遇するのは運しかない。討伐点を稼ぐとすると、定着したダンジョン、つまり新宿か八王子か奥多摩に行くしかない。


 討伐評価点的にもう少しで6位まで昇格できるのは分かっていた。

 昇格寸前の7位と昇格直後の6位は数値的には殆ど差は無いんだけど、やっぱり6位と7位だと印象が違う。

 篠生さん曰く、通販でも4980円と5000円だと4980円の方がすごくお得に見えますよね、だそうだけど、そんな感じだな。

 1階層でルーンキューブと何度か戦って、ライフコアもとれた。これなら昇格できると思う。


「助かったよ、藤村。それに篠生さん。付き合ってくれてありがとう」


「いえいえ、僕としてもとてもいい経験になってますから」

「片岡先輩がいてくれると本当に安心ですよぉ。あたしたち4人で戦ったらすぐにモンスターに近寄られちゃって」


「ところで先輩、僕のガーディアンシステムはどうでしたか?」

「いやいや、こんなのよりあたしのほうが役に立ちますよね?」


 二人が聞いてきた。

 篠生さんはオーソドックスな攻撃魔法を操る魔法使い。本人曰く、威力には自信がないけど精度は自信あり、らしい。

 実際、後ろから見事なコントロールでルーンキューブを削ってくれた。魔法の発動までもなかなか早いし、檜村さんとはかなり違うタイプだな。


 藤村は丁類。

 本人が命名したらしいガーディアンシステムは、一つ目が地面からバリケードのような壁を立てるもの。もう一つは対象の前に透明な盾を作る能力。さっき見せてくれた奴だ


 放課後退魔倶楽部のメンバーは丁類の藤村と後は3人とも丙類の魔法使いで前衛がいない。

 だから、普段はバリケードを立ててモンスターの進路を妨害しつつ、3人の魔法で削るというのが基本戦術なんだそうだ。


「二人とも強いと思うよ。とくに藤村の二つ目の前に盾を作ってくれるのは、切込みのときにとてもやりやすい」


 などと偉そうに言ってはいるものの、僕だって人の能力が評価できるほど経験豊富じゃないんだけど。


「ありがとうございます」

「でもねー」

「分かってるよ、言うなって」


 篠生さんが合いの手を入れて、藤村が不満げに答える。

 討伐評価点は戦闘の参加者での山分けになるのが基本だ。頭数が増えれば取り分も減る。

 藤村の能力はとても便利で役に立つ。でも攻撃が全く出来ない魔討士をパーティの編成に入れてくれるかと言われると悩ましいかもしれない。


「さあ、戻ろう」


 RPGのようにダンジョンの入り口まで一っ飛びに戻る魔法なんてものはない。

 階層が浅くなれば一般的にモンスターも弱くなるけど、帰り道でモンスターに襲われて危機に陥る、なんて話は珍しくない。だから余力を残して戻るのが魔討士の鉄則だ……といってもこれも教本で読んだだけなんだけど。



 新宿ダンジョンの入り口近くの窓口にライフコアを提出して討伐報告の書類を書いた。こまごましていていつ見ても面倒くさい。

 種類を出すと、窓口の眼鏡をかけた係官の人が書類にチェックを入れてパソコンに何かを打ち込んでいく。

 

「乙2534、片岡水輝さん。おめでとうございます。乙の6位に昇格ですね」


 しばらく間があって、係官の人がにっこり笑って言ってくれた。

 ゲームのように経験値のカウント見えたりレベルアップしたらその場でファンファ―レが鳴るなんてことはないから微妙に足りない、なんて可能性もあったけど。

 無事にクリアできていたらしい。ほっとした。


「昇格おめでとう」

「やるな、少年!」

「おめでとうございます、先輩!」


 周りにいた魔討士の人や窓口係の人が拍手をしてくれる。

 別にさっきより劇的に強くなったなんてことはない。でもなんだかんだ言っても、こういう節目は達成感があるな。


「だが慢心せず危険を避けるんだ。君たちの貢献でダンジョンを止められているのは間違いない。

でも君たちが帰らなければ悲しむ人がいることを忘れてはいけないよ」


 係官の一人が生真面目な顔で言ってくれた。



「先輩はなんで戦ってるんです?」


 帰りの中央線の中で藤村が聞いてきた。これはつい先日檜村さんにも聞かれたことだ。


「なんでかな。何となくだった……」


 でも、あの日から少し違うようになってきた。

 パーティを組まずその場でたまたま居合わせた人と野良ダンジョンで戦っているときとはちょっと違う感覚だ。

 誰かを超えたい。誰かの横に立つのにふさわしい自分でありたい。そう思う気持ちがわいてきている


「藤村はなんで戦う?」

「僕はですねー、特に取り柄が無かったんですよねー。勉強も運動も」


 口調は明るいけど、結構真剣な表情で藤村が言う。


「だから、この能力があるのは嬉しいですよ。皆の役に立つように、有効に使いたいですね」

「あたしはお金の為です」


 篠生さんがきっぱりと言う。


「先輩にはわからないかもしれないですけど、女の子は物入りなんですよ。おこづかいじゃ全然足りません」


 新宿での戦いが終わって更衣室で着替えた篠生さんは白のキャップに黒のロングパーカーとデニムのミニスカートといういでたちの、活動的かつオシャレな女子高生って感じになっていた。

 リボン付きのキャップから綺麗に結い上げた茶色の髪がのぞいている。

 化粧もしているっぽいけど、この辺は僕にはよくわからなかった。


 魔討士として戦ってもらえる討伐点はなんだかんだでそれなりの額になる。

 高校生は換金に制約もあるんだけど、それでもバイトよりは割がいいだろう。

 

「そうか」


 何となく戦っている、なんて僕に比べると明確な目的意識があるだけで、志が高いと感じてしまう。


「また何かあったら誘っていいかい?」

「もちろんです、先輩。ですが放課後退魔倶楽部にもぜひご協力をお願いしますよ」


 藤村がいつもの有無を言わせぬって笑顔で僕を見る。


「ああ、もちろん」


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