第6話 新宿ダンジョンに初挑戦したその結果とそれに付随するトラブル・上

「そういえば、檜村さんの目的は何なんですか?」

「というと?」


 聞き方が良く無かったか。檜村さんが上目遣いで僕の方を見た。額にかかった髪を避けるように首を傾げる。

 ちょっとそのしぐさにドキッとしてしまった。

 

「なんで魔討士をしてるんです?」


 率直に言って、この人は性格的にあんまり戦いに向いているタイプではないと思うんだけど。


「君こそなぜ魔討士をしているんだね?片岡君……と聞こうと思ったが、質問を質問で返すのは無礼だな」


 そう言って、檜村さんが額にかかった髪をすっと払った。

 

「正義のため、と言いたいところだがね。私は単純に金の為さ。学費を稼がなければいけないからね。それに魔討士として活躍すれば、この先にも有利だ。研究職志望なのでね」


 魔討士のランクはそれ以外では役に立たないかと言うとそうでもない。

 高校生だと大学入試、大学生だと就職の時に有利になる、というのは公然の秘密だ。魔討士として戦うことはある種の社会貢献として見られる。


「つまり私が戦うのは、純粋に実利の為だよ。ロマンの欠片も無くてすまないね」


 そう言って檜村さんが今度は僕の答えを促すように見つめてくる。

 よどみない口調だったけど、なんか違和感を感じた。何なのか分からないけど。


 僕はなぜ戦っているのか。といわれると謎だ。

 少なくともお金のためではない。僕の家は公務員の父とパートしている母、それに妹2人の5人家族だけど、今のところ幸いにもそこまでお金には困っていないことくらいは分かる。


 実際のところ、稼いだ討伐実績点はお金には変えずにそのままになっている。一度家に入れようかと思ったら大激怒された。 

 ただ、なんとなく、と答えるのもちょっと気が引けてしまう。


「まあ気にする必要はないさ。戦うために理由は必ずしも必要ないと私は思うよ」


 そう言っているうちに、山手線が止まった。


[終点、代々木です]


 車内アナウンスが告げた。

 旧山手線は新宿にダンジョンが出来た関係で代々木で終点になっていて、新山手線が新宿を迂回して環状線を形成している


「さて、いこうか」



 代々木駅から歩いて、旧新宿南口にたどり着いた。

 よりによって交通の要衝である新宿にダンジョンができたので、にぎやかだった新宿駅前はすっかり人がいない廃墟になってしまっていた。今は魔討士らしき人とすれ違うだけだ。

 ダンジョンが出来る前はよくタイトーステーションにゲームをやりに来ていたんだけど、いまは赤いスペースインベーダーの看板が残っているだけだ。


 新宿ダンジョンの入り口は旧東口だ。

 紀伊国屋書店やアルタ前のあたりは魔討士のための施設が入っている。

 討伐実績点を受け付ける窓口、けが人の治療所、軽食を取れるレストランとコミュニケーションスペース、公務員として東京都に務める魔討士たちの詰め所とかだ。

 何度かここまでは来たことが有るんだけど、ダンジョンに入ったことはない


 ダンジョンは、空間の侵食があってもすぐにダンジョンマスターを倒せば消滅する。

 ダンジョンマスターは正式には『別次元からの空間侵食に於ける核をなす生物』なんだけど、誰もそうは呼んではいない。

 そして、ダンジョンマスターを倒せないと、上下に伸びてしまいダンジョンマスターがその奥に隠れるから攻略の難易度が跳ねあがる。


 奥多摩は植物や動物を思わせる魔獣が巣食うダンジョンで、位置が人里から離れていたので発見されたときには大規模化していた。

 公式には誰も言わないけど、もう攻略は不可能じゃないか、と言われている。


 八王子はいわゆるファンタジーっぽいダンジョンだ。

 要所に強力なボスと強くはないけど大量の魔獣がいることが特徴で、深層にはダンジョンマスターであるデーモンがいるらしい。

 中層のミノタウロスが攻略できないという話は聞いたことがある。


 新宿は地下街を浸食してできたダンジョンで、複雑な構造と数は少ないけど敵が強いことで知られている。

 新宿にダンジョンが出来て交通の要所が通れなくなってしまったことはかなり影響が出た。

 なので、ダンジョンは出現したら即駆除すべしとなっている


 新宿のダンジョンは確認が取れているだけで5階層。いまやかつての大江戸線のあたりより深いらしいけど、最深部がどの辺なのかは分からない。

 入り口の周りには何組かのパーティと、公務員扱いの魔討士が何人かたむろしていた。公務員扱いの魔討士は、軍服を思わせる揃いの制服を着ているからすぐわかる。

 

「行きますか?」

「そうだな」


 半分外れかけたルミネの看板の掛けられた地下道の入り口に立つ。

 昔は改札口に行くための入り口だったけど、今は階段を降りたところは闇に包まれていて、底知れない感じが漂っていた。


「入るかね?なら名前と登録番号を」


 公務員魔討士の一人が聞いてきた。30歳くらいの警察官ぽい雰囲気を漂わせているごっついお兄さんだ。

 ダンジョンは入る前に確認されるのか。まあ当然かもしれない。


「片岡水輝です。乙2534です」

「檜村玄絵。丙127」


 僕等が名乗ると、周りが小さくどよめいた。なにやら注目を集めている気がする。

 というか、僕じゃなくて檜村さんか。檜村さんをみて周りの魔討士たちが何かささやき合っている。

 公務員魔討士の人がタブレットを操作して僕を見た。


「高校生かい?」

「はい」

「君は二階層までだ、いいか?」


 高校生はダンジョン攻略に制約があると聞いたことはあるけど、新宿は2階層までしかいけないのか


「分かりました」

「気を付けて。自分の安全を第一にし、無理な戦闘は避けること。いいね」


「では行こうか」


 まわりの雰囲気に気づいているのかいないのか、檜村さんが言って、階段を降りた。


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