第5話 都内で一番有名なのは八王子ダンジョン。原因はダンジョン探索配信者
「で、だ。どうかな。今日は新宿のダンジョンにでもいってみないか?」
檜村さんがそう言ったのは、原宿駅から竹下通りを抜けて少し歩いたところにあるカフェだった。
檜村さんは今日は始めた会った時のような青いゆったりしたワンピースに眼鏡をかけている。
店内には僕等しかいなくて、遠くから小さく外の音楽や車の音が聞こえていた。
半地下のような店で天窓のような隙間から光が差し込んできている。
お店のテーブルや床は黒色で統一されていて、カップとかの食器は白だ。コントラストがなんともおしゃれだけど、ちょっと大人っぽい感じで、高校生には微妙に居心地が悪い。
「新宿ですか」
今日は土曜で学校は休み。檜村さんからお呼びがかかってここにきているわけだけど。
テーブルに置かれた檜村さんお勧めのミルクティを飲む。適度な甘みとふんわりと香るお茶の風味はペットボトルのものとは格が違った……値段も格が違うけど。
「どこかに潜ったことはあるかい?」
「いえ、実はまだ」
空間がゆがんでモンスターが現れるこの奇妙な現象がダンジョンと呼ばれているのは、ダンジョンマスターと呼ばれるモンスターを討伐しないとだんだん地下や上空に向かって浸食が広がっていくという性質があるからだ。
初期に現れたダンジョンや人里離れたところに現れて討伐が遅れたダンジョンはすでに地下20階層くらいまであるらしい。
都内には3か所定着してしまったダンジョンがある。新宿、八王子、奥多摩の三か所だ。
僕は定着したダンジョンにはまだ潜っていない。
「驚いたな、野良専で7位まであげたのかね?」
檜村さんが眼鏡の位置を直しながら聞いてくる。
野良、というのは魔討士の用語で、先日の竹下通りのような突発発生したダンジョンの討伐のことを指す。
僕は何故かアレに遭遇することがやけに多い。何かの呪われているんだろうか、と思うときもある。
「これは見たことが有るだろう?」
そういって檜村さんがタブレットで動画サイトを開く
大きめの画面に表示されたのは
動画サイト・
細い指がディスプレイをなでると動画が再生された。
『視聴者の皆さん、こんにちわ。伊勢田蔵人です。
今は昼2時です。もしあなたがこれを見ているのが夜ならこんばんわ、ですね。
今日は八王子ダンジョンの未踏域に挑もうと思います。はたしてまだ見ぬそこにはどんなモンスターと冒険が待ち受けているのか!ともに冒険に赴きましょう!』
軽い語り口で動画が始まる。
確か年は25歳。ちょっとラフな短めの茶髪に、適度な無精ヒゲがワイルドな雰囲気を醸し出して似合っている。眉も濃くてがっちりした感じの体育会系のハンサムさんだ。
今一つ語り口と見た目があっていないような気もするけど、このギャップがいい、とはクラスメイトの女の子の意見。
武器は銃のようなものらしい。だからのなのか、どことなくレトロな軍服っぽい衣装を着ている。
画面の上下にはスポンサーのロゴがスライドしていた。
「檜村さんは何処か潜ったことは?」
「八王子と奥多摩は何度か行ったことが有るよ」
『ついに、私はまだ見ぬ回廊に足を踏み入れます!東京で一番最初に!私がここに入るんです!さあ何が起きるでしょうか!』
画面の中ではカメラに大写しになった伊勢田蔵人が大げさな口調で話しながら、鈍く赤い光を放る岩の回廊を降りていく。
でも、これって先にカメラマンが足を踏み入れてるから、一番じゃないじゃないか、といつも思うんだけど。
「この人って強いんですかね」
最近はテレビにも出て面白おかしく探索について話している。ただ、戦闘の場面は編集でカットされていることが多い。
モンスターが現れた場面だけ撮って、その後に倒した後だけを映す、と言う感じだ。
これは動画サイトのグロテスク映像の制限に引っかからないため、ということらしい。戦闘場面のニーズもあるようだけど、今のところそのニーズには答えていない。
ランクは甲類5位。
甲はランクが上がりにくいので5位は他の3位並みだ。ランクだけなら相当だけど、パーティのメンバーと一緒に行動して討伐評価点を融通してもらったとか色々と言われている。
「強さについては掛け値なしさ。少し攻撃に偏っていると聞くがね」
シックなこの店にはいまいち似合わない、タピオカミルクティを太いストローで飲みながら檜村さんが答えてくれる。
なんだかんだでこのミルクティも定着したな。
「ああ、そうなんですか」
「甲の5位は伊達ではないよ」
彼のおかげで八王子ダンジョンだけはやたらと有名になってしまっている。これは彼が八王子でよく動画配信をしているからなんだけど。
観光客が来て、それをガイドする魔討士もいるとかいないとか。
「なんでこの人八王子でばっかり配信するんですかね」
「少なくとも奥多摩に関しては、配信には向かないからだろうね」
「というと?」
「あそこのいるモンスターは主に虫や植物のような見た目をしてる」
そう言って檜村さんがカウンターの向こうのマスターに合図して、もう一杯タピオカミルクティーを頼んだ
「まあなんというか、生理的になかなか厳しいものがあるよ、あそこはね。主に見た目が」
なるほど。視聴者に不快な映像をお見せしてもしょうがないってことか
巨大な虫のようなモンスターは強さ弱さとは別にかなり威圧感がある、というのは聞いたことがある。
それに対して八王子は、こういう言い方が適切かは分からないんだけど、いわゆるファンタジーゲームのようなモンスターが現れるダンジョンだ。
強力なボスと強くはないけど大量のモンスターがいることが特徴で、深層にはダンジョンマスターであるデーモンがいるらしい。中層のミノタウロスが攻略できないという話は聞いたことがある。
「新宿は?」
「そう、それだよ、片岡君」
新しく来たミルクティーを早速飲みながら檜村さんが言う。
「知っての通り新宿は難度は高いが、討伐評価点も功績点も高い。なにより近いのが魅力だ」
あのファミレスは近いから行きやすい、みたいなノリで言われても困るんだけど。
ただ、新宿の討伐点が高いのは確かだ。八王子や奥多摩に比べてあまりにも場所が厄介なので討伐評価点が高くつけられている。
政府としても早く駆除してしまいたいんだろう。
「二人だと危なくないですか?」
ただ、新宿のモンスターは独特なのこととその強さで知られている。
それと、旧新宿地下街を浸食したからなのか、内部構造が相当複雑らしい。二人で挑むのはかなり危険な気がするけど、
「人数が多いと面倒事も増える。それに信頼できない相手と組むくらいなら、信頼できる少数の方が望ましい」
静かに、でもはっきりした口調で言う……なにかあったのかもな、となんとなく思った。
「で、どうかね?」
「まあ、行ってみる位ならいいですよ」
定着したダンジョンに潜るというのは少し興味があったのは確かだし。
一度行ってみるのも悪くない。
「では行こうか」
そう言って檜村さんが立ち上がる。残りのミルクティを飲み干して僕も席を立った。
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